7話 不審者コルテと街の三大勢力
「嘘!?名前とか載っちゃってるの?」
見出しを音読するコルテの言葉に反応し、ツバキが新聞を奪い取る。急に開けた視界のぼやけたピントに不快感を覚えつつ改めて誌面に目を移すと、確かに、郊外で長いこと網を張っていたクライスが突然現れた新勢力に倒された件、そしてその集団が三人組であること等、カレン達の服装や戦闘で使用した武具に至るまで、筆者の見解という名の脚色と偏見を交えて報道映えするように面白おかしく書かれている。
現在が日の落ちかけた夕暮れで、街の郊外でクライスと一線交えたのが昼過ぎだった筈だ。ものの数時間で事件を記事に纏めて流通までこなすあたり、この街の新聞屋は仕事が早いらしい。底知れない器量にカレンは感心した。
「銀髪のあなたが一番目立ってますよ。『武装は一切不明。高級な衣服に身を包み、その下に隠れる本性は一切不明のミステリアス。艶めく銀髪の美少女は何者か!?』なんて書いちゃあね。みんな謎めいたものが好きですから気になってるみたいで」
「え?嘘お。私ってばミステリアスとか。まあ遠からずというか」
「見る目がないね。私の方が可愛いし」
横でつまらなそうに呟くツバキを小突く。
「ばか、ツバキ。新聞屋さんが客観的に見て私の方が可愛く見えたってことでしょ」
「どちらも整った顔立ちだとは思いますが、ツバキさんは刀やら異国からの来訪者という面がキャッチーですからね。戦わなかったカレンさんこそが謎めく美少女という肩書きが似合うと判断されたのでしょう」
「へへ、謎めく美少女だってさ、私」
思わず頬が緩む。何者かって、まあ権力に関しては国家の最終兵器もいいところですがね、と内心で自画自賛をする。
「記事はいいけどその前に確めることがあるだろ。俺からしちゃ、あんたが何者なのかの方がよっぽど聞きたい」
会話を断ち切り、アッシュがコルテの方を睨む。
確かにそうだ。褒められたのは嬉しい。それはそれとして、だ。
突然現れて場の主導権を握ったこのコルテという男は何者なのだろう。単なる野次馬にしては当事者であるカレン達にまで押しかけるのはやりすぎな気がするし、新聞屋のようながめつい雰囲気もしない。
素性を問われた当人が興味なさげにそっぽを向いたのを見て、隣で黙っていた館長が呆れたように息を吐いた。
「ええっと、私が説明しますね。コルテさんは東大陸出身の学者の卵さんで、研究の為にこの街に滞在しているんです。それでその、どんな人かと言われると困るんですが。この際はっきり言うと、ちょっと変わってるんです」
「「「それは分かる」」」
「え、ひどい……」
自業自得だろう、とその場にいたコルテ以外の誰もが思った。
「ま、いいでしょう私の話は。それより、街じゃもう噂になってますよ。あなた方の介入で拮抗していた秘宝の争奪戦にどんな影響が出るのか、ね」
「話が広まるのは早いな。拮抗っていうからには、いくつかデカい組織が競い合ってるのかい」
「ええ、宝を狙う組織は大小合わせてごまんといますが、注目株がいくつか。言うなれば三大勢力ですよ。ま、本人達は一度もそうは名乗っていませんが。ブン屋が分かりやすいようにつけたプロパガンダですな」
「まずはあなた方が戦った『オレンジタルト』。経歴は若いですが最近勢いのある商業ギルドです。本業が仕入れ運送から販売まで手広いコミュニティですから、資金や物資も潤沢。敵地に年単位で陣取って三大勢力の一角になったのも、彼らの好調ぶりの証明になるかと」
「年単位って。幹部は全員揃ってるのか?」
「いいえ。数人が滞在して指揮をとっているらしいですが。でもその状況も変わるかもしれないですね」
コルテはわざとらしく肩をすくめ、大袈裟に振る舞う。
「あなた方がクライスを退けてしまったからです。色んな原因があって拮抗状態にあった三方ですが、拮抗を保っていた理由の何割かは彼女です。外からの新興勢力介入を防いでいたのは彼女の力に寄る部分が大きかったのでね。我々野次馬も、今更になって壁が崩れるとは思ってませんでしたよ」
アッシュは口に手を当てて、何か考え込む素振りをしている。
「何か気になる?」
「……いや、今はいい。コルテさん、他の連中の情報を」
「はいはいはい。お次はコミュニティ『ユキマダラ』。ここは凄いですよ、構成員は15人程度と小規模ですが、個々の能力が高い。そして全員が獣人なんです」
「ジュージン?」
首を傾げたのはツバキだ。
「体のどこかに動物の特徴が発現してる人のことだよ。毛深かったりとか、耳が犬だったりとか。ツバキの故郷にはいなかった?」
「こっちで言う亜人のことだと思う。でも私の国にはいないよ。生まれた時に殺しちゃうから」
「へえ〜。文化の差かナ〜?」
そっか、殺すことないと思うけどな。ていうかヒノワじゃ亜人って呼ぶんだ。それはクルシア帝国じゃ大分昔に差別用語になって禁止された呼び名なんだけどな。言いたい事はいくつか思い浮かんだが、カレンは口に出すのを必死に堪えた。今話題をそっちに伸ばすのは良くない。流すのが正解だ。カレンの直感がそう強く告げている。
「獣人の成り具合が濃い奴を森で見間違えて、なんて事件もあるからツバキも頭に入れとけ。あとこの国じゃ獣人って呼び方がメジャーだ。剛に従えばなんとやらで、合わせときな」
「ん」
アッシュの注釈にツバキは素直に頷く。
ありがとう、保護者。カレンは感謝の意を表し、小さく手を合わせた。
「ちなみに獣人は体に宿す魔力が多いのも覚えておくといいですよ。ユキマダラでいえば、若頭のメイシュウは水魔法の達人です。戦闘員のアベレージで言えばここが1番ってとこですな。
獣人の補足説明をしつつ、コルテはユキマダラに関する解説を終えた。
「もう少しで座学も終わりですよ。最後は公僕!クルシア帝国が騎士団の『グノシェ支部』です」
「え?マジ?そんな報告聞いたことないよ」
「マジです。カレンさんに報告する義理はないでしょうが……」
横の2人からの視線が痛い。ツバキは唇の動きで「お姫様?」と伝えてきている。知ったことか、たかが帝国の一組織の地方支部の動きなど。
「なんで騎士団が宝探してんのさ。街守ってろよ、街を」
「まあまあ、街の平和を守る為に騒ぎの原因を潰したいと考えれば自然でしょう。とはいえ、特筆すべきは三大勢力唯一の公的権力であり、この街に長年本拠を構えている点くらいでしょうか」
「お姫様。ここの支部長って誰?」
「知らん知らん、そっちのコルテ先生に聞け」
「あ、逃げた」
なんとでも言え。本部の隊長格ならまだしも、帝国全体から見たら一機関に過ぎない騎士団の、それも地方の支部長の名前なんぞいちいち覚えていない。帝都クルシアで行われる任命式にはカレンも参加しているので、一度は顔を見ている筈なのだが。よっぽど印象に残るような顔つきなら会えば思い出すかもしれない。
「お姫様が本物だったらな。命令一つで騎士団は従うんでしょ?あ、でも駄目かあ、部下の名前覚えてないし。部下にも覚えられてないもんね」
「うっさいばかぁ。畜生、主人の主人の顔もわからないなんて」
こちらを馬鹿にしたような目で見てきた騎士の顔を思い出し、閉じかけていた傷が開く。傷はまだ、古傷と呼べるほどにも癒えていない。
「お姫様?あなたが?」
口を開いたのは穏やかな顔で黙っていた館長だ。どう説明しようかとカレンが一瞬悩んだ隙をついて、ツバキが喋り出す。
「自称です、自称。気にしないであげてください。本当いい子なんで……ね?」
「ツバキお前……お前さあ!ようし、聞けよ者ども、私こそがクルシア帝国第一王女にして王位継承の第一候補者!帝都に名高きカレンディア・シュタルフィ・クルシアとは私のことよ!」
右腕を前方に掲げ、高らかに叫ぶ。私がこうすることで恐れぬ者はいなかった。皆が平伏し、端に退き、開かれた道に帝国の威光たる私の影が通る。筈なのだが。
その場の誰もがぽかんとして黙ったままでいた。本当にリアクションの一つも取らず、棒立ちのままで。両目だけはしっかりとカレンの方を見ている。
心のどこかで来ると予期していた膠着状態。静寂。沈黙。不意に風が吹いて、図書館のどこかの窓が軋む。ふと外を見ると、西日が指してグノシェの建物群を赤く染めていた。じきに日が落ちて夜が来る、もうそんな時間か。1日って早いなあ。ていうか、なんとなくこうなる気はしていた。
「……すいません、アッシュさん。話の総括お願いしていいすか」
こうなってしまったら、先に根を上げるのは勿論カレンだ。なにせ被った恥の度合いが段違いなのだから。
アッシュは眉を寄せて少し面倒そうに頷き、矛の柄で二度、軽く床を叩いた。
「総括っていうか。俺達の次の動きを決めるくらいでいいだろ。コルテさんよ、三勢力が拮抗していた期間ってどのくらいだ?」
「今の状態になったのは半年かもう少し前ってとこですかね」
「この街はしばらくの間3つの勢力が拮抗していた。そして今日、そのうち1つの幹部が負けたって一報が回ったって所で。ツバキ、例えば自分が騎士団の幹部だったとして、どうしたい?」
「どうしたいって、質問が曖昧じゃないの?私なら弱ったところに一気に畳み掛けて倒しちゃうけどな。あ、でも、倒したところをユキマダラに狙われちゃうかも」
「そうだな、でも俺はその心配はいらないと思う」
「なんで?」
「他2つは知らんが、少なくとも騎士団だけは街が宝目当ての冒険者で溢れた当時から戦い続けている上に、長年街を本拠にしてきたノウハウがある。それにいざとなったら本部や近隣の街に援助を頼める。多分1番地盤がしっかりしてるのはここだ。俺が騎士団なら、小規模とはいえ精鋭揃いのコミュニティであっても、一旦無視してオレンジタルトを速攻で突く。騎士団なら令状なり用意して堂々と相手の拠点に押し入れるし、そのネタも今日俺らが提供したからな」
「成程。人数が少ないユキマダラこそ下手な動きはできないもんね。でもちょっと待ってよ。今言ったのは騎士団の方針でしょ。私達は?」
ツバキの指摘にアッシュはニヤリと笑い、
「俺達もそこに行く。見物しつつ、どさくさに紛れて情報の一つでも奪ってやろうぜ」
それに、と話を区切ってアッシュはコルテに向き直り、手を出すように促した。差し出された右手にアッシュが握らせたものは何かとカレン達が覗き込むと、それは数枚の金貨だった。
「駄賃だ。コルテさんは新聞屋に俺達の情報を売り込んできてくれ。特に強調するのは『俺達は三人で来ていること』『リーダーはツバキ』の二つだ」
「構いませんよ、元よりそのつもりでしたし。しかし逆では?どうせ情報を流すなら自分を大きく見せたほうが得でしょう。大人数のコミュニティの先遣隊だとか、例の百年戦争で活躍した戦士が混ざってるとか言えばいいのに」
「そこはこっちの事情だ」
「アッシュ、こいつ信用できないよ。元から私達を売る気だったみたいだし。私のお菓子食べたし」
「信用できないから金を渡したんだ」
憤ってお菓子の箱が入っていた箱を叩くツバキを、アッシュは冷静に諌める。
「うまく新聞屋に情報が流せる様なら、コルテさんには今後も定期的にこのお使いを頼みたい。こっちは都合のいい情報を流せるし、コルテさんは俺と新聞屋の両方から手間賃を貰えるわけだ。どうだ、悪くないだろ」
「悪いどころか有難い話だ。勿論受けますよ。暇つぶしがてらの小遣い稼ぎには丁度いいですから」
「それにリーダーがツバキって情報はここだけのものだ。これで明日の朝刊にその情報が載らなければ、こいつがきちんと話を通さなかった証拠になる。そしたら明後日の朝刊に載るのはコルテの方だ。どうだ、ツバキ」
「成程。いいと思うよ」
「サラッと物騒なこと言うなあ……」
暗にコルテを脅すアッシュにも、すんなりとそれを飲み込むツバキにも少し呆れたが、カレンは場の流れに従うことにした。結局のところコルテが言われた通りに情報を流してくれる保証はないが、多少のリスクには目を瞑ると言うことなのだろう。そもそもがたった三人だけで、おまけにスタートダッシュで大幅に出遅れているのだ、確実な方策だけを選んでいるわけにもいくまい。
「で、ちょっと聞いてもいいか」
改まったように、アッシュが疑問を投げかける。無論この会話の流れで阻む理由がないので、周囲の誰しもが無言でなんとなく頷き肯定の意思表明。
「いや、なんとなく感じた疑問なんだが。ダイヤさん、コルテさんに向かってさっき『おかえり』って言ったよな。あれはどういうことだ?図書館でお客さんへの第一声がおかえりってのはあんまり聞いたことがない」
「そりゃアッシュ、お客様は神様でご主人様的な接客術だよ。うちの召し使いもそんな感じだったよ」
「お姫様〜、家の召し使いと施設の職員さんはまた別でしょ。世間知らずめ」
「いや外の店でも同じようなもんだって。帝都の店はどこもアットホームな雰囲気だったよ!?」
「それ多分お姫様だからだよ。普通の図書館とか資料館はもっと静かな感じで。あ〜いや、メイドっていうなら」
ふと、ツバキは考えるような素振りをした。そしてサムズアップ。
「きっと噂に聞いたメイド喫茶みたいな、メイド図書館ってやつだよ。お客様はご主人様、お帰りなさいませに始まって行ってらっしゃいませに終わる。甘味と魔法でなんか客の心を掴む」
「そんなわけないだろ」
そんなわけがあるか、と内心でもう一度ツッコむ。横で黙っていたアッシュは徐に前に向き直った。
「……そうなのか?館長さん」
そんなわけあるかよ。真面目な顔して何を言ってるんだ。
「そんな訳ないでしょ。部屋を貸してるだけです」
「……へえ、それ空き部屋はあるのか?」
「ちょっとアッシュ、不躾にそんな」
「借りたいなら構いませんよ?」
「話はや!」
「いえ、元々研究者さん達が泊まり込みで資料を確認しながら研究するために部屋を貸し出していまして。その一環でコルテさんもしばらく滞在しているんです。今はコルテさん以外に利用者もいないので部屋が余っていますし、別に問題はないですけども」
「借りる側の私たちがいうのもなんだけど、信用していいの?さっきの貸出禁止の話じゃないけどさ」
「まあ新聞に載るほどの人達ならしょうもない悪さはしなそうですし。それにクライスさんでしたっけ?いつの間にか街の南を仕切った風になってて目障りだったから……」
思ったより適当かつ雑な決定なことに三人は呆れたが、思わぬ所で宿と図書館の利用権を確保できたということで気持ちに落とし所をつけた。
そうと決まれば、ということで、まずは騒ぎが起きるのを待つ。
「うわあ騎士団がオレンジタルトの拠点にガサ入れに入ったぞ!」
「見ものだ!コミュニティの連中と騎士が戦ってるらしいぜ!」
「あの新聞本当なのかな?街の南に縄張り張ってた魔法使いがやられたって!!」
騒ぎが起きた。
思ったより早く。
こんなに都合がいいことも中々あるまいと、一行は呆れた雰囲気で外の騒ぎに耳を澄ませる。通りを走る野次馬の言葉を追う限りでは、街の東側にあるオレンジタルトの拠点の一つを騎士団が令状持ち込みで襲撃したという触れ込みらしい。
「じゃあ俺達も行くか。館長さん、細かい代金の話は後で。んじゃお先!」
「あ、待って」「置いてくなよこのやろ!」
いうが早いか駆け出すアッシュと、それを追いかけて飛び出していく。その騒がしい様子を見送りながら、館長は小さく呟いた。
「……コルテさんはどう思います?あの三人、他の人達と戦ってどうなるか」
「さあ、まだまだ奥の手を隠していそうですし、どうなるやら。中々面白い方々だと思いましたけどねえ」
「そうですねえ、悪い人達じゃなさそうですし。それはそれとしてッ!」
館長はコルテの手の中にあった金貨を強引にひったくり、きっちり枚数を数えてポケットの中に仕舞い込む。その速度は手練れの技そのものであり、コルテは呆然とされるがままでいるしかなかった。
「ああ!ひどい……」
「なに言ってるんです、先月から家賃払ってないくせに」
「今度の分とまとめて払うって話で決着がついたじゃありませんか。それを今奪うだなんて、泥棒ですよ」
「うるさい。あなた、そう言って遊びにお金を使って、また次もツケにする気でしょう」
「ははは、何をおっしゃる。ハハハ……」
三大勢力よりこの人の方がおっかないかもな、と、コルテは内心震えた。




