51話 あなたを呪ったのは②
連れて行かれたのは、魔法学校の実験室だった。
普段は上級生の授業で使われる部屋らしく、天井まで届く棚には見たことのない薬品や材料がずらりと並んでいる。ガラス瓶の中には、乾燥した植物、色とりどりの粉末、宝石のような結晶。
部屋の中央には大きな調合台があって、様々な道具が整然と並べられていた。
レイア先生の指示のもと、材料集めが始まった。
棚の奥から取り出される乾燥した花びら、甘い香りのする粉末、小さな結晶のような何か。
私はそれらをせっせと運びながら、本当にこんなもので惚れ薬なんてできるのだろうかと首を傾げる。
リラは真剣な顔で調合を見守っていた。
「レイア先生、本当に大丈夫なんですか、これ」
「大丈夫よ、飲んでも死なないから」
「そこしか保証してくれないんですね……」
レイア先生が、小さな鍋でとろとろと材料を混ぜていく。実験室に、甘い香りがふわりと漂い始めた。花のような、でもどこか不思議な香りだ。
「できた」
レイア先生が、澄んだ薄ピンク色の液体を小瓶に移した。見た目は、普通のジュースみたいで、どこにも惚れ薬らしさがない。
「……これ、本当に惚れ薬なんですか」
「さあ、どうかしら」
こぽこぽと液体を注いだリラが、小瓶を大事そうに両手で包んだ。その顔は、真剣そのものだ。
「では渡しに行ってきます!」
リラは、その小瓶を抱えたまま実験室を飛び出していった。
残された私たちは、顔を見合わせた。
◇
後片付けをしていると、実験室の扉が開いた。
「……なんだ、お前たち。こんなところで」
ヴィクター様が、疲れた顔で入ってくる。棚の方へと向かいながら、何かを探しているようだった。
その時だった。
ヴィクター様の手が、調合台の上に置きっぱなしになっていた小瓶を掴んだ。
(あっ)
ヴィクター様が、小瓶を光にかざす。薄ピンク色の液体が、きらりと輝いた。
「……これは上質だな」
そう言って――なんと、一息に飲み干した。
「ヴィクター様、それは――」
遅かった。
実験室が、凍りつき、リオが、口をぱくぱくさせていた。
ヴィクター様は、相変わらずの不機嫌そうな顔で、空になった小瓶を調合台に戻した。喉が、こくりと動く。
「……何か用か」
全員の視線が集まっていることに気づいて、ヴィクター様が眉をひそめる。
「グランハート先生……」
リオが、震える声で言った。
「今飲んだの……惚れ薬、なんですが」
長い沈黙が流れた。
ヴィクター様の視線が、ゆっくりと私に向いた。私も、ヴィクター様を見上げた。
「……別に、何も変わらん」
ヴィクター様が、静かに言い放った。その声は、いつも通りで。
「あら、そうでしょうね。元から好きな相手には、効かないものよ」
レイア先生が、涼しい顔で言った。
ヴィクター様は、何も言わなかった。台帳を手に取って、備品の確認を再開する。
リオがこめかみを押さえている。私は、顔が熱くてたまらなかった。
「あ、そうそう」
レイア先生が、思い出したように言った。
「あれ、ただの栄養剤だから安心して」
「えっ」
「最初から効果なんてないわよ。惚れ薬なんて、そんな簡単に作れないもの」
「じゃあ、なんで作ったんですか!」
リオが叫ぶ。
「楽しそうだったから」
レイア先生が、にっこりと笑った。
「……知ってる」
ヴィクター様が、台帳から目を離さないまま、ぼそりと言った。
「え?」
「色で分かる。惚れ薬の調合に使う材料は、もっと濁った色になる」
「あら、よく分かったわね」
レイア先生が、感心したように目を細める。
「魔法使いなら、常識だ」
ヴィクター様が、素っ気なく言い放った。
「じゃあ最初から知ってて飲んだんですか……」
「栄養剤だったからな」
ヴィクター様が、当然のように答える。
それだけ言って、また仕事に戻ったようだった。その横顔は、涼しいものだ。
(惚れ薬を飲んだヴィクター様も、見てみたかった気がする……)
その時、廊下からばたばたと足音が聞こえてきた。実験室の扉が、勢いよく開く。
「聞いてください!」
リラが、息を切らして飛び込んできた。頬が真っ赤で、目がきらきらしている。
「惚れ薬を渡したら、先輩に笑われてしまって……」
リオが「ほら見ろ」という顔をする。
「でも!」
リラが、ぱっと顔を輝かせた。
「喜んでくれて、デートの約束、取り付けました!」
実験室に、どっと笑いが広がった。
リオが呆気に取られた顔をしていて、レイア先生が「そうこなくては」と嬉しそうに頷いている。
私も笑いながら、ちらりとヴィクター様を見た。
ヴィクター様は台帳を手に、知らん顔で備品の確認を続けていた。けれど、その口元が、ほんのわずかに緩んでいた。
◇
夕方になって、私は備品庫に一人残っていた。
放課後の校舎は、しんと静かで、廊下に足音が響く。
(……寒い)
この学校に来るようになってから、ずっと気になっていることがある。
ずっと、寒気がするのだ。
最初は気のせいだと思っていたけれど。
(変な気配もするし……)
ぐるる、と何かが唸るような音が聞こえた。
私は、思わず手を止める。
「……誰かいるの?」
静寂が返ってくる。備品庫を見回しても、誰もいない。
窓の外にも、それらしい影はない。
「気のせい……か」
私は台帳を抱えて、足早に備品庫を後にした。それでも、廊下に出てからも、首筋の寒気はなかなか消えなかった。




