5話 竜巻使い クライス・ランベント
「さ〜て、どうやって泣きっ面をかかせてやりましょうかね」
適当に呟きながらも冷静に、クライスは十数メートルの距離を空けて相対する3人を観察する。
まず注目したのは茶髪の青年。会敵したその瞬間から一切の隙を見せず、さりげなくクライスの持つ杖や使役する梟もとい精霊、周囲にまだ見ぬ敵が潜んでいやしないか等々、微かな目線の動きのみで確認していたようだ。さりげなく、ほんの僅かに膝を曲げて即座に駆け出せるようにしている辺り、対人戦闘の経験は充分積んでいるといったところだろうか。右手に携えている矛も、それ自体が使い手とは異なる独自の魔力を放っているかのような気配がする。どこから考えても、この三人の内で最も警戒し対処する必要があるのはこの男だろう。
次点で警戒するべきはツバキとかいった赤髪の少女だが、クライスから見て怖い相手ではない。若いというより幼いと形容するのが似合う容貌もそうだが、敵を目前にして得物に手をかけているところまではいいものの、所作には隙がある。上等そうな刀の鞘や羽織からして育ちは良さそうだし、結構いい所の娘なのだろうか。その割には袖から覗く白い腕にはしっかりとした筋肉の筋が通り、歳の割にかなり堅実に鍛えていることが見て取れる。敢えて実力は未知数だと仮定するが、モンスター相手はともかく人を相手取って斬り合った経験には乏しそう、というクライスの見立ては遠く外れていないだろう。
そして最後に、大きな帽子とポンチョの白いシルエットが目を引く銀髪の少女。カレンだっけか。この子は正直、どう扱っていいいのか困る存在だ。魔力は人並み以上にあるが、全身からダダ漏れで警戒心だけがこちらに筒抜けで伝わってくるし、その割には武器らしいものの一つも持たずにいる。力なく構えるだけの両腕に鍛えた形跡は無く、どう見ても素人丸出し。丸出しすぎて逆に何か秘策でも持っているんじゃないかと深追いしてしまいそうになる。が、クライスが何かしようと対抗策は持っていない、という動揺が最早顔に出ている。こちらの娘もツバキ以上に高級嗜好な出立ちだが、受ける印象はまるで違う。ツバキが武装コミュニティの跡取り娘なら、こっちは商業コミュニティのボンボン娘といったイメージだ。なんにせよ、クライスの勘が、銀髪の娘は根っから戦いに不向きな非戦闘要員であると告げている。
尚、ここまでの見立てにクライスは数秒も使っていない。
「まあ百聞は一見にしかず。ぴーよん、いつも通り目になってね」
梟の後頭部を一撫でして背を軽く蹴り、3人と更に距離を取るように後方に着地。ぴーよんが上空に飛び立っていくのを視界の端で捉えつつ、自身は口元で詠唱を行う。
精霊ぴーよんは15の夏に顕現してからクライスの背中を任せてきた相棒だ。
時には飛行手段として、時には大魔法の補助役としてクライスの戦闘の補助をしてきた。
今回の彼の役割は目だ。練度を高めた魔法使いは自らが使役し一心同体の存在である精霊と五感を共有することができる。ぴーよんは高空から戦況を観察し、視界をクライスに届けることで戦場を隅から隅まで把握することを可能にする。
敵に目立った動きがないのを確認、詠唱が完了した魔法を発動する。
「『ストーム・ディザスター』」
敵の左右に一対の巨大竜巻を出現させ、行動範囲を絞る。
「さあ、どうでる」
返事は即座に、一本のレーザービームで返ってきた。白銀の光線はクライスの真正面から一直線に飛来し、眼前で透明な壁に阻まれ周囲にその威力を霧散させていった。
「『ヴァルスレドガード』……そりゃあ対策はしますよって」
白銀の刃はクライスを直接傷つけることは叶わなかったが、無傷で凌げた訳ではない。クライスの鼻から垂れたのは一筋の真っ赤な血。ヴァルスレドガードは敵の攻撃の性質如何に関わらず鉄壁を誇る便利な技だが、消費する魔力や術者への負担が大きいハイリスク・ハイリターンな技だ。だからこそ初見の敵を相手取る時に用心で張っておく予防線としての期待値は大きい。とはいえ竜巻を起こした次の瞬間に反撃が来るのは想定より早かったし、鼻血を流すのは想定外だった。だが、そこに文句は言うまい。言うつもりもないし、言っている暇もない。
「やっぱり飛び道具くらいは持ってなきゃね。しかし中々の高威力。あの茶髪できるね」
鼻血を拭い、クライスはぴーよんの視界から伝わった情報に脳を集中させる。ぴーよんの目は相手の一挙手一投足を正確に捉えていた。左右に竜巻を起こした瞬間に茶髪の男が何事かを叫び、少女二人を後ろに退避させた。そして当人は矛を振りかぶり、先端から一筋の光線を発射。多分クライスがそれを防ぐことも織り込み済だったのだと思う。光線の発車終了と同時に青年は駆け出し、彼我の距離を詰めに来ている。目測20メートル。ほんの数秒で矛の射程に入る距離。
「させないよお、『ストーム・ディザスター』」
クライスと青年の間を遮るように竜巻を一つ設置。先程の一対より小ぶりだが、大きさを抑えて威力に魔力を割いた分地面をよく穿ち、粉塵やら岩石をより多く巻き上げる。竜巻から零れた岩達を簡易的な風魔法で敵側に撃ち込み砲撃。青年が立ち止まって迎撃している姿は上空から丸見えだ。
この時点で、クライスはツバキとカレンから殆ど注意を外していた。
最初に生成した竜巻はそれぞれが街を背に、敵を追尾するようにセットしておいた。竜巻を遠ざけようと走るほどに、街から遠ざかる仕組みだ。竜巻から逃げるか、無謀にも正面から突っ込んで傷つきながらクライスを目指すか。
竜巻がクライスの支配下にある以上その動向は掌の上であるため、どちらを選ばれてもクライスに損はない択だ。今の所、竜巻は両方とも街から遠ざかるようにゆっくりと進行している。
つまり、二人は竜巻から逃げおおせる道を選んだわけだ。
ならば話は早い。
茶髪の男を念入りに潰した後に、ゆっくりと残りの二人を街に入る気が無くなるまで追い立てればいいだけの簡単なお仕事。
万全を期し、茶髪の男はクライスの持つ最大最高威力の大魔法を以て仕留める。幸いにも、ぴーよんの視界から伝わる相手は防戦一方で、魔法の完全詠唱を唱えるだけの隙がある。
「『其は失われし幻影の都。祈り果てし理想の亡骸。悠久の先に聳える戦士達の夢の揺籠』」
「とった」
「『我が祈りに応え』……はっ?」
声は突然、真横から聞こえた……真横!?戦闘前に周囲の地形及び動植物は一通りチェックしておいたはずだ。
数分の間に近づいて来れる位置にモンスターや人間はいなかった。
いや……いたか。
事実、クライスとぴーよんの多角的な視野は、凄まじい速度でクライスに迫る人影を捉えている。
ツバキとかいった、赤い髪を乱して、既に抜き身の刃を構える少女の姿が。
竜巻を振り切って回り込んできたとでも?竜巻の直径と速度を考えれば不可能とは思わない。というか、今はその思考は無駄だ。今対処すべき事実は、この少女が目前にまで迫ってきていること。
必殺のエルドラードは撃てない。詠唱が中途半端なままで打てば不完全に出力された魔力が逆流し、こちらが自滅して終わる。
まずは凌がなければ。
「ヴァルスレド……」
「『雷火』」
駄目だ。半端な壁しか作れない。稲光を周囲に撒き散らす金色の刃が不完全な防壁に衝突し、バリバリと火花を散らす。だが、均衡を保てたのはほんの数瞬。急拵えの半透明の壁に稲妻状のヒビが入り、端から砕けていく。そのまま突っ込んでくる刀身の直撃は避けたが、刀から迸る雷のエネルギーはどうしようもない。
全身を貫く衝撃を堪えながら、クライスの脳内で導き出した結論は、今とれる最善の策は撤退しかないという苦いものだった。
「アッシュ、私追いかけるよ。『雷櫻』でなんとか……」
「深く追うな。今は街に潜り込むのが優先だ」
「ん。了解」
「まずはカレンと合流する。そんで街に……」
うまく聞き取れたのはそこまでだった。
ぴーよんにもう少し高度を上げるように指示し、安全を確保しながら情報の整理を試みる。
アッシュ。武器は矛。射程の長い攻撃手段あり。
ツバキはとにかく足が早い。雷を帯びた刃は鋭く、自分の近接が不得手なことを差し引いても一撃で戦闘を終わらせることができる威力を持つ。
カレンに関しては詳細不明。何か隠し種があるのか、本当に戦闘に関して無力なのか。宝探しが目的な以上、知識面で何か深い見識を以ているのかもしれない。
雷撃で受けた痺れも冷めやらぬ中、クライスは次の一手を考えていた。今の最優先事項は新たな敵の情報を伝えること。次に、自分の役目だった街南部の警戒役を誰かに引き継がなければならないこと。次に、上司への上手い言い訳。次に傷の治療。次に……。
「は〜っ、露払い役はひとまずお役御免かあ。レイモンドの旦那に怒られちゃうね、ぴーよん」
脇腹を抑え、痛みに耐えながらカレンは深呼吸をする。乾いた空気を吐き出し、吸い込み、それを繰り返して体内に酸素を少しでも送り込む。つい宣告まで竜巻が唸っていた平原を見ながら、カレンは呆然としてその場にへたり込んだ。
なんか、逃げてたら終わっちゃった。
竜巻をぶっちぎれ。アッシュはあの時、そう伝えてきた。カレンは竜巻よりも早く走って逃げろというメッセージだと受け取ったが、ツバキはそう捉えなかった。竜巻の動きを完全に見切ったのか、ツバキは竜巻を越える速さで走り抜けて敵の側面に潜り込み、見事勝敗を決する一撃を叩き込んだ。
「すごいな、あれで年下か……ま、私の方が可愛いが」
くだらない負け惜しみだな、と自嘲気味にため息をつく。なんにせよ、門番たる魔法使いに勝ったのは事実。カレン個人がどうかは置いておくとして、これでようやく、魔女の秘宝を探す舞台に立つというスタートラインを通り過ぎたのだ。役立たずだった事実を一旦棚に上げて、カレンは勝利を寿ぐことにした。




