50話 あなたを呪ったのは①
数日後の朝食時のこと。
ヴィクター様が席をたったタイミングで、オリバーさんが私の顔をじっと見つめていた。
「……なんですか、オリバーさん」
私が聞くと、オリバーさんは少し迷うような顔をしてから、おもむろに口を開いた。
「実は、アリス様に聞きたいことがありまして」
「なんですか?」
「王太子殿下の結婚式で、何かあったのでしょうか」
私は、思わずパンを喉に詰まらせそうになって「ぐえ」と変な声をだしてしまう。
慌てたオリバーさんに水を飲まされて、何とか飲みこんだ。
「な、なんでですか」
「ヴィクター様に伺ったのですが、何も教えてくださらなくて」
(そりゃ、そうでしょうね)
あの日以来、ヴィクター様と私は絶妙な距離感を保っていた。例えるならそう――付き合いたての恋人同士のような。
今までは、抱きしめても横で寝ても、少しドキドキするだけだったのに。
オリバーさんが、困ったような顔をする。
「それに、あの日以来、ヴィクター様のご様子がいつもと少し違う気がして。なんといいますか……その、穏やかといいますか」
「そ、そうですか」
「アリス様も、お顔が赤いですよ」
「気のせいです」
私が即答すると、オリバーさんはにっこりと微笑んだ。
「そうですか。……まあ、お二人が仲睦まじいのであれば、それで十分でございますよ」
(この人、分かって聞いてきてる!)
私は顔を覆って、テーブルに顔を伏せた。
「かっ、からかうのも、いい加減にしてください!」
「善処いたします」
全く善処する気がなさそうな笑顔だった。
◇
今日の私は暇だった。
上級生たちは全員合宿で王都に出向いてしまい、魔道具を借りに来る人間なんていないのだ。
というわけで、備品庫には暇を持て余したいつものメンバーが集まっていた。
空きコマで自由時間のリオとリラ、そしてレイア先生だ。
(二人はさておき、レイア先生はいっつも居座っている気が……)
私が紅茶をいれると、いつもはお喋りなリラが珍しく黙っている。
いつもはリオとじゃれ合っているのに、今日はぼんやりとカップを見つめたまま、何かを考え込んでいるようだ。
「リラ、どうかしたの?」
私が聞くと、リラはぱっと顔を上げる。それから、少し迷うような顔をして、おずおずと口を開いた。
「……好きな人が、いるんです」
備品庫が、しんと静まり返った。
レイア先生は、ニヤニヤとしながら身を乗り出した。
彼女はこういう話が大好きなのだろう。
「……誰なの?」
「先輩、なんですけど」
リラの頬が、じわりと赤くなる。
新入生は、上級生とペアを組む魔法実習の授業がある。そこで、一緒になった先輩のことが気になっているのだという。
「全然振り向いてくれなくて。私のこと、眼中にないんだと思います」
「……」
リオが、珍しく神妙な顔をしている。双子だからか、妹の告白に少し居心地悪そうだ。
「リオは男子としてどう思う?」
「……どう思うも何も、そもそもリラは何も行動してないよね?」
「挨拶してるもん!」
どうやら、リラは先輩とどう距離を縮めればいいのかわからないらしい。
好きな人がいるのに、それ以上の一歩が踏み出せない。なんだか、他人事には思えなかった。
「まあまあ、簡単な話じゃない」
レイア先生が、にっこりと微笑んだ。
彼女のこういう笑顔は、たいていろくなことを考えていないと最近になって分かってきた。
「……惚れ薬を作ればいいのよ」
ビンゴだった。
「……先生、そんなものが本当にあるんですか!?」
「材料さえ揃えれば、あたしくらいになると朝飯前よ」
興奮するリラに対して、私とリオは首を傾げてレイア先生を見つめる。
「飲んでも大丈夫なんですか」
「死にはしないから大丈夫よ」
「死なない、って言い方が引っかかります……!」
リオが、盛大にため息をついた。
腕を組んで、いかにも冷めた顔だ。
だが、当のリラはかなり乗り気らしく、レイア先生に深々と頭を下げている。
「お願いします! 私に惚れ薬の作り方を教えてください!」
レイア先生が、満足そうに頷く。こういう展開を、最初から狙っていたような気がしてならない。
「じゃ、アリスとリオも手伝ってね」
「なんでそういう理屈になるんですか……」
納得できないまま、なんとなく流れで引き受けてしまった。




