エピローグ
そんなこんなで、私がグランハート領にやってきて、一年が経った。
季節はすっかり冬になり、また極寒の時期がやってきてしまった。窓の外には、白く霞んだ空が広がっている。
去年の今頃、右も左も分からないまま馬車に揺られてここへ来たことを思うと、随分とたくましくなったなと思う。
そういえば、実家のことも、風の噂で聞いた。
あの後、叔父と叔母は資金繰りが上手くいかず破産したらしい。
国からの補助金で領地を立て直しを命じられ、王都の屋敷を引き払い、今は贅沢もせずに領地で慎ましく暮らしているとのことだ。
ベアトリスは、結局どこかの男爵と結婚したらしい。幸せかどうかは、分からない。
私は、もう彼らのことを恨んではいない。
あの時の経験があったから、今の私がいる。
そう思えるようになったから。
◇
朝、いつものように起きて、身支度を整える。
鏡を見ると、一年前よりも少し大人びた顔になっている気がした。
食堂で朝食を食べて、オリバーさんに見送られながら玄関へ向かう。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、アリス様」
オリバーさんが、優しく微笑む。
その笑顔を見るたびに、ここが自分の家なのだと思う。
魔法学校へ向かう馬車の中、窓の外を眺めながら今日の仕事を頭の中で整理する。
今日は備品の棚卸しがあって、午後にはリオとリラが魔道具の使い方を教わりに来る予定だ。
あの双子も、すっかり備品庫の常連になってしまった。
学校に着くと、廊下でレイア先生に声をかけられた。
「おはよう、アリス。今日も張り切ってるわね」
「はい。棚卸しがあるので」
「わたしも忙しいのよ〜」と言いながら、レイア先生は全く大変そうな顔をしていない。
私は苦笑いしながら、備品庫へと向かった。
備品の点検をしていると、お昼前にヴィクター様がひょっこりと顔を覗かせた。
「……今日は講義が午前で終わる」
「……?」
私が首を傾げていると、ヴィクター様は、私の持っていた台帳に目を落とした。
「お前、午後は暇か」
「え、棚卸しが終われば……」
「なら来い」
それだけ言って、ヴィクター様は廊下へ戻っていく。
教本を持っているから、きっと今から授業なのだろう。
「ど、どこへですか」
「外だ」
「そ、外ってざっくり過ぎませんか……!」
私の叫び声にも、振り返りもしない。
その背中は、どこか少し急いでいるような気がした。
(……デート、ということだろうか)
久々のデートに、思わず顔が熱くなる。
レイア先生に事情を話すと、にっこりと笑って快く了承してくれた。
「いってらっしゃい。若いっていいわねぇ」
その声があまりにも楽しそうで、私は少し恥ずかしくなりながら、ヴィクター様と一緒に学校を出た。
◇
着いたのは、前に私に魔法を見せてくれた広場だった。
空が広くて、遠くまで見渡せる。
ここは、ヴィクター様が初めて眠った場所でもあるから私にとって特別な場所だった。
草が風に揺れて、さわさわと優しい音を立てている。
「ヴィクター様、さっきから大人しくないですか?」
私が聞くと、ヴィクター様は視線を逸らした。
「……そんなことない」
いや、絶対にそんなことある。
魔法学校を出てからというもの、彼はずっとぎこちない。
いつもなら不機嫌そうな顔をしているのに、今日は妙に落ち着きがなくて、私の顔をちらちらと見ては視線を逸らすのを繰り返している。
「アリス」
突然、名前を呼ばれた。
振り返ると、ヴィクター様が真剣な顔をしていた。
そして、私に向かってゆっくりと跪いた。
「えっ……」
声が出なかった。心臓が、早鐘のように打ち始める。
「お前と過ごして、一年経つが、もう、お前のいない暮らしは考えられない」
ヴィクター様が、私を見上げる。
その赤い瞳は、私だけを見つめていて。
私のことが大好きなのだろうと自惚れてしまいたくなるくらい、彼の目は私でいっぱいで。
風が吹いて、彼の黒い髪が揺れる。
「こんなに、かけがえのない存在になるなんて思ってもいなかった」
ヴィクター様の声が、少し震えている。
その言葉が、じわりと胸に染み込んでいき、涙が滲んできた。
「俺と……」
ヴィクター様が、言葉に詰まった。
その顔が真っ赤で、耳まで赤い。手が、少し震えているのが見える。
ヴィクター様は完璧な人じゃない。
社交的じゃないし、口は悪いし、朝寝坊はするし。
私をからかうような言動をしたかと思えば、意外と恋愛慣れはしていないし。
こうやって、大事な場面でも緊張して言葉が出てこなくなってしまうんだし。
でも、私はそんな彼の全てが――
「結婚……して、ください」
――とても。愛おしくて、仕方がない。
私は、ぶわりと涙を溢れさせながら、頷いた。
「……もちろん!」
ヴィクター様の顔が、見たことが無いくらい、ぱっと明るくなった。
そのまま立ち上がって、私を強く抱きしめる。
「大好きですよ、ヴィクター様」
私が言うと、ヴィクター様の腕に力が込められる。
「俺も、愛してる」
私は、ヴィクター様の胸の中で目を閉じた。
心臓の音が聞こえる。早く、力強く打っている。
ドキドキし過ぎて、私かヴィクター様か、どちらの音かわからなくなってしまった。
ヴィクター様の手が、私の顔を両手でそっと包む。
ゆっくりと顔が近づいてきて、唇が重なった。
優しくて、温かいキスだった。
やがて唇が離れると、ヴィクター様が私をじっと見つめた。
「アリスのこと、一生幸せにする」
「私も、ヴィクター様を幸せにします」
将来を誓うかのように、ぎゅっと手を握りあった。
いつの間にか日が暮れていた。
夕日が二人の影を一つにして、影が地面に伸びていた。
「ヴィクター様は、どんな家庭にしたいですか?」
「毎日、アリスの隣で『おやすみ』と言って、アリスの隣で『おはよう』と言いたい」
「何ですか、それ」
そんな当たり前のことを望むなんて、ヴィクター様はやっぱりまだ自信が無いのかもしれない。
私は、これからも彼の幸せのために、全力を尽くすつもりだ。
「ヴィクター様、朝寝坊はだめですからね」
「残念ながら、その保証はできないな」
そう言って、お互い笑い合った。
私はこれから始まる人生が、とても楽しみで――きっと愛おしい日々になるのだろうと確信するのだった。
◇
「ねえ、パパったらまだ寝てるの?」
「休みの日だけど、そろそろ起こしに行かなきゃね」
「おはよ、パパ!」
「……ああ、おはよう」
(完)
これにて、ヴィクターとアリスのお話は完結です!
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それでは次回の作品でお会いできれば幸いです♪




