↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/11

2話 鳥族の少年

 客席の最後部に腰掛けて、ぼんやりと昔のくだらない事を思い返しながら横に広がる草原を眺めていると、背後で馬車の荷番をしていた少年が問いかけてきた。

「お姉ちゃん、1人のお客様は珍しいね。どこまで行くんです?」

「なーんも考えてない」


 言葉の通りである。何も考えていない。考えたくない。将来も明日の朝ごはんの献立も。ぼやっとした様子を見かねてか、少年は呆れ顔になってため息をつく。


「お姉ちゃんそれは良くないぜ。今だって景気がいいわけじゃないんだ。知ってる?今ハンテーコク勢力ってのがどんどん増えてて、そのうちまた戦争が起こるんだって」


 ハンテーコク。反帝国か。治安が悪くなっているという話は王都でも聞いた事だ。帝国の支配力が比較的弱い西の方で、そんな動きがあるらしい。


「君は色々考えてるんだな〜。でも大丈夫だよ。風に任せて流れていればなんとかなるから」

「根拠はあるのかい」

「な〜に。私はこれでも王女だからね。食いっぱぐれることはないのよ」

「なんだ、何をいうかと思えばつまらない冗談言いやがって。お姉さんみたいなのに限って立場が悪くなったら『国が悪い!』とか言うんだ」

「う……」


 カレンは一応国のてっぺんに限りなく近い立場であり、我が家を悪く言うつもりは毛頭ない。とはいえ出生を知らない人から見ればカレンは将来設計が希薄かつ無責任で無謀な若者である。いや、王女であっても変わらないか。王女だからこそなお悪いとも言える。そんな事を思ったので、客に失礼だろと論点をすり替えて反論するのは諦め、かといって同じ話題を続けたくなかったので方向転換。


「ところで君。この馬車はかなり盛況だねえ。どこか有名な観光地にでも向かっているの?」


  賑わう客車を見回しながらぼやく。いやあ儲かってますよ的な謙遜を期待していたのだが、反応する少年の表情は困惑に満ちていた。


「もしかしてこの馬車の行き先について何も知らないで乗ってるの?」

「知らないけど。乗り場が混んでるから上手く紛れようと……いや、なんとなくね。ホラ、楽しいことがあるかもって直感でさ」

「姉ちゃん馬鹿だなあ。当馬車はグノシェに向けて順調に運行中でございますよ」

「グノシェ?ああ、学術都市か。


  学術都市の名が指す通り、グノシェは各地から研究者達が集う学問の街である。世界中の研究資料がその種別、分野を問わず集積され、叡智を求める学徒が目指す知識の最終地点とすら噂される。その副産物として貴重な研究書籍を取り扱う商人や希少素材を持ち込む戦闘系ギルドの出入りも多い。


「昨今では反帝国勢力の潜伏も確認されており、研究資料の神器の保護および治安悪化への対策も検討されている……とかだっけな」

「めちゃくちゃ詳しいじゃないかよ。何さその辞書的な説明は。あんた、本当に知らないでこの馬車に乗ったのか!?さては俺をからかってるだろう」

「いやあ知識としては知ってるのよ。それだけ」


 本当にそれだけなのだ。伊達に英才教育を受けてきたカレンではない。いわゆる教科書的な知識量ではそこらの一般人とは比較にもならないだろうという自負はあるのだが、悲しいかな王女に求められるのは応用力。知っているだけの知識など単なる雑学に過ぎない。そこんとこがどうも苦手で、論理的に体系化できてこそ真の理解、と教育係の爺やに良く叱られたものだ。


「ほんで?ここに乗っている皆さんは皆研究者?それとも観光客?いや、なんかガラが悪そうだから素材持ち込みのコミュニティの連中ってとこか。つーか」


 客席に座る他の客達は皆が一様に目をギラつかせ、グループごとに固まって何か相談しあっている様子だ。口を固く結んで瞑想らしき仕草をしている奴もいれば、念入りに得物の剣の手入れを行う者もいる。その誰もが真剣な様子で、これから観光を楽しもうというような柔らかいムードではない。ふと、帝都の騎士団本部隊を思い出した。戦闘準備前の彼らに雰囲気が似ている。とはいえ学術都市であるグノシェを訪れようなんて思うのは戦闘を終えて素材を売り込もうという連中の筈で、どうも先程自分が話した街の特徴と彼らの仕草は噛み合わない。


 客車の中で刃物を出すなよ、という感想は的外れだろうか。言ったらまた馬鹿にされるかな。なんて考えていると、少年に「本当に知らないんだね」とまた呆れた表情をされた。


「別に今日だけじゃないんだ。ここんとこグノシェ行きに乗るお客様の目的は一つ。秘宝探しだよ、魔女の秘宝。噂で聞いたことない?」

 ぞわっ、と。魔女の秘宝と少年が口にした瞬間、車内の空気が変わった。カレンと少年に向けて客車中の意識が集まるのを肌で感じる。あからさまに視線を向ける者は少ないが、皆が僅かでも情報を得ようと神経を研ぎ澄ましている。成程、確かに皆さんの目的は魔女の秘宝とやらで間違いないらしい。


「ふぇ〜そんなのがあるんだあ〜。私箱入りの研究者家系だから〜知らなかった〜。ホラ、分野もセーブツガクだし?」


 あえて馬鹿っぽく、必要以上に無知をアピールして周囲の意識が自分達から離れていくのを見計らう。じっとりした視線が無くなるまでに数十秒。カレンへの完全に関心を失って客車に元のざわつきが戻るのにもう数十秒。全く大人気のない奴等め。魔女の秘宝とやらは大の大人が真剣になる程に魅力的な噂らしい。


「悲報ですまないけど本当に知らないんだ。粗放なもので結構だからどんなものか教えて」

「韻を踏むな、まあ、別にいいけど。俺も大して詳しくないし。その秘宝を見つけるとなんでも願いが叶うって噂なんだよ。わかってるのはそれだけ。肝心の正体は一切不明、姿形も、どう使うのかも、そもそも話の出所も分からないのに皆が血眼になって探すんだから。変な話だろ?」

「ふうん。いかにも与太話っていうか誰かの流した嘘っぽいけど」

「信憑性は勿論怪しい所だけどね。なんでも噂が出たての頃から行方不明者が続出してるとか」

「学術都市ってのもそれっぽいのかもなあ。どっかの郷土品に紛れて変な魔術道具が紛れ込むなんてストーリーが想像つくもん。膨大な研究資料に隠された秘宝ってのもロマンだね」

「何より、騎士団が動いてるってのが一番の根拠で。帝国の重要資料があるのを差し引いても、ここ最近はグノシェ周辺の帝国騎士団の動きが活発すぎるんだってさ。少なくとも単なる治安維持には見えないみたい」

「国庫金の無駄遣いしなきゃなんでもいいけどね。秘宝ね。じゃあさ、もし君が秘宝とやらをゲットできたとして、叶えたい願いとかないの?」


 カレンの問いは話の流れで思いついた軽いものだったが、意外にも少年は真剣に考えこんだようだった。声変わり前の高い声でうんうんと唸り迷った末に、少年は袖を捲って二の腕を見せてきた。

 お、腕毛が濃い。

 いや、これではまるで悪口だ。

 毛というよりは羽毛と言い換えるべきだ。

 若さ由来の潤いのある白肌に沿うように、同じく白い羽毛が優しく覆っている。それに良く見れば服の背部が少し膨らんでいるように見える。

 ああ、と。カレンはそこでようやく少年の正体に気がついた。


「あなた鳥人だったのね。そういえば馬車の案内の人もそうだったわ」


 この世界には純粋な人と、人とモンスターの特徴が入り混じった獣人が存在する。一口に獣人といっても様々で、犬や猫に始まり、鳥に魚にトカゲと分類は多岐に渡る。彼らの共通点はモンスターの遺伝子を身体的特徴として受け継いでいることだが、その度合いにもまた個人差がある。

 顔がまるっきり獣のそれになる場合もあれば、牙や耳の形のみが発現するケースもある。

 馬車の運転手は背中に天使の如き大きな両翼を携えていた。下手に口にすると差別発言に受け取られかねないので口には出さないが、全く格好いい発現の仕方をしたなと思う。それに比べると少年の鳥人としての混ざり具合は断然に薄い。二の腕の羽毛も恐らく背中から生えているのだろう両翼も、傍目からは分からない程にささやかな特徴だ。とはいえ世間的に言えば暮らしやすい方だ。少なくとも、腕が翼になって生まれてくるよりは。これもナイーブな所なので獣人本人の前で口に出すのは憚られる所だが。


「俺、鳥の特徴が親父達に比べて薄いんだ。別に生活に困るってことはないんだけど、どうせ鳥人として生きるならもっと濃く出てくれば良かったのにって。羽が大きかったり、上手く腕と同化してる奴は空を飛べるんだ。流石に飛べるのはごく一部だけど、だからこそ羨ましいっていうか。飾りだけの羽じゃ息苦しいよ」


 そっちか。半端に発現した獣人が人間との生活環境の細やかな違いに苦労する話は聞くが、獣人に対しても同様なのか。自身の種族に愛着を持つのは素晴らしいが、それ故に根深い悩みだな、とカレンは少年を案じた。かといって少年を慰められるような気の利いた返しを思いつくこともできずに、


「そう……ね。難しいね」


 そんな情けない返ししか出なかった。王女の責務から逃げてきて、子供の悩み一つ答えられないなんて。そして、カレンと少年の間に流れる神妙な雰囲気は。


「止まれ止まれ!!」

「ハズレだ!!カニが出たぞ!!カニ!!」

「……んあ?かに?」


 前方から轟く間抜けな叫び声で吹き飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。