ジータと聖水
豆蔵の調査によれば、本館から別館に通じる通路は古代にあったという聖堂の一部。地上の建物は朽ち果てたが、地下の通路は今でも使えるのだ。地下の礼拝堂みたいな場所は、古代の人間が神を崇めていた場所だったそうだが、今は廃墟となっている。あの青銅の鏡はその儀式に使ったものだという。
「ミコト様、ヤハリ、ミコト様ガ考エラレタ通リデシタ……」
豆蔵が本館で調べたことを私に話した。私の思った通り、昨晩の人形の幽霊はただの脅し。折檻の一種だったのだ。そうと分かれば対抗手段はある。
私は少し考えて、その対抗手段に思わずニヤけてしまった。あの懲罰人たちに強烈なトラウマを与えることができそうだ。
「豆蔵、やってもらいたいことがあります」
私はごにょごにょと豆蔵に策を授けた。偽の幽霊たちに対する制裁を発動するのだ。
*
「ミコちゃん……ミコちゃん、いるっちゃ?」
夜の9時。またジータがやって来た。ご飯抜きは初日だけだったから、今日は食べ物を持ってきてもらう必要はないのだが、律儀にやって来たジータ。暗い森の中を今日も駆けてきたのは、賞賛に値する行為だ。
「ミコちゃん、今日、みんなから聞いたけれど、ここには怖いお化けが出るって聞いたちゃ」
「怖いお化け?」
「そう怖いお化けっちゃ」
「そんなのいるわけないじゃない」
私はそう言って笑ったが、ジータの表情は真剣だ。この天然ボケの親友がこういう顔をするとちょっと怖い。というより、ジータはよく白い人を見たというから、この発言は意味深である。
「いるずら。1階のホールに何人か歩いていたずら」
(怖い、マジ!)
ジータにはこの世でないものが見えるのかもしれない。私は自分の目で見える者しか信じないから、少し怖いがビビるほどでもない。それにしても、そんなものが見えるのにまたやって来たジータには感心する。
「それなのにジータはここへ来たの?」
「ミコちゃんが心配だったちゃ……」
「ジータ……」
お化けが出ることが分かっても私を心配してやって来たジータに私はまたまた感動した。最初に出会ったときに、彼女を見捨てようと思ったことを私は恥じた。
「ミコちゃん、うちはいいものを持ってきたちゃ」
そう言ってジータは袋からお菓子と共に瓶を取り出した。中には透明な液体が入っている。
「朝のお祈りで使った聖水ちゃ」
「聖水?」
「そう……神様にお祈りした時に使った水……。怖いお化けが嫌いだっちゃ」
桜蘭亭では毎週日曜日に邸内の祭壇で礼拝がある。その時に使うのが聖水。神によって清められた水は魔物が嫌うとされる。特にアンデッドやデーモンなどには効果があるとされるのだ。
(まあ、今回の場合はこの聖水は効果ないけどね。相手は人間だからね~)
「これをね。こうするといいっちゃよ」
ジータはそういうと瓶のふたを開けて、バツを描くように私にめがけて振った。瓶の中から水が飛び散り、私の全身にかかる。
「冷たい!」
私は思わずムッとしたが、ジータは真剣だ。本気で私を幽霊から守りたらしい。私はやれやれとジータの方に手を置いてその行為を止めさせた。
お化けと言っても懲罰人が化けた偽お化けだ。聖水の出番はないだろう。それでも私はその聖水の入った小瓶のふたを閉め、そっと腰に付けた魔法のポーチに入れた。
「聖水を持ってきてくれてありがとう」
一応、礼は言う。ジータは頭は悪いが人を思う優しさは人一倍ある子なのだ。私のことを真剣に思ってのことだろう。
「ジータ、せっかくだから、お菓子を食べてお話ししよう」
「うん。ミコちゃん、今日はね、メルセデス姉さんがね……」
ジータが持ってきたお菓子を一緒に食べながら、ジータの話を聞く。情報取集の意味でも有意義な時間であったが、話自体はジータの言うことだから、ある程度は割り引いて理解しておいた方がよさそうだ。
やがて10時を過ぎた。子供は寝る時間である。ジータと一緒にベッドに入ると私も、うとうとしてしまった。まだ、懲罰人が来る時間ではない。それまでゆっくり休もうと考えた。ジータの方はというと、幸せそうに寝ている。
(あいつらがやって来る時間まで寝よう)
作戦では豆蔵が地下室の様子を伺っている。何かあればすぐに私に知らせが来るはずだ。
やがて、ボーンボーンと柱時計の音が鳴り、午前2時となった。私はむっくりと起きる。
「我、記せし、世界を欲する」
魔紙を召喚した私は魔筆で『眠』と記した。それをジータに発動する。これから懲罰人たちとちょっとした戦争をする。
ジータには見られたくないし、ジータが起きてあの怖い人形を見たら泣いてしまうかもしれない。大切な友達に怖い思いはさせたくはない。私の魔法で完全に眠らせておけば、安心である。




