9話 ユキマダラ頭目 レーヴェ
「お〜さすが。やっぱりアッシュは違うね」
「言ってる場合かおい!どうすんの街とか壊しちゃって。つーか『偵察するにはちょうどいいぜ』的なノリのこと言ったくせになんで争いの渦中にいるかな本当に!」
「姫、ケチケチしない。あれはホラ……老朽化」
「老朽化ってああいうガッツリ壊れるのじゃないからな!もっとこう地味にヒビが入る感じっていうか……ていうか現行犯じゃん!明らかに壊してるよあれ」
「大丈夫。騎士団とオレンジタルトの争いで壊れたからには、責任はあっちにあるから」
「そーいう問題!?まあ、そーいう問題ではあるか」
ぎゃあぎゃあと醜い争いを続けるカレンとツバキを尻目に、レーヴェは真剣な眼差しで戦闘を眺めている。
その目に灯った歴戦とも呼ぶべき火に気押され、カレンは思わず息を呑む。老貴婦人の目には、彼等の姿が同じ宝を狙う競争相手にして、打ち倒すべき敵の姿に見えている筈なのだ。
「なんだい、口喧嘩は終わりかい」
レーヴェはこちらの視線に気付いたのか、或いは気付いた上で流していたのか。二人を眺める目につい一瞬前まで宿していた火はなく、労っているとさえ思える程の暖かい光があった。老人が孫を見つめるような余裕の籠った眼差しは、敵に向けるにはあまりにも温く、その余裕こそがレーヴェという女性自身の強さを物語っている。きっと今、二人がかりで戦っても敵わないのだろうという微かな諦観がカレンを襲う。
「若いのが戯れあってるのは結構嫌いじゃないんだが、まあいいさ。最初にも言ったけど、私は今日あんた達と話に来たのさ」
「……アッシュのこと、どこまで知ってるの」
次に問いただしたのはツバキだった。
「大して詳しかあないけどね。だが私も傭兵連中のツテから情報を仕入れている。その中に、アッシュとかいう茶髪のガキに用心しなってのが紛れてただけさ。あの矛……噂に聞く白虹刀かい」
「さあ?どこまで噂になってるか知らない。けど、そのうち自分の目で確かめることになるよ」
「んふふ、そうさせてもらうよ。けどねえ、うちのユキマダラの連中も含めて、この街に集まった連中は中々に面倒臭いのが揃ってるよ」
連中、と聞いて反射的に時計台の方に意識が向く。
何個か向こうの通りでは、戦場を地表に移して三竦みの大立ち回りが今も尚継続している。野次馬や取っ組み合いをする騎士団、オレンジタルトの集団に紛れてよく見えないが、赤い影が高速移動しているのがぼんやり見えるのでアッシュはまだ元気なようだ。
「……レイモンド、バンジロウ、それにアッシュか。随分と大暴れするもんだねえ。埃が散るから嫌だわあ、私ももう喉が弱ってるんだから」
「隠居すればいいのに」
「お嬢ちゃん、つまらないこと言うんじゃないよ。幾つになっても祭は楽しむもんさ」
「お婆ちゃん。なら楽しみついでに教えて。アッシュと戦ってる二人のこと」
「ちょ、そんな雑な聞き方」
「いいよ」
「いいの!?」
驚くカレンをよそに、当然と言った顔をしているお嬢ちゃんとお婆ちゃん。特にお嬢の方は、まだ出会ってまだ少ししか経っていないけれど、この問題児(対私限定)は自分の天敵になりうると、カレンは密かに思った。したり顔がなんかムカつく。
「騎士団の制服着てる男がバンジロウ。奴はこのグノシェの騎士団支部の副支部長でね。やってることは騎士団謹製の剣術なんだが、まあ練度のせいか正面から戦うと中々厄介だ。あのアフロ、ふざけた頭してるくせに剣も部下への指示も早いのが苛つくね。金髪のレイモンドはオレンジタルトのナンバーツーだ。コミュニティ発足時からリーダーを支えている奴で、戦闘と事務の両面でコミュニティを引っ張る優れ者って話だ。あれは手ぶらに見えるけどね、魔石を嵌め込んだ特製手袋が得物さ……あいつは普段の戦闘を部下に任せっきりで表に出て来ないんだが、今回はどういう風の吹き回しかね。流石に拠点を直接差し押さえに来られたら応戦せざるを得ないのかね」
「……ありがとう。簡潔で分かりやすい」
「本当にざっくりとだけどね。それにこの程度の情報は街の誰でも知ってる。あんたらも少し聞き込みすれば仕入れられる程度の情報さ」
「ふうん。じゃあここからが本題ね。ユキマダラの戦力について教えて」
「いいよ……と簡単に言わないのは分かるだろ?」
「……白虹刀レディアント、擬似神格・鬼姫。これが私とアッシュの武器の名前。私はリュウランの剣術をそのまま習ってるから、戦い方はレーヴェさんなら推測がつくかも。アッシュは我流だけど、傭兵からのツテ?を頼ればもう少しわかるでしょ」
「ちょっとツバキ、それは」
ツバキはカレンの制止を黙って拒否する。
そしてカレンは遅れて気づく。アッシュの武器のことも、恐らくはツバキの戦い方にしても、レーヴェの情報網を持ってすれば収集できる範囲のものだ。
今行われたのは、それを自ら開示したからにはそちらの表面的な情報だけでも今教えろというツバキの意思表示。ある意味、出会ってすぐに自らコミュニティの頭目だと名乗ったレーヴェに対する意趣返しと取れなくもない。
「……まあいいさ、これも調べればすぐ追いつく話だ。あんたらに無駄に走らせるのも悪いからねえ。繰り返しになるが、私がユキマダラの頭目、レーヴェだ。まあお察しの通り老体なものだから、普段は専ら頭脳労働をやっているよ。そんでもって、コミュニティの人数は十五人程度。ここはボカさせてもらうよ、まだ公になっていない数字だからね。まあここら辺はいいとして。ツバキ、要はあんたが知りたいのは、うちの戦闘能力だろう?」
ツバキが神妙に頷く。そこはカレンも同意する所だ。知りうる情報の中では、ユキマダラは三代勢力の中で最も少数ながら他勢力と張り合い、半年以上の間拮抗を保っている。
それは単に潜伏能力が高く争いを避けているが故か、個々の戦闘能力が高い故に小競り合いを制し続けているからなのか、いずれにせよ厄介であることは確かだ。
「ま、うちの若い奴の自慢話をしてもいいところだが、折角だ、実際に見てもらうのが早いかもねえ」
「というと?」
「ほれ、そこの喧嘩に混じってくるよう言ったから、そろそろ出てくるよ」
レーヴェが指差す先にあるのは、先ほどの三竦み。
……なんだか、少し目を離した隙に通りが随分荒廃している。
時計台はおろか周囲の建物は見るも無惨な瓦礫の山となって積み上がり、そこかしこから砂埃と煙が上がっていて視界も悪い。見える範囲ではビームで撃ち抜かれたらしき傷跡や拳状にくり抜かれた地面が微かに観測できる。
考えるまでもなく、あの惨状を引き起こしたのの何割かは中心にいる三人が原因なんだろう。
遠巻きに騎士団が追加の応援要請やら、火消しの手配をと叫んでいるのが聞こえる。
それを掻き消すように、野次馬の歓声が夕暮れの街にこだまする。しかし眼前で建物が数棟倒壊する大破壊が起きているというのに未だ留まるとは、呆れた野次馬根性である。
騒ぐ聴衆を尻目に、「火消しの心配はいらないねえ」とレーヴェが呟く。その言葉の意味は、問いただすまでもなく察せられた。
空の、ちょうど被害のある場所の丁度真上の位置に、大きなシャボン玉が浮かんでいる。夕暮れの暖かな茜色を反射して輝くシャボンは、ぽわんぽわんと音を立てるように、まるでガラスの上を跳ねるピンポン球の様に宙を跳ね、弾むたびに小さなシャボンを振り撒いていく。降り注ぐシャボンは地面に漂着すると静かに破裂し、その水分を惜しみなく周囲に散らばらせる。絶え間なく、途切れることなく降り注ぐシャボンによって、いつの間にか周囲に満ちていた煙やら砂埃は完全に消え失せていた。
「あの魔法……まさか」
「そうとも、ユキマダラが誇る若頭、メイシュウにかかれば、あんなボヤ騒ぎの鎮火程度はお手のものさ。それにホラ、奴も目立ちたがりな性分だ」
言われずとも、カレンの視界は崩れても尚存在感を放つ時計台の頭角の、先頭に立つ男を捉えていた。
白髪に赤と青のまだら模様が入った頭髪が目立つその男は、ツバキと似た民族衣装に身を包み、悠々と眼下の戦場を眺めている。そして周囲に誇示するように掲げられた手には、何やら重要そうな紙束。ざわつくオレンジタルトの人員達。
「正面から戦うだけが能じゃない。隙を狙い裏から掠め取るのも狩りの基本さね」
察するに、あの書類はオレンジタルトの持っていた何某かの重要情報が記されたもので、表の騒ぎに乗じて潜入し見事盗み出したということか。メイシュウ、と呼ばれた男は足元に生成したシャボンを足場にして高々とジャンプ——したところを白銀のレーザーと拳状の衝撃波に襲われて地面に墜落した。誰がやったかは考えるまでもない。
「……やったな、あいつ」
「流石アッシュ。あの感じじゃ持ってた紙束も燃えたね」
「……カカカ、あの馬鹿め!目立つからそうなるのさ!」
三者三様に状況を飲み込み、カレンは思わず遠い目をした。ついで起こる爆発。またも砂埃や喧騒が大きくなってきたので状況の把握は困難だが、まあ何が起こっているかは手に取るように想像できるので問題ない。レーヴェは自分の部下が呆気なく撃ち落とされたのがツボに入ったのかしばらく高笑いしていたが、やがて声を収めると「さて」と言って立ち上がった。
「向こうももうしばらくしたら血が抜けて終わりそうな雰囲気だし、私も帰るとするかね。色々話ができて面白かったよ。老人は若人と話せるだけでも案外楽しめるもんでね」
「こっちこそ。色々聞けた」
「うん。ツバキ、あんたと次会うときは話だけじゃ済まなそうだからねえ……そっちのカレンちゃんの武器は、やっぱり聞かない方がいいんだろう」
「賢明。うちらの秘密兵器だから」
「ん!?まあ、そんなところさ」
レーヴェはクククと笑い、「そうかい」と短く答える。カレンに戦闘能力の一欠片もないことは最早バレバレな気もするのだが、ここは精一杯の去勢を張るのが正解なのだろうか。
「でも、話で済まないのは今回もそう」
ここまでの間、徹頭徹尾鞘から手を離さずにいたツバキは短く呟き、腰を一段落とす。剣術に関しては素人なカレンから見ても分かる、明らかな戦闘態勢。
「やる気かい?あんたにはまだ早いステージだと思うけどね」
「ん……試す価値はあるよ。これでもそこら辺の大人には負けないから」
「うんうん、若いね…………ならあんた、お灸を据えないといけないね」
瞬間、カレンとツバキを電流にも似た刺激が貫く。脳天からつま先まで一瞬で駆け抜けた衝撃は全身を余すことなく駆け巡り、カレンはその場に立っていることができずに膝をついた。ツバキも同様に、膝こそつかなかったものの体を前方に歪め、辛うじて攻めの構えを維持するのがやっとの様だった。
「詠唱破棄でこの威力……!」
「ピリッときただろう、まあ長年生きてるんだ、この位の技術は持ってると思って然るべきさね」
それに、と続けて、レーヴェは杖で軽く地面を突く。紫の光が老貴婦人を包み、淡い輝きの向こうには一対の翼が顕現していた。
猛禽類を思わせる太い肉厚の輪郭に、黒と白の鮮やかな羽模様が並ぶ。柔らかな質感が見て取れるその両翼は、強い実在感を放ち、その存在が魔法や幻覚の類ではないことをはっきりと喧伝しているように感じられた。
ユキマダラは全員が獣人で構成されたコミュニティ、という情報が脳裏を過ぎる。ならば目の前の頭目、レーヴェも何らかの動物の特徴を発現させていることは確かで、それがこの翼であることは火を見るより明らかであった。
「うまく隠していただろう?」
「うん、素敵な羽。私だったら隠さず見せびらかしちゃうけどな」
「これもレディの嗜みってものよ。じゃあねお嬢様方。次はお茶でもご一緒したいね」
カカカ、と高笑いし、レーヴェは瞬く間に夕焼けの空を背景に宙へと消えていった。その影は瞬く間に建物の影に隠れ、ついさっきまでこの場に一人の人間がいたという痕跡の一つすら残していかなかった。発つ鳥後を濁さず、という言葉を体現するかのような振る舞いである。
「あれは強い」
「うん……正直、私にはどのくらいか想像もつかないけど。つーかよく隣に座ったな、私」
「流石、秘密兵器」
「あ、うん。それでいいや」
この街に到着してから半日。あれよあれよと走り回り、敵の頭目を名乗る老貴婦人との対面を終えて、カレンには言い返す気力も残っていなかった。最早今日は帰って寝るだけと思い、力無く返すのだった。




