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賭の虫  作者: おだアール


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十三 父子ふたり

   賭(と)の虫





   十三 父子ふたり


 幸子が死んでから一年経った。

 隆夫たちが住む簡易宿泊所の玄関の前、一坪ほどの庭に植えられた梅の木がきれいな紅色の花を咲かせていた。また梅が咲く季節、人を悲しくする木枯らしの季節は終わった。もうすぐ春。この地域の人々の動きにもきびきびとした感じがあらわれはじめてきた。

 隆夫と正一は、広いのにめったに自動車が通らない道路に面した、二階建て簡易宿泊所の一室に住んでいた。「○○旅館」と一見しゃれた名をつけた宿泊所はL字形の廊下にそって三畳間の個室が並んでいた。隆夫たちの部屋は道路に面した側の二階の一室、部屋には閉まりの悪い窓があった。五ミリほどのすき間があって四六時中外の喧噪(けんそう)が聞こえてくる。道路端で酒盛りしている日雇い労働者の話し声やチンピラの怒鳴り声。隆夫もその喧噪をうるさいと感じることもなく、むしろ部屋にいれば少々の物音でも聞こえることを知って、道路から「おおい、正一よう」とひとりで部屋にいる正一を呼び出すのだった。

 L字の内側に配された部屋は、斜め向こうに別の部屋が見える。ときには、若い男が股ぐらに両手を置いて肩を盛んに揺すっている光景が、見えてしまうこともある。プライバシーのかけらもない。そんな宿泊所だった。

 五十部屋はある簡易宿泊所の住人はほとんどが独身の日雇い労働者だったが、なかには夫婦者や隆夫のような子連れの住人もいた。隆夫の隣の部屋では、中学生の姉妹が父親と一緒に暮らしていた。


 ふたりの生活はひどいものではあったけれど、ひどいなりに安定してきていた。その日暮らしの生活は変わらないが、晴れた日に隆夫は仕事に出るようになった。息子が頼ることができるのは隆夫ひとり。三十を過ぎた隆夫は、さすがに自分が子どもを育てていかねばならない、と自覚していた。


 正一もいつの間にか、簡単な家事をこなすようになっていた。朝はひとりで起きて学校に行く。学校から帰ってからは部屋に吊(つる)した前日の洗濯物を取り込んで、代わりにその日に洗濯した父と自分の下着を干す。そのあとゴミを捨て部屋のなかを手ぼうきで掃いて、破れた自分の服をつくろう、といったことができるようになっていた。

 仕事に行くようになった隆夫だが、賭け事から足を洗ったわけではなかった。隆夫のなかにひそむギャンブルの虫は、ちょっとやそっとで引っ込むことはない。少し金ができると競輪場か競艇場に走る。その日の飯に困ることもたびたびだった。

 そういう生活を続けるにつれ、隆夫は日雇いよりももっと手軽に金が手に入る方法を知った。非合法のノミ屋や賭場。組にこそ入らなかったが、目つきは次第にぎらぎらしたものに変わっていった。風体も日雇い労働者のそれではなく遊び人のものに変わっていった。賭場の金をごまかしてチンピラに徹底的に叩きのめされたのはこのころのことだった。


 働くことのない隆夫は、学校に納める金を工面できないこともたびたびだった。五年生の林間学校には行かせてやれず、正一は孤児が無料で招かれた宗教団体主催の一泊旅行に参加した。修学旅行では用意していた金を「一発当てたる」と意気込んで競輪につぎ込み、直前になって姉に頼み込んで出してもらう始末だった。

 そんな隆夫でも、息子への愛情がなくなっていたわけではない。

 正一が六年生のとき、隆夫ははじめて運動会に顔を出した。ふたりははじめて一緒に弁当を食べた。パックされたバッテラといなり寿司を、運動場のござの上ではなく、校舎の階段にふたり並んで座って食べた。先生とふたりだけで教室で静かに食べる去年までの昼食ではない。階段を上り下りする児童にチラチラ見られるのは恥ずかしいが、寂しい気持ちはなかった。

 隆夫も、いつの間にか息子が大きくなっていることを実感した。鼓笛隊で小太鼓を肩から下げて行進する正一、応援合戦の先頭に立って下級生に指示を与える正一、そんな姿が凛々(りり)しく見えた。


 やがて正一は中学に上がった。新聞配達のアルバイトをはじめ、自由になる金を手に入れるようになった。次第に、学校に必要なもろもろの費用は自分で稼げるまでになっていった。十二歳の少年は学校と仕事で休む暇はなかったが、忙しいことを苦痛に思うことはなかった。

 隆夫は依然としてギャンブルに狂う毎日、一方、アルバイトで定収入を得ていた正一は少しずつへそくりを貯める。ふたりの主従関係は逆転しつつあった。

 正一は高校に進学した。かつて正一を幼稚園に行かせたいと幸子に懇願されたとき、「そんなん行かんでええ」とひと言で片づけた隆夫だったが、今回は正一に、中学卒業したらすぐ働け、とは言えなかった。家のことはすでに正一が仕切っていたことと、力でも正一は手(て)強(ごわ)い存在になっていたからだ。

 正一は高校生になると、より収入の多い夜の飲食店でアルバイトをするようになった。学校を終えると服だけを着替えて仕事に行き深夜まで働くという毎日。正一の生活には張り合いがあった。金のほとんどをギャンブルにつぎ込んでしまう隆夫とは正反対の生活だった。

 正一は、休みになると日雇い仕事にも出た。夏休みに入ったばかりの気持ちの良い朝まだき、日雇い求人センターには、人を求める人と職を求める人でごった返していた。土木、鳶(とび)、大工、左官……。さまざまな職種があるなかで、十六の正一は「清掃」と書かれた仕事を選んでマイクロバスに乗り込んでいった。建ちあがったビルの建築残材を片づけ清掃する仕事。賃金は最も安かったが、技術のない正一にでもできる安全で簡単な仕事だった。作業員の人数がそろうとすぐに工事現場に向かい、うまくいけば午前中に仕事を片づけて、支給されるにぎり飯二つを食べ、三千円ちょっとの賃金をもらって帰ってこられる。毎日休まずに働いても、若いサラリーマンの月収に及ばない賃金だったが、高校生の正一にとっては魅力的な金だった。正一は、こうして得た金を父にも渡す一方で、自分のためにも蓄えていった。

 住まいは相変わらず三畳一間のドヤだった。だがそんな生活に悲惨なところはなかった。

 三畳部屋の奥行き三十センチほどの物入れの奥に、幸子の位牌と遺影を放り込んだままの紙袋が、ほこりと一緒にしまい込まれていた。幸子が亡くなって十年が経とうとしていた。ふたりの間で幸子のことを話題にすることはまったくなくなっていた。

 正一は高校卒業と同時に就職した。収入は安定し週一回は確実に休めるようになった。もう休みのたびに日雇いの仕事に行かなくても良い。正一だけを見れば、その日暮らしの生活から完全に脱却していた。


 隆夫は、息子が定収入を得、面倒をみてくれるようになって、また働きに出ることが少なくなった。手元に現金がある限り、競輪に競艇にと通う。正一の収入だけでは足らず隆夫の親戚への無心癖が再燃した。またはじまった兄に姉にと金を借り歩く生活。一度は悲鳴をあげた叔母が、正一の職場に直接苦情の電話をしてくるようなこともあった。正一は、電話の向こうですすり泣く叔母の言葉に、なにも答えることができず、ただ叔母の心が収まるのを待つだけだった。


 飲む打つ買う、という三道楽すべてにおぼれた男と、打つことだけに執念を燃やす男、二者のうちどちらを父に持ちたいかと聞かれれば、おそらく正一は、三つの道楽をまんべんなくこなす男と答えただろう。飲むにも買うにも金はかかるが打つほどではない。それに、飲んだり買ったりしている間は打つことができないからだ。

 隆夫のような、酒を飲んでくだをまくこともなく女遊びにも手を出さないギャンブル狂いが、一番たちが悪いといえた。

「お前みたいなやつ、焼かな直らんわい」

 正一は父のことをけなすときに「お前」と呼ぶようになっていた。親を泣かし兄弟を苦しめ妻の幸子を死なせその代償の金までも競輪につぎ込みそれでもまだ飽きたらず、今また兄弟をいじめ息子の正一の人生をも台無しにしようとしている隆夫を、正一は徹底的にののしった。

 ふたりが住む三畳一間の部屋に、またすさんだ空気が流れはじめた。幸子が死んだ直後の生活はこれ以上ないほど堕落していたが、今また、部屋の空気はそのときと同じくらい暗くなっていた。深夜にパチンコで負けて帰ってきた隆夫と、ヘッドホンを耳に当て部屋の入り口の壁にもたれて成人週刊誌を読んでいる正一。隆夫がなにも言わずに正一をまたいで部屋に入ると、正一は因縁をつけるような目つきで父をにらみつけた。夜中になると、一床しかない狭い布団のなかで股ぐらに手を入れて眠っている正一の横に、隆夫は遠慮がちにもぐり込むのだった。


 こんな生活が一年も続いたあと、正一は隆夫を連れて日払いではない六畳一間のアパートに引っ越した。三畳一間のドヤを転々としていることを世間体が悪いと感じた正一が、隆夫に提案してのことだった。隆夫は素直に応じた。隆夫自身、こんな生活ではだめだとわかっていたが、自分でアパートを見つける甲斐性すらなくなっていたのだった。引っ越し荷物は五つほどの紙袋に収まった。それがふたりの全財産だった。引っ越した六畳部屋には半間分の押し入れと小さな流しとガスコンロがあった。たったそれだけの設備でも今まで住み続けた簡易宿泊所の生活とは大違いだった。

 引っ越しをきっかけに隆夫の生活は少しだけ改善された。ギャンブル熱はうすまり、理性を持った生活をはじめるようになった。今までも、隆夫の心にひそむ賭け事の虫は、何度もしみ出したり引っ込んだりということをくり返してきた。今度もちょっと引っ込んだだけで、またにじみ出てくるかもしれない。正一にもそのことはわかっていたが、それでも構わない。今、この現在、父隆夫が節度を持った生活をしているだけで正一は満足していた。

 アパートでの生活が一年二年と過ぎた。正一の収入は少しずつ増え、徐々に余裕を持った生活をはじめるようになった。自分の住む町とは違うほかの町に出向くにつれ、次第に自分の町を敬遠し、住人を嫌悪の目で見るようになっていった。一方の隆夫は、この町と競艇場や競輪場を往復するだけで、ほかの町とふれあうことはなかった。


 さらに数年たったある日、正一は、この町を出たい、一から自分の生活を築きたい、と父に訴えた。父を残してひとりで出ていくつもりだった。暗に父に、ついてくるなと圧力をかけていた。父を見捨てると言うのではない。生活に必要な金は援助する。ただ、もう一緒に住みたくはなかった。自分もいつか誰かと結婚したいと思うときがくる。現に今も、父に話していない意中の女性がいる。だが、どんなすばらしい女性であっても、こんな遊び人の父との同居を承知してくれるわけがない。こんな考えでいる自分は親不孝で身勝手な息子かもしれない。けれども、こんな考えを持つ自分をいったい誰が非難できるだろうか。

「親父はどうする。親父、ほんまはこの町がええんやろ。気楽やし、住み慣れとるもんな。親父が出ていけへん言うんやったら、ぼくだけでも引っ越そう思うねん。生活費は毎月ちゃんと渡したるから、せやから、なっ、ええやろ」

 隆夫は顔をあげずに、いつの間にかごま塩のようになった頭を見せて、

「ひとりで行け」

 と言った。


(つづく)



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