1話 帝国王女、カレンという輩
カレン・シュタルフィ・クルシアは王女である。王女と一口にいっても、そんじょそこらの凡庸で普遍的かつ平凡な国の王女ではない。カレンは世界の陸地の凡そ8割を手中に収める大帝国、クルシア帝国の帝王が一人娘である。
大衆の想像する王女の例に漏れず、彼女は容姿端麗にして胸襟秀麗、才色兼備にして好評噴噴。その他古今東西に伝わる遍く称賛の言葉に相応しく、またそれらを一身に受け止めるに足る容姿と才能と器量を兼ね備えた完璧なお嬢様である。
天は私に全てを与えた、とは12歳の誕生祭で彼女が生んだ名言だ。高らかな叫びを聞いた参加者の大半はそれに賛同し、一部は嫉妬に震えた。カレンの人生が順風満帆であり、全てを手に入れるであろうことは、その場の誰の目にも明らかだったからだ。
さて、そんなカレンがどのような伴侶を見つけ皇帝に押し上げるのか、或いは彼女自身が女帝となって帝国領土を統治するのかについては、クルシア城に仕える女中達の定番の話題であった。
そしてカレンが17を数えた頃。下々の連中の噂話を意に解さずに王女カレンが選んだのは第三の選択肢、旅立ちであった。
どんな形であれ将来人の上に立つ彼女にとって、民衆の生活ぶりを知らないことは必ず不利に働く。なれば自ら社会の荒波に身を投じ、民の暮らしに直に接し、帝国に蔓延る不平不満を全身に浴びなければいけない、云々。そんな走り書きを自室に残し、カレンは生まれ育ってから大半の時間を過ごした愛しき王都クルシアを去った。これが後に教科書に大々的に記載されるであろう、愛ゆえの偉大なる大出奔である。
まるで伝記に綴られるかのような、民衆の味方として立ち上がり戦い薄命の王女として悲劇の最期を遂げそうな。そんな印象を受けるほどに脚色を感じずにはいられない半生である。それもそのはず。
ここまで長々と語られた華麗なる筋書きは少女カレンが理想とする生き方に過ぎないからだ。
勿論、全てを誤りだと、脚色の上にある虚構の産物だと断じるのは彼女にとって酷な話だ。カレンの根本的なプロフィールに嘘はない。彼女は確かにクルシア帝国王が一人娘であるという事実に間違いはない。
だが悲しいかな、彼女のかかえる現実は理想とする完璧な王女のそれとは程遠い。5つの時にマナー教室の最中にティーカップをフリスビー代わりにして遊んでガラス棚を半壊。8つの頃には魔法教室で魔力を暴発させて教師の髪を毛根からじっくりと焼き尽くし、自身も右腕全体に大火傷を負う。11歳の時にはクルーズ中に海を泳ごうと客船から海に飛び降り腹から入水し、お腹を真っ赤にして全治一ヶ月の大怪我をしでかしている。
彼女の情報を総括するならば、要するにカレンは王女という身分にすら収まらないエネルギーを内に秘めたお転婆であり、と同時に生まれ持った身分の割には比較的平凡な才能しか持ちあわせていない少女である。
そんな風に成功と失敗を同程度の頻度で繰り返す成長期を過ごしてきた彼女もそれなりに歳を重ね、自身の将来を思い悩む程度には精神的に成熟した。
どうやら自分は王女として周囲からの期待に応えるだけの能力は持ち合せておらず、周囲がかく在るべきと定める王女像に嵌っていないらしい。かといって自分で即座に解決できる様な名案も思いつかず、かといって何時かも分からない世襲の時まで鍛錬を積むのもしっくりこない。
重い悩みを思い悩み、17歳を迎えた彼女の選んだ手段は究極の現状維持であった。即ち出奔。平たく言えば家出。自らは変わることなく場を逃れ、その後の行方は流れに身を任せる。ある意味究極の自己防衛。
開始から数週間、カレンの逃亡生活は意外にも順調だった。大々的な捜索令が出されて騎士団が駆け回る事態にもならず、街の入り口で検問にかけられて銀髪の美少女はいるかと声をかけられることもない。私なんかどうでもいいのかと自暴自棄的な考えをした夜もあったが、いや帝国からしたら素直に王女の不在を公表するのも悪手なのかもなと自分を納得させ、取り敢えずカレンは帝都から離れようと移動を続けていた。
今は太陽が上から優しく照らす昼下がり、彼女の乗る馬車はゆっくりと街道を西に進んでいく。木製の椅子に安物の薄布をかけただけの客席は少し乗り心地が悪いが、いかにも旅っぽい雰囲気や整備された道のおかげか不快感は少ない。強いて言えば、満車に近い客席の中でカレンの横が空いているのはなんとなく気になった。まあ他の乗客の殆どが複数人のグループで乗っているせいだろうことは察しがつくのだが、それはそれとしてなんとなく気にはなる。
とはいえ、つい先日までは何かと稽古やお勉強に追われていたカレンにとって、多少の居心地の悪さ程度が開放感に勝る筈もなかった。




