6話 図書館って静かで好き
私立クルシア帝国開架式資料収蔵館。
楕円状をした学術都市グノシェのやや西側に位置する、五階建てでレンガ造りをした歴史のある施設。街の人からは単に図書館と呼ばれ、老若男女が様々な書籍を求めて訪れる、この街の憩いの場の一つ。
勿論その長ったらしい正式名称が示す通り、各界の研究者達が敬愛する著名な先人の著作も数多く所蔵されており、研究資料を求めて遠方から訪れる者も多いとか、別にそうでもないとか。ちなみに私立の名の通り、施設の管理はどこだかの貴族が行っているとか。以上、街に入って数十分の聞き込みで手に入れた情報。
「でさ、アッシュ。なんで本がいっぱい置いてある施設に絞って聞きこみをしたのさ」
軽く足を揉みながら、投げかけるカレン。先程の不意の全力疾走と竜巻の恐怖のせいで未だに疲れが取れないのだ。これでも帝王学という名のシゴキを日常的に受けていたので体力はあるのだが、いわゆる実戦というものに不慣れなせいか普段以上に疲労感が強い。
「なんでって。秘宝を見つけるにはそれが最善だと思ったんだよ」
「どういう仕組みで?」
「いやほら、魔女の秘宝は噂の出所も肝心の中身も全部不明で手に入ればなんでも願いが叶うっていうオカルトものだろ?とはいえ火のない所に煙は立たぬとも言うからな。このグノシェで秘宝の噂が出た以上、そこには何がしかの根拠があるんじゃないかと思ってな。例えば、歴史的な背景があるとか」
「それで図書館?」
「そ。まあ人伝いに聞いたりそれっぽい宝物が飾ってある博物館、資料館を巡ってもいいけど、それじゃあ後発の俺達は不利だ。人数的にも限度があるし。本からヒントを探るのは多少遠回りな気もするけど、まあ一見他の奴等が選ばなそうな地味な方法を選ぶくらいじゃないと、正攻法で一等賞を取るのは難しいんじゃないかと思ってな」
「さんせー」
「一理あるかな。あ、ツバキ。図書館に入ったらお菓子食べちゃ駄目だからね。マナー的に」
「分かってるよ姫様」
街に入ってからの道中、小腹が空いたというツバキは箱入りのビスケットを購入し、しきりにつまんでいた。
「じゃあ決まりな。他の方法だって同時並行でできないわけじゃないし。パルシエラ家が管理してる蔵書なら今後の勉強にもなるんじゃねーの?」
「うえ、勉強は嫌かなあ……もう新しい知識は一旦いいかも」
そう言いつつも図書館の扉を潜るアッシュに続き、二人も施設の中に足を踏み入れる。
重厚なレンガ造りの外観が与えるイメージとは裏腹に、内観は明るく、華やかな造りだった。陽光を多く採り入れるように設計された室内はほんのりと暖かく、光を反射する調度品も一見して値打ち物だと分かるほどに厳かで、それでいて慎ましく輝いている。
ロビーの正面には小振りながら立派な噴水が鎮座し、両脇を沿うように一対の階段が二階へと続いている。
予想以上に豪華な光景に見惚れていると、受付から女性が顔を覗かせた。カレンより少し年上くらいの、黒の長髪が似合う美人だ。
「お客様、当施設には本の貸出をご希望でお立ち寄りでしょうか」
「ええ、そのつもりで。この街の歴史について詳しいやつを何冊か借りたいんですけど」
「申し訳ありません、当施設では現在外部の方の書籍貸出と閲覧を禁止していまして」
「それは、僕達が図書カードを持っていないから?」
「いや、そーいうんじゃなくて」
「それは、僕達の身元がはっきりしないから?」
「いや、そーいうのじゃなくて。まあそういった人に貸さないのはそうなんですけど」
「それは、僕達が街の外から来た人間だから?」
「いや、そーいうのじゃ、いや間接的にはそーなんですけど」
「それは、僕達が……」
「いいってアッシュ!その流れは良くない」
「それは僕が……」
「いい加減にしなさい!」
ハリセンでバシッッ!と脳天にツッコミ。古典的な手段だが案外効いたようで、アッシュは黙って一歩裏に退いた。ていうかコイツ、ボケに回ると面倒臭いタイプだな……と、内心カレンは冷や汗をかいた。とはいえ、こういう場面で敬語を使い分けた所には素直に感心した。さすが年上(多分)というか、ツバキの保護者的立場にいるだけはあるといったところか。
選手交代。次の話役はカレンだ。
「ええっと、失礼。多分アレですよね?今秘宝探しで街がゴタついてるから、その関係で」
「そうです!そーいうのです!うちが被害を受けた訳じゃないんですが、博物館なんかで盗難や破損の事故が絶えないものですから……予防策として」
「真っ当な対処だと思いますよ」
至極正当で、然るべき対応だと思う。だからこそ、今の一行にとっては困る。
「あの、せめて本を読ませていただくだけでもできませんかね……」
「いやあ、申し訳ないですけどそこで特別扱いはできませんよ」
「じゃあこうなんか、立ち合いの元で本の写しを取らせてもらうとか。こう、魔法で上手い感じに」
「立ち会い以前に、魔法で本のコピーを取るのはマナー違反ですよ」
「ホイホイ失礼〜、や、美味しそうなビスケット」
ぬるりと視界の外から現れた手がツバキの手の中にある菓子箱に伸び、小麦色のビスケットが一つ、瞬く間に消え去る。手の主は眼鏡をかけた一見賢そうに見える男だった。シャツの上から幾何学模様をした極彩色の民族衣装を羽織り、足には身軽そうな下駄を引っ掛けている。男は奪い取ったビスケットを食べるでもなく、珍しい物でも見るように眼前にぶら下げ、じろりと眺めている。
「私のお菓子!」
「どうも館長さん。私が戻りましたよ。……やや、見慣れない人達だ。お客さんですか」
「お菓子取っといてよく言うな、そんなこと」
「お帰りなさい、コルテさん。今日は早いお戻りですね」
「街が騒がしいものですからなんとなく。私、これでも臆病でして……ところでお客さんがた、私あなた達のことをどっかで見たなあ」
コルテと呼ばれた男は自身に対して若干引き気味のムードがある中でも全く動じず、肩から掛けた鞄の中を両手でゴソゴソと弄っている。しきりにこちらの顔を見まわしながらブツブツと唱えていたが、「ああ、これこれ」と呟くと鞄から何かを取り出し、カレンの眼前に突きつけた。
それは二つ折りにした藁半紙で、朧げに見える活字の配置や雰囲気からしてどうやら新聞の号外のようだった——いかんせんコルテが鼻先に紙のざらついた感触がある程の至近距離に紙を押し付けている為、文章を読み解くどころではない。藁半紙の独特な匂いも相まって肝心の内容が全く分からない。
「ちょ、近い。……近い、もっと離して!」
「失礼……『謎の3人組がオレンジタルトの岩盤を打ち砕く。秘宝争奪戦の佳境に来て新興勢力台頭か』ですって。ふ〜む、大したもんじゃないですか。これ、あなた達でしょ。今往来じゃこの新聞の話題で持ちきりですよ」




