4話 街に入るまでに一悶着ありまして
蟹退治から数日。街道をひたすら歩いてようやくグノシェ東側に辿り着いた一行は、立ち塞がる門番に足止めを喰らっていた。
「オメェオラ、この街に何の用だって聞いてんだよオラ」
「テメェコラ、クルシア帝国騎士団グノシェミア支部様舐めんじゃねえぞコラ」
「オラオラ、正当な理由なくこの街には入れらんねんだわオラ」
「コラコラ、宝探しだか知らねえけどよ。それは今認められねえんだわ。これ以上街荒らされるとうちの大将が怒るんだよコラ」
情けない。吐き気の様に嫌悪感が込み上げる。末端まで騎士道精神が行き渡ることが難しいのは重々承知していたが、まさかこんなチンピラ紛いの振る舞いが罷り通っているとは。そしてそんな奴らが街の顔たる門番を務めているとは。
「な〜んで雇い主の私がこんな罵倒を受けなきゃならんのだ!」
「別に直轄でもないだろ?なあカレン」
「お姫様、言ってやんなよ。雇用主が誰か」
「騎士団は帝国直下の組織だから結局頂点は私よ。あとその呼び方やめて」
カレンの自認では驚愕のカミングアウトから数日、二人は虚言癖の悲しいヤツとして彼女を扱うことに決めた。それは嘲りや哀れみといった負の感情からではなく、多少笑いに変えることでお互い受け入れやすく、ひいては仲を深めるのに良いだろうという二人なりの優しさを孕んだ扱いだったのだが、カレンにとっては屈辱だった。
「本物なのに……」
「なら早く命令してよ。さっさと街に入れなさい〜って。私早くお風呂入りたい」
「それができるならやってるっつーの!」
拳を握り締めて膝を叩く。王女の責務が嫌で態々帝都から逃げ出して遥々ここまで来たのに、王族特権なんて振り回せば色んな意味で終わりだ。追手には居場所が割れ、居城に連れ戻されるだろう。爺やの説教だって倍じゃ効かない筈だ。何より、結局身分に頼らざるを得なかった自分が情けなくて死ねる。そもそも何故自分は二人に対して馬鹿正直に自身の立場を暴露してしまったのかと、常に後悔が絶えない。
「あ〜もう!王女なんて言うんじゃなかった!」
「自分で言い出した話だろ。なあ騎士さん、この子有名人なんだけど知ってる?」
「知らん」「誰だよ、アイドル?」「誰だ」
「よしツバキ、一旦撤退しよう」
「お風呂は?」
「街に入れないんだから仕方ないだろ、ちょっと我慢してくれ」
大蟹を一撃で屠るツバキだが、流石に人間の、それも国家権力相手に剣を振う気はないらしい。渋々といった様子ながらもアッシュに従い、街の門に背を向けて歩き出す。
一時撤退。
「むが〜我が部下ながらなんてガラの悪い!ていうかさり気なく流したけれども、あいつ等この私の事を知らないだと!押しも押されぬこの第一王女の私を!」
権力を振りかざすつもりは無くとも、あなたは姫様では、と呼び止められることも心のどこかで期待していた。これを乙女心と呼ぶには少し我儘な面が目立つが、カレンの胸中は複雑であった。
「どんまい姫様」
「なにおう!」
「落ちつけカレン。煽るなツバキ。今は街に入る方法を考えるべきだろう。俺は思いつきだがいくつか案を捻ってみたぞ。まあどれも問題点があるから決めかねるが」
「切り替え大事。取り敢えず言ってみて」
ツバキの相槌に頷き、アッシュが指を立てる。
「その1、商業系ギルドに紛れ込む。大抵の行商は安全面を考えて集団になって移動するから人数も自然と増える。手伝いなり護衛を装ってやり過ごせば門を通れる筈だ」
「成程。でも行商人がいつ門を通るのか分からないよね」
「そう。そこでアイデアその2は、学者見習いのフリをすることだ。騎士団の言い分じゃ正当な理由さえあれば通行許可を出してくれるそうだから、勉強目的っていうそれらしい名目なら大丈夫かなと」
「それアリだよ。採用でいいんじゃない?」
「駄目だよ。見た目も学者風じゃないし勉強道具っぽい物の一つも持ってないもん。ついでに研究内容の質問でもされたらすぐボロが出る。それに私はホラ、見た目がもうアウト」
広い袖をヒラヒラと振りながら、ツバキが溜息をつく。確かに、帝国内では異国感満載のツバキが学者を名乗るのは無理があるだろう。ヒノワ国の研究といえば通る可能性もなくは無いだろうが、今度はツバキの見た目の幼さが厄介だ。10代前半で研究者を名乗るのは少し苦しい。そして根底から台無しにする事を言ってしまえば、アッシュとカレンすら学者然とした雰囲気の見た目をしている訳ではない。赤いコートに矛を携えたアッシュは勿論、純白のファーであしらえた大きなシルエットの帽子とポンチョは、どうも研究者としては浮かれ過ぎている。
「う〜ん、門以外に入れる場所があればいいのに。隙間があればいいのに」
「それは無理な話だろ。この街は典型的な元侵略拠点の造りだ。そういう穴は速攻で潰してるよ」
「うええ。戦争は終わったんだから塀なんて壊せばいいのに」
ぼやきながら眼前に聳える塀を眺める。切れ目なく続く塀はグノジェの街をすっぽりと覆い、東西南北の四つの門以外からの出入りを物理的に封じている様に見える。
「そう簡単な問題じゃ無いって。姫様の一族がやったことでしょ」
「あ!また言った!」
ツバキの言う通り、元は開けた草原の中にあった旧グノシェ小国を兵で囲み、制圧後に塀で覆ったのはクルシア帝国軍であり、他ならぬカレンの祖先である。侵略した街の周囲を塞ぐ手法は当時のクルシアがよく使った手法だ。次の侵略の拠点を作りつつ捕虜の逃亡の芽を潰す一石二鳥を狙った効果があったと、軍略家の先生が語っていたのをカレンは覚えている。そんなクルシア帝国の侵攻によって口火を切った統一戦争に終止符が打たれたのは、つい十数年前のことであり、侵略の象徴とも言える塀が撤去されるのはまだまだ先になるだろう。
撤去。撤去……と、カレンは記憶のどこかに引っかかるものがあった。
「穴……あるかも。でっかいのが。放牧とかの」
「放牧?」
「あ〜何だっけ。前に聞いたんだよなこれ」
これは、かつて座学の最中に爺やの小話で耳に挟んだ内容だ。侵略した街を塀で覆うのは単なる侵略拠点の作成としては有用だが、都市として今後末永く運用していく目線では不利に働く部分も多い。東西南北の門からしか出入りができないのは街中で管理している動物を遊ばせるには少々不便であるし、街全体を囲う塀を作成する労力や資源も膨大な量を要求される。何より、街の内部から見て四方を壁で挟まれているのは見栄えが悪い。等々の理由を鑑み、実際に四方全体を塀で覆っている街は戦争が激化する前に侵略された領地が多い、らしい。
「……それはここ中央大陸で言うと東の部分ね。このグノシェは大体中央大陸の真ん中から少し南に逸れたところにあるから、理屈で言えば反対側は空いてる筈」
「反対っていうと、南側」
三人は顔を見合わせ、それとなくその方角を眺める。そこには聳え立つ塀が並んでいるだけだったが、果たしてこの壁にそんなに都合のいい隙間はあるのだろうか、そこに確証は無い。だが、カレンの予想に賛同したのはアッシュだった。
「まあ、信憑性はある話だな。俺も今まで色んな街に行ったけど、確かに塀が半分しかない街やら、そもそも街と外の境目もあやふやな所もあった。大陸のどの位置にある街がどう、ってのまでは意識してなかったけど、試す価値は十分あると思うぜ」
「やるじゃん、姫様」
ツバキも追うように意見を揃え、一行の方針がひとまず固まった。ならば善は急げと街の外周を沿うように、見張りの騎士に怪しまれないよう少し遠巻きに走ること数刻、日が少し西に傾いたかという頃合いに、三人は街の南側に到着した。そして、行手を遮る壁はというと、
「いい街じゃん」
「お、いい眺めだなあ、やっぱ住むなら開放感て大事よね」
「カレンの予想的中だな」
街の東に面した茂みに沿って向かう途中から見えてはいたのだが、グノシェの南側は視界の開けた平原になっており、そこに面する街の南部もまた、門や塀に類するものの一切が設けられていなかった。平原で敵が攻めてきてもすぐに察知できる分、塀を作る必然性が無かったのだろうとカレンは何気なく推測した。
「見た感じは騎士団も警備してないみたい」
「交通量が多い北側だけ監視して、こっちはあんまりなんだろうな。街道も整備されてないし」
「ザルだ」
「まあ全方位を隈なく常に警備し続けろってのも無理あるしなあ。戦時中でもないし」
「素通りできそうでよかったよ。変な芝居しなくてよさそうで安心!」
芝居とは、ここに至るまでの道中で少し話題に上がっていたことだ。仮に街の南側に塀が無くとも、騎士団の警備が敷かれている可能性は十分にあった。そのため、滞在目的などを聞かれた時にはどうしようかと事前に取り決めをしておいたのだ。
いくつかの案が出たが、結局アッシュの出した『商業コミュニティの娘が雇われの傭兵二人を連れて勉強を兼ねて旅行中』という設定になったのだ。勿論、商業コミュニティの娘役はカレンである。この設定のミソは若い娘が旅の道連れに傭兵を雇った、という部分にある。東国の民族衣装を着たツバキはそのままでいるとクルシア帝国内でどうしても目立ってしまうが、『お嬢様が歳の近い同性の傭兵(出稼ぎ中)を選んだ』という名目にすればあら不思議、違和感なく溶け込むことができる。どう足掻いても物々しく見えるアッシュの矛とツバキの二振りの刀もどうにか誤魔化せるし完璧じゃない、と、流れに乗って息巻いていたのが肩透かしを喰らったようで、カレンは少し恥ずかしかった。
「少し街の外を散歩してきた風を装えば簡単に紛れ込めそうだな」
「楽できるのが一番。グノシェに入ったらお風呂探そうね」
「街に入ってからの方向性くらいは固めてからにしようぜ」
「レストランも探そうよ、折角だし」
「そーいう相談、まず街に入って安全を確保してからじゃないです?」
「それもそーだ、カレンいいこと言うね」
「え?私じゃないけど。でも安全確保が大事なのはそうだよね」
「でしょう?そもそも、南側がこんなにガラ空きなのは何か理由があって然るべきだと推測すべきなんですよ」
「おお。一理ある。姫様冴えてるね」
「姫様呼ぶな、てか私じゃないし。アレ、ていうかどこから聞こえてるのコレ」
「ここですよ〜」
「どこ!?」
「ここですよお、ここ」
見知らぬ声に驚き、周囲を見回す。そして声がしたと思しき方角は東西南北のどこでもない、真上。
木々の隙間を縫うように、何か、いや誰かが高速で動いている。猿のような身のこなしで枝から枝へ飛び回る影はしばらくすると、平原の方へと放り出されるように思い切り飛び出した。落ちる、と思ったのも束の間、影は空中で完全に静止した。視界を遮る木々が無くなって、ようやく一向は影の正体を把握した。
帽子から全身を包むローブまでを緑系統の色で揃え、帽子の影からはギョロリとした大きな目が覗く。手には捻じ曲がった木材のような杖を携え、嫌味にすら見えるほど大きなイヤリングが耳からぶらさがる。そして特筆すべきは、その体を支え宙に滞空させる巨大な梟。こちらもビー玉のようにまん丸な目玉で、一向のことを視界に捉えている。
いかにも魔女です、と言いたげな格好女性は空を背に向き直り、杖を構える。
「一応確認しますけれど。あなた方はグノシェの住民や研究者ではなく、魔女の秘宝を目当てでやってきた冒険者の類で?コミュニティには所属してらっしゃるのかしら」
「てめえ、騎士団所属の魔法使いか」
魔女はわざとらしく指を振り、やれやれとでも言いたげに目を閉じる。
「ノンノン、あんな国に飼い慣らされたワンちゃんと一緒にされたら困ります。わたくしコミュニティ『オレンジタルト』所属の立派な魔法使い。目下のお仕事は宝に群がってきたアリさんの駆除でございます♪」
「成程な。騎士団の警備が手薄なところに張って、新しくやってきた宝目当ての冒険者を排除しようってのが狙いか。仲間がゆっくり宝を探す時間を作ろうって訳だ」
「ご理解が早い殿方は好きですよ?そうとも、わたくしの役目は露払い。もうお分かりでしょう、ここを通りたくば、わたくしを倒してから行きなさい!というヤツですよ♪」
「ツバキ、カレン、構えな。分かりやすく序盤の敵ってヤツだぜ」
「序盤呼ばわりは野暮ですよう、ここがあなた達の宝探しの終盤になるかもしれないんですから。では参りましょうか。クライス・ランベント、あなた方をメッタメタにする魔法使いの名です!!」




