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魔力なしの出来損ない令嬢ですが、不眠公爵様に溺愛されています  作者: 甘夏 みみ子@5/22発売!白い結婚の旦那様と紡ぐ、最後の一ヵ月


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53話 あなたを呪ったのは④

 

 屋敷に戻る途中、なぜか頭に花冠を乗っけたヴィクター様がげんなりした顔で歩いていた。


「……なんですか、それ」


 私が聞くと、ヴィクター様はますます不機嫌そうな顔をする。


「生徒たちに乗せられてしまったらしい」


 どうやら、先ほどの一件でいつの間にか花冠を作ってくれた生徒たちに、乗せられてしまったらしい。野の花を丁寧に編み込んだ冠が、黒髪の上にちょこんと乗っている。


「本当に散々な目にあった……」


 そう言いながら、ヴィクター様は木陰に腰を下ろした。


 ここは、以前魔法を披露してくれた場所だった。まっさらな広場。空が広くて、遠くまで見渡せる。草が風に揺れて、さわさわと優しい音を立てている。


 私も、隣に座る。


「愛されてるじゃないですか、ヴィクター先生!」


 私が笑うと、ヴィクター様は嫌そうに目を細める。


「馬鹿にしてるのか……」


 そう言いながらも、その口元には笑みが浮かんでいて。


「まあ、でも」


 ヴィクター様が、ゆっくりと目を瞑る。

 風が吹いて、花冠が揺れた。黒髪の上に乗った花の輪が、光を受けてふわりと揺れている。


「悪い気はしなかった」


 その声は、いつもより穏やかだった。


「好きですよ、ヴィクター様」


 口から、自然に言葉が出た。

 挨拶みたいに言い慣れてしまった言葉だけれど、今日は少し違う気持ちで言えた気がしたのだ。


「はいはい。もう分かった」


 ヴィクター様が、素っ気なく答える。けれど、その声はどこか柔らかい。


「……ありがとう」


 小さな声だった。聞き逃しそうなくらい、小さな声。


「ずっと自分のことが嫌いだった。出来損ないだって、思ってた」


 ヴィクター様が、静かに言う。草の上に手をついて、空を見上げている。

 私は、黙って聞いていた。


「でも……そんな自分のことも少しだけ」


 ヴィクター様が、小さく笑う。


「好きだと思えた」

「……!」


 その言葉に、私の胸が熱くなった。

 ヴィクター様は、頭も良くて魔法の技術もあって、私なんかよりずっと何でもできるのに、ずっと自分のことを嫌っていた。


 そんな彼が、自分を好きだと思えるのは、とっても尊くて素晴らしいことだと思うのだ。


 ヴィクター様が、深く息を吐いた。


「ああ、気持ちいいな」


 目を瞑った彼の顔は、とても穏やかで。

 眉間の皺も、いつもの鋭さも、今は影を潜めている。


(……あ)


 ヴィクター様の呼吸が、段々とゆっくりになり、胸が、規則正しく上下している。

 花冠の花びらが、風に吹かれて飛んでいった。


「ヴィクター様……?」

「……」


 呼びかけても返事は無い。ただ、こてんと私の肩に頭を預けて、気持ちよさそうに目を瞑っている。


 これは、もしかして。


(ああ、ヴィクター様は……やっと……)


 ぶわりと涙が溢れだしそうなる。


「――呪いが解けたようだな」


 見上げると、稀代の魔女様が立っていた。


「ま、魔女様……」


 私が驚いて見上げると、魔女様は口元をにやりと吊り上げる。


「『真実の愛』とは――己を愛すること。かの男は、無意識のうちに自分で自分に呪いをかけおったらしい」


 魔女様が、しゃがみこんでヴィクター様を見つめた。彼女は、表情はわからないけれど、どこか慈しむような色をしていた。


「『出来損ないの自分』は昼も夜も、人の役に立たねばならん。とな」

「そう、だったんだ……」


 ヴィクター様の横顔を見る。穏やかに眠っている、その顔を。


 ずっとずっと、自分を責め続けていたこの人が、十年以上も自分を縛っていて、やっと自分のことを好きになれたんだ。


「魔女様は、あえて言わないでくれたんですか?」

「何の話だ」

「『自分を好きになれ』なんて言っても、ヴィクター様には逆効果だと知っていたから……だから、ずっと黙っていてくれたんですか」


 魔女様は、少しの間黙っていた。風が吹いて、草が揺れる。


「さあな」


 魔女様が、ゆっくりと立ち上がる。ローブの裾が、風に揺れた。


「領主のこと、頼んだぞ、アリス」


 それだけ言って、魔女様は歩き出した。

 木々の向こうに、その背中が消えていく。


「……うっ、うぅ……」


 私は、魔女様の背中を見ながら、声を殺して泣いた。


 誰よりも努力して、誰よりも強くて、誰よりも優しい人がやっと報われた気がして。


(こんなに、嬉しいことはない)


 涙が、次々と溢れてくる。胸の中がいっぱいで、うまく整理できないまま、私はただ泣いた。


 泣きじゃくったまま、空を見上げると虹がかかっていた。

 魔法じゃない、自然の虹がまるで祝福するかのように大きく弧を描いていた。

 グランハート領では、晴れの日が少なくて虹なんて滅多にお目にかかれない。


 どうやら、世界は案外、優しいらしい。


 そっと、ヴィクター様の手を握る。温かい。大きくて、温かい手が、私の手をそっと包んでいる。


「ゆっくり、おやすみなさい。ヴィクター様」


 これからは、一緒に眠って、一緒に朝を迎えられる。

 そう思うと、また涙が溢れてきた。


 ◇


 しばらく歩いたわたしは、ローブを取って深く息をついた。

 黒髪がさらりと風に揺れる。


「これで、物語はめでたしめでたしか」


 くるりと振り返ると、小さくなった兄と、その婚約者の姿が見える。

「稀代の魔女」なんて呼ばれて、はや5年。


 公には、わたしは死んだことになっている。

 もう公爵家に戻る気もないし、顔を出す権利もないと思っている。


「……呪いが解けて本当に良かった」


 そう口にすると、堰を切ったように涙が溢れだして止まらなくなった。


 大好きなお兄ちゃんなのに、わたしには、何もできなかったから。

 虐げられていても、不眠に悩んでいても、わたしは何一つしてあげられなかったから。


「ありがとう、アリス。――お兄ちゃん、お幸せに!」


 これでもう、グランハート領に滞在する理由はなくなってしまった。

 夢だった世界旅行にでも行こうかと、大きく伸びをした。


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