10話 陰口
「え?正面から戦うカンジ?へえ〜なんだ、そっちでそんな流れになったの」
「私は止めた。カレンがユキマダラのリーダーと話をつけた」
「いや!私はむしろ話し合いを優先した!一人で突っ込んで街を壊したのも!なんか話してる間中武器を構えて臨戦状態だったのも!全部ッ!お前らだからなッ!!」
パシーン!!とハリセンの音が響くのは、日差しが程よく差し込む図書館の一室。先の騒動から一晩明け、簡単な朝食を済ませた所で作戦会議を……という流れになったのだが。
「昨日の話に戻るけど、なんであんな派手にやったのさ。行く前は見物に行くくらいの雰囲気だったのに」
「派手に目立っておくのも悪くないと思ってな」
「本当は?」
「変なアフロの騎士に職質された」
「職質って」
「いいから見ろ、この朝刊を」
自らの失態を誤魔化すようにアッシュが机に並べたのは、グノシェにいくつか存在する報道コミュニティが発刊している情報誌の今日の朝刊だ。書体や構成に差異はあれど、どの紙面も表には全く同じような内容を載せていた。
「うわ、一面に昨日のことが載ってるんだ。へえ、『東のサムライ、ツバキが率いる三人組が襲来。オレンジタルトと騎士団の諍いに乱入し一騒動。四つ目の勢力に名乗り出るか』って。」
「え、私が主犯になってる」
「コルテは仕事をしたらしいな。見ろ、こっちの報道コミュニティの朝刊じゃ主犯は俺だ。細かい差だが、結構大事だぜ」
「大事って……ああ、そういうこと」
確か蟹鍋を食べる時に言っていたことだ。このメンバーが宝を見つける目的はツバキの名を高める為であり、アッシュはその手伝い——もとい、保護者であると。
そしてカレンは——役に立つかは別として——協力者という立ち位置なのだ。昨日コルテにツバキが主導であるように広めさせたのも、いざ宝を見つけた時にツバキの功績であると大々的にアピールする前準備なのだろう。
面白半分で参加したカレンはともかく、今後少なくない負担を背負うであろうアッシュが表に名を残さなくても良いのか疑問が残るところだったが、そこはカレンと出会う前から付き合いのある二人のことだ。何かしらの経緯があっての判断なのだろうし、そこに文句は挟むつもりはなかった。
「……で、どうするのさ、実際。しばらくは図書館に籠って資料探し?」
「まあそうなるな。昨日の今日で騒ぎを起こしたくないし、生活費稼ぎのモンスター退治や食事以外は、不要不急の外出は控える方向で」
「全く。しばらくは活字と睨めっこっか……頭が疲れちゃうね」
口では悪態を言いつつも、カレンにとってこの流れは都合が良かった。
戦闘能力で大幅に劣るカレンが他勢力との諍いで助力できることは、ほぼないと言っていい。それは昨日のクライスとの一戦で明らかだ。だが、頭脳戦となれば話は違う。これでも帝都では勉強漬けの日々を送ってきた身だ。好き嫌いとは別に活字と向き合う習慣は身に染み付いているし、いわゆる教科書的な知識ではそこらの一般人を遥かに凌駕しているという自負もある。秘宝探しにどこまで活かせるかは未知数だが、参加すると言って仲間に加わった以上、カレンも何かしらの形で貢献したいというのが本音だった。
「そもそも敵対勢力って言うけど、戦う必要はあるの?」
「タイムリミットの問題だな」
ツバキが抱いた疑問に、アッシュが即座に応じる。
「例えば難しい問題を解く時は、じっくりと腰を据えて、落ち着いて考えたいだろ?それと似たようなもんで、出所も不確かなお宝探しなんていう難題に挑むのには時間が欲しい。でも、ライバルが多くちゃ目障りだ。情報を独占したいって見方からしても、ライバルを先に蹴落としたいっていう考えに行き着くのは自然だと思うぜ」
「……ふうん。野蛮だけど、分かりやすくていいね」
「ま、直接三大勢力とやり合うのは美味しくないから、酒場やギルドで情報を集めつつ、絡まれたらやり返すくらいのスタンスでいるのが無難だな。あくまで本命は図書館の資料だ」
「でもアッシュ、図書館の資料からヒントを探すっていう作戦に異論はないけど、確か他のコミュニティは膠着状態になったのが半年前なんだよね?そんなに前から街にいる連中が、図書館にあるような情報を手に入れていないことってあるのかな」
「それは分からん。けど館長の話じゃこの図書館はかなり前から閉館して情報を外に出してないようだし、3人しかいない俺達が正面から戦っても数の差で勝ちの目が薄いのは目に見えてる。昨日もいったが、回り道なのは承知の上で情報を集めるくらいでいくのが丁度いいんじゃないか。昨晩の騒ぎでしばらくは騎士の巡回も増えそうだから、下手に外出してもいいことないし」
「うん、たしかに。まあ、私はこれで本を読むのは得意だからね、バリバリ読み解いちゃうよ」
カレンの納得した様子に、アッシュは嬉しそうに頷いた。
「期待してるぜ?じゃあしばらくは各自でそれっぽい本を探すってことで解散!」
「どう思う?」
図書館に籠る生活が始まって数日経った頃。爪の裏を見ながら、ツバキはそれだけ呟いた。廊下に人の気配はなく、館長やコルテが角からひょっこり出てくる雰囲気もしない。更には、カレンが食料の買い出しに出たタイミングでの問いかけだった。
「どうって?」
ツバキはもう一度後ろを振り返ってを誰もいないのを確認。
「カレンだよ。本当にこの国の王女だと思う?」
「流石に違うだろう。家出してきたってのは本当かもしれないけど、実際の身分は商業ギルドあたりの娘ってのが無難なセンかな。あそこの子供は根が張る服なんかも安く手に入りやすいらしいから、カレンの高そう服なも説明つく」
「そうかな」
「何か気になることでもあったか?俺から見てる分にはこっちに危害を加えてくる様子でもないけど」
そういう疑問じゃないよ、とツバキは呟く。敵とか味方とか、そういったレベルの疑念は最初に蟹鍋を囲んだ時点で払拭している。この手の人間は人に危害を加えられる類ではないと、直感が告げていた。敵意はおろか、周囲に対する警戒心が薄すぎるのだ。
「なんて言うかなあ。本人があんな性格だから流しがちなんだけど、発言の立ち位置とか振る舞いなんかが、時々すっごくお姫様っぽくなるんだよ」
「立ち位置って。具体的にはどーいうのさ」
「自分から挨拶しないの……いや待って、言い方ちがうな」
ツバキは言葉に詰まった。これだと単純に失礼なだけの人になってしまう。カレンはその類の嫌な奴ではない。偶に癪に触ることはあるのだが、そこで感じる苛立ちは幼少期の頃感じたものに近い。具体的には、自分の方が可愛いと思っている奴特有の目線だ。おもちゃの取り合いで自分の方が可愛いからと、意味不明な主張をしてくる奴が近所に住んでいたのを思い出す——これに関しては、ツバキ自身も同様の目で見ている節があるため大っぴらに指摘し難いのだが——というのが、カレンに対してツバキの抱いている印象だった。
「なんていうか、朝イチで顔を合わせた時にこっちが話しかけるのを一瞬待って、その後気づいたようにおはようって言ってくるんだよ。これって、普段は周りの召使いさんから挨拶するから習慣づいた物なんじゃないかな。例えばアッシュの言うような商業ギルドの子供だったとしたら、挨拶なんてきっと1番気をつける部分じゃない?そこがイメージとブレるっていうか」
アッシュも腑に落ちる部分はあるようで、視線は書物に落としたまま、一理あるかもなあと小さく頷く。
「他にもさ、昨日買い出しに行った時、2人で雑貨屋に寄ったのね。私の国にあんまり無い種類の小物とかアクセがいっぱいって話をしてたら、『私のところに東からの商人が来てたからそっちの国の髪飾り持ってるよ』って軽い感じで。お金持ちの家って店の店員の方から品物持ってセールスに来るんでしょ」
「ああ、金持ち相手の商業ギルドはそういう売り込み方をするな。本当ならすごいことだけど、世の中には嘘って言葉もある」
「じゃあ全身高級服で戦闘能力は無くて、そのくせ本の読み込みは異様に早い商業ギルドの箱入り娘が、家出して一人きりで旅してたってこと?」
うーんと、アッシュは唸った。そんな設定はどうにも出来すぎというか、あまりにもアッシュとツバキにとって都合の良い妄想じみているとすら思えたからだ。カレンがクルシアのお姫様だという話を嘘だと否定したいが為に、無理やりピースを当て嵌めたジグソーパズルのような虚像。
かといって、本物のお姫様が帝都から一人でグノシェ近郊まで旅してきました、というのも安易には受け入れ難い。東大陸のクルシア帝都から海を渡って中央大陸南のグノシェ近郊に辿り着くには、どう足掻いても数週間はかかる——そういえば、家出して数週間経つってどこかで言ってたような——お姫様だとして、確かに頷ける節も無くはないような……?
「駄目だ、考えてもうまく答えが出ない。姉ちゃんに手紙書こう」
「シスコン?それ女受けよくないよ」
「違うわバカたれ。うちの姉ちゃん帝都周りの情報にツテがあるから、もしかしたら王女ないしは、どっかの貴族の娘が行方不明になってないか知ってるかもしれない」
「ああ、テロリストだもんね」
ツバキの過激な発言に、アッシュは顔を歪めて人差し指を立てる。余程指摘されたくないらしい。
「それ絶対言うなよ、後で厄介なことになるから」
「反帝国勢力だっけ?アッシュ、誘われても戦争いっちゃやだよ?」
行くかよ、とアッシュは小さく吐き捨てる。この街では秘宝の出所に関する与太話や予想、妄想、大ボラでニュースが持ちきりであるが、こんなに平和ボケしているのはグノシェ近郊——というか、中央大陸から東側の一部地域だけだ。
中央大陸の北西ではクルシア帝国に反旗を翻さんと抵抗勢力が着々と集まっているし、帝国の支配力が比較的弱い西大陸では今も尚帝国騎士団と地元の武装コミュニティの小さな諍いが絶えない。今後数年の内にそういった火種が爆発して大きな事件に発展するだろうことは想像に容易い。
そして姉が帝国の敵対勢力に与している以上、そういった争いに姉が参加しない保証は殆どないと言っていいのだ。これはアッシュの悩みの種の一つであるが、心のどこかでは姉には姉の人生があるという割り切りもある。それに、あの姉なら死ぬまい——と思うのは、ツバキに言わせればシスコンに入るものだ。
「……話が結構逸れたな。結論決めちゃおうぜ。カレンが本当にクルシアのお姫様で、やんごとなき高貴なお方だったらどうする?」
「どうもしない。友達。アッシュは?」
「どうもしないだろ。じゃあ逆に、あいつが大の嘘つきで、貴族どころかなんの変哲もない、ただのそこらに歩いてる女の子と変わらない奴だったら?」
「どうもしないってば。あ、でも嘘ついたから、あのハリセンで一発お見舞いしたいかも」
「俺もそれやろう。んで、それでおしまい」
2人は穏やかな表情で顔を合わせ、その後は何を言うでもなく読書の時間に戻っていった。
この会話は、二人だけの秘密になる筈のものだった。
だった、というからには、他に聞いていた者がいたのである。ツバキは一連の会話を悟られないように周囲をそれとなく確認していたが、それはあくまで物理的に周囲に人が存在しないという事実を確認したに過ぎない。図書館という施設、他人の管理する敷地内で内緒話をしても、それが家主に筒抜けでない保証はないのだ。
結論、館長は図書館一帯に敷いた収音魔法により、ツバキとアッシュが交わしたカレンに関する密談を余すことなく聞いていたのだ。
無論、これは不審者の侵入を防ぐために発動していた魔法に偶然会話がひっかかってしまった偶発的な事故であり、館長には悪意や恣意的な感情はこれっぽっちもなかった。
ほんの些細な偶然で会話を拾ってしまった館長はアッシュの姉のことで驚き、胸にしまっておこうと誓い、カレンの出自に関する予想とその顛末を聞き——静かに、涙を零した。
「なんてッ……良い会話……!」
「館長なに泣いてるんです、ほら、良いお菓子貰ったんでお裾分けにきましたよ。どうです、私も中々気が効くでしょう」
「きゃあ!……勝手に入ってきてやかましい!『ダイダル・ゲート』!!!」
室内に召喚された小規模な大瀑布は、容赦なくコルテの身を部屋の隅に押し流していく。
「ぶぼろべぎゃあああああッッ!館長!本があるところで水魔法は御法度……」
「黙らっしゃい!こんなこともあろうかと館長室には防水の結界を貼ってありますから!」
「そんなあ……あ……息が……」
こうして、1人の犠牲と1人の涙によって、2人の会話は永遠の秘密となった——。




