お坊ちゃまは見ていた
(それにしても……)
この光景を見て私はイライラしていた。群衆も群衆だ。ここまで腹の立つこと言われても、まだ攻撃態勢にならない。悲しいまでの烏合の衆である。
私が転生前で暮らしていた日本のことを思い出した。日本は非常に礼儀正しい国で、民衆が集まってデモをしても外国のように暴動なんて起きなかった。それは穏やかな国民性もあるが、歴史を振り返れば百姓一揆や打ちこわしなんて事例もあったのだ。
現代日本の平和解決方法は、昔、戦争でこてんぱんにやられたことがトラウマになっているのだと思う。戦争を二度としない、争わないという教育が国民の骨の髄までしみ込んでいるのだ。
それはとても価値があることだ。そして世界中から賞賛されることでもある。しかし、人間はきれいごとでは収まらないのもまた事実。悪意をもった国家から自分たちを守る意思を見せないと国を失ってしまうことにもつながる。
過去にカルタゴという国があった。ローマとの戦争でこっぴどくやられて、戦争を放棄する国になったが、結局は滅ぼされた。文明は全て破壊され、その土地は平らに埋め立てられて痕跡すら残されなかった。人々は奴隷として売られてカルタゴ人は消滅した。
(理不尽と戦わない民族は滅ぼされる……)
私は民衆を見る。その目には強者に抗う闘志がない。諦めの光が支配している。
(自然と集まった集団だから、指揮官がいない。こういう集団では勝てないわ)
悪徳穀物商人アランが気に食わないということもあって、私はつい自分とは関係のないことに首を突っ込んでしまった。
まあ、私は女神さまのような慈悲深い性格ですから、困った人を見過ごすことができなかったということにしておきましょう。
「豆蔵、私を肩車しなさい」
「御意デゴザル」
群衆の後方で私は豆蔵に肩車をしてもらった。手に持っていた売るための黒真珠のネックレスは邪魔なので、3重にして頭飾りにする。
「我、記せし世界を欲する」
魔紙を召喚した私は1枚の紙に『快眠』と記した。もう1枚には『勇』と記す。それを腰に装備した魔弾倉に込めておく。あの齧歯の魔獣からゲットしたアイテムがさっそく役に立つ。
「豆蔵、群衆の先頭まで進みなさい」
「ハ……シカシ、ミコト様……。コンナコトニ関ワッテイル時間ハ……」
「豆蔵、世界を救う勇者たるもの、常に弱い民衆の味方であることが必要です。それを忘れれば、力に溺れ、やがて独裁者、魔王になってしまうでしょう。私のような完璧で最強な人間は、常に弱気民衆の気持ちを汲み取るべきなのです」
わずか8歳の幼女の口から、とんでもない上から目線の言葉だ。これが豆蔵でなかったら、(この女の子、頭がおかしいのか?)
(夢と現実が区別ついていないやろ!)
そう一蹴されるレベルである。だが、豆蔵は忠犬ハチ公である。
「アア~ッ。サスガハミコト様。ソノ寛大ナ心ニ我ハ感激スルデゴザル」
全く、躊躇がない私への礼賛である。
「では、豆蔵、行きなさい」
豆蔵は私を肩車したまま、つかつかと人をかき分けて前へと進む。私は進みながら待機させていた魔法を放つ。この中に魔力がある人間がいるなら、この行為は感知できたであろうが、豆蔵に肩車されているとはいえ、この群衆の中では分からないだろう。
(眠りの魔法、快眠発動!)
私の放った魔法は強力である。倉庫を守る兵士を中心としたエリアにいる人間を眠らせる。
「う~ん……」
「な、ななな……どうした、お前たち……」
たちまち、眠りに落ちる兵士たち。アランは急に兵士が崩れ落ちるようにして眠ってしまったので、狼狽し始めた。先ほどの強気は兵士の武力があってこそなのだ。
そうこうしているうちに、私と豆蔵は群衆の先頭に出た。私は小さな右腕を突き出して、アランがたんまりと小麦を買い占めて保管している倉庫を指さした。
「みんな、あの倉庫には小麦がわんさかとあるわよ!」
私は叫んだ。群衆がはっと私を見る。だが、行動を起こす勇気がない。私は腰の魔弾倉に差してあった『勇』の魔紙を弾く。目標は声のでかそうな大きな体のおっさんだ。
「うおおおおおおおおっ!」
おっさんは私の勇気の魔法で気が大きなった。胸をゴリラのように両こぶしで叩き、そして叫んだ。
「そのお嬢ちゃんの言う通りだ!」
腕を突き上げた。そして右足を一歩進めた。
「あの倉庫のは悪徳商人が買い占めた小麦が眠っている。今こそ、我らのあるべきところへ運ぶべし!」
おっさんがさらに左足を進めた。こういう時に先頭を切る人間がいると群衆は一気に傾く。そして極め付きは私だ。小さな少女の体であるが、そんな小さな少女がデモ隊の先頭に立つ。大人としては負けていられないと思うはずだ。
「さあ、みんな、あそこにある小麦を返してもらって、今日はお腹いっぱい、パンを食べようよ!」
うおおおおおおおっ……。
暴動というのはきかっけがあればすぐに起こる。最初は小さな火。それがくすぶり、やがて大きな火になっていく。
「ちょ、ちょっと、待て、やめろ、わしの倉庫を壊すな、持っていくな!」
アランは半分泣きべそになって止めようとするが、もはや暴徒と化した民衆は倉庫の扉を壊すと一挙になだれ込んだ。人々は小麦の入った袋を抱えると次々と盗んで逃げていく。
「さあ、持っていけ~」
小麦がどんどん運び出されていくのを私は豆蔵と見守った。
ピリピリ~。
笛の音がする。都を守る衛兵隊の騎兵部隊がやって来た。その威風堂々たる姿に熱にとらわれた民衆の心が一挙に冷やされていくのが分かった。
「騎兵隊だ~」
「に、逃げろ~」
目標である小麦の奪取が済めば、民衆の心は折れる。それは散り散りに逃げるという結末につながるしかない。
「まあ、こんなものでしょ。私たちも逃げるわよ」
「シカシ……ミコト様……民衆ガ酷イ目ニ……」
「まあ、同情するけど、行為自体は犯罪だからね。逃げきれなかった人は自己責任でしょう。まあ、牢屋へぶち込まれるかもしれないけれど、殺されはしないと思うよ」
これは私の考えだが、アランのやってることは国にとっては都合がよくないこと。違法行為ぎりぎりの悪事である。民衆の支持を失わないためにも厳罰にはならないだろう。
それよりも私自身が捕まるわけにはいかない。無論、私の魔法力を使えば捕まることはないが、私の能力がばれるのはよくない。それに正体がばれれば、桜蘭亭にも迷惑をかけてしまう。
「豆蔵、早く、逃げるわよ。群衆に紛れて逃亡!」
私と豆蔵はどさくさに紛れて逃げた。
ここまでの様子を建物のバルコニーから眺めていた少年がいる。
「ねえ、写真は撮れた?」
「はい、坊ちゃま」
「あの黒真珠の女の子の写真、楽しみだなあ。明日の新聞各紙に記事付きで投稿するんだ。ショパンタイムスは取り上げるよね。あそこの編集長はよく知っているから」
「はい、坊ちゃま。あと有力紙数紙は取り上げることでしょう」
少年は黒服の男に次の命令をする。
「あの女の子の照会はできている?」
「はい。パンドラ地区に住居があるようで、いずれかの店に身を置くものと思われます」
「へえ……パンドラ地区ね」
「あそこは坊ちゃまが入れないところです」
「大人限定のエリアだよね。ボクが入れるように根回しをして。あのかわいくて、勇気のある女の子、会ってみたいなあ……」
そう少年は黒服の男に命令を終えるとテーブルに置かれたジュースを飲み干した。眼下では警備兵に追われ、逃げ惑う民衆が映る。
(やれやれ、この国も随分と腐っているよなあ……でも、これから面白い時代になるかも)
少年は男の肩車でこの場を逃げ出した黒髪の幼女のことを思い出したのであった。




