55話 これがきっと幸せ②
「ああ、どこに行っても目立つ!」
「領主なんてそんなものでしょう」
私だって、エヴァンス領にいた時は、領民の皆に「可愛い」と人気だったのだ。
街外れの小道まで来てようやく、人通りが減った。
ヴィクター様が、ため息をつく。
「――お前と、デートしたかっただけなのに」
とびきりドキドキする言葉を吐いたヴィクター様に、私は、思わず足を止めた。
ヴィクター様も立ち止まって、私を見下ろしている。その顔は、いつもより少し近くて。
「アリス」
「はい……」
ヴィクター様が、口を開きかけた。
その赤い瞳が、まっすぐに私を見つめていて。
「ずっと思っていたんだが――」
「号外! 王太子殿下ご夫妻、初の公務に!」
ヴィクター様の真後ろで、新聞売りが声を張り上げたことで、声がかき消される。
私は思わず振り返って、新聞を手に取った。
一面には、王太子殿下とマリアンヌ様が並んで微笑んでいる写真が載っていた。二人とも、とても幸せそうだ。
「良かったぁ」
私が呟くと、ヴィクター様が隣から覗き込んだ。
「毎度、毎度、この王太子は邪魔ばっかしやがって……」
「なんの話ですか?」
きょとんとしてヴィクター様を見上げると、なぜか悔しそうな顔をしている。
「ところで、先程何か言いかけませんでした?」
「……なんでもない」
ヴィクター様が、ぶっきらぼうに答えた。
なんだろう。よく分からないけれど、私はとりあえず新聞を畳んだ。
辺りを見渡すと、新聞効果でまた人が増えてきた。ヴィクター様に気づいた領民たちが、こちらをちらちらと見ている。
「ご飯買って、どこかで食べましょうか!」
私が提案すると、ヴィクター様は少し考えてから頷いた。
「……そうするか」
◇
結局、私たちは屋敷の庭に戻ってきた。
一年中魔法のバラが咲いているこの場所は、冬の今でも色鮮やかだ。
石のベンチに並んで腰を下ろして、街で買ってきた包みを開けた。
温かいシチューパイと、スープの入った小瓶。
かぱりと開けば、湯気が立ち上った。街の食堂で包んでもらったばかりだから、まだほかほかなのだ。
「最近の食欲はどうですか?」
「食べている。むしろ、前より食が進む」
ヴィクター様は、スープを一口のんで、大層ご機嫌そうだ。
「眠れるようになったら、腹も減るらしい」
なんでもないように言っているけれど、それがどれほど大きなことか。
シチューパイを一口食べると、ほろほろと崩れてバターの風味が口に広がった。
中には野菜と柔らかく煮込んだお肉が入っていて、冬の冷たい空気の中で食べると、体の芯から温まる。
スープも、生姜が効いていて美味しかった。
ヴィクター様も、珍しくゆっくりと料理を楽しんでいる。
以前は、食事よりも甘いものばかりに手を伸ばしていたのに。
そういう小さな変化が、私にはたまらなく嬉しかった。
「ところで」
ヴィクター様が、ふと口を開いた。
スープの小瓶を手に持ったまま、少し間を置いてから続ける。
「エドワードとミア嬢の話、聞いたか」
「えっ、なんですかそれ」
私は、思わず身を乗り出した。
「王太子から聞いた。正式に付き合い始めたらしい」
「本当ですか!」
思わず声が大きくなった。
二人が上手くいっているとは聞いていたけれど、正式にお付き合いを始めるなんて。
「良かった……!」
「お前が仲介したんだろう」
「仲介というほどじゃないですけど……でも、嬉しいです」
例のハンカチ事件から、もうすぐ1年になろうとしているのかと思うと、時間の流れとは怖いものだ。
(色々、あったなぁ……)
私は目を瞑って、屋敷に来てからのことを思い出していた。
最初は、美味しいご飯と綺麗な部屋に感動して。ヴィクター様の不眠を知って。
少しずつ、距離が縮まって。
(私ができることも増えた。友達も沢山できた)
そしてなにより、ヴィクター様の不眠の呪いが解けたのだ。
ここ最近、ヴィクター様はよく笑うようになった。
「ヴィクター様」
「なんだ」
「いま、幸せですか」
ヴィクター様が、私を見た。少し間があって。
「……まあ」
そう言って、少しだけ視線を逸らしていった。
「悪くないな」




