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魔力なしの出来損ない令嬢ですが、不眠公爵様に溺愛されています  作者: 甘夏 みみ子@5/22発売!白い結婚の旦那様と紡ぐ、最後の一ヵ月


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48話 残夏の甘さに酔いしれて③

 

 今日の私は、ヴィクター様の瞳に合わせて深いワインレッドのドレスを纏っていた。

 私の誕生日に大量に届いたドレスの内の一つである。


 首元には、王太子殿下とマリアンヌ様からいただいた真珠のチョーカー。オリバーさんが丁寧に編み込んでくれた髪には、小さな白い花が飾られている。


 隣に座るヴィクター様は、深い黒のジャケットに、胸元に銀糸の刺繍が施された礼装姿だ。

 仕立ての良い手袋が、その手を覆っている。


 いつもの不機嫌そうな顔でも、こういう場だと不思議なほど絵になる。


「……なんだ」


 じっと見ていたら、ヴィクター様に気づかれた。


「格好いいなと思って」


 私が正直に言うと、ヴィクター様は視線を窓の外に逸らした。手袋をはめた指先が、膝の上でわずかに動いている。


 王宮の窓から外を見ると、街全体が祝福に包まれていた。

 花売りが色とりどりの花束を抱えて歩いているのが見えた。道行く人々の顔も、どこか晴れやかだ。


「すごい人ですね」


 私が言うと、ヴィクター様は窓の外を見て、小さく頷いた。


「そりゃ、王太子の結婚式だからな」


 王太子殿下はフレンドリーな方だけど、将来の国王になる方なのだ。


 普段でも十分すぎるくらい立派な王宮が、今日はさらに華やかに飾り付けされている。

 柱には白い薔薇が巻きつけられていて、石畳の上には花びらが散らされている。


 シャンデリアが光を放って、広間全体がきらきらと輝いていた。


 参列者たちも、それぞれ最高の装いを尽くしている。

 色とりどりのドレス、光る宝石。まるで夢の中にいるみたいだ。


「アリス!」


 声のした方を向くと、ミア様が手を振っていた。

 彼女は、淡い紫色のドレスを着ていて、綺麗に結い上げた髪には大きなリボンが飾られていた。


「ミア様!」


 私たちは、手を取り合う。


「素敵なドレスですね」

「アリス様こそ! とっても綺麗です」


 ミア様が、嬉しそうに言う。


「……ところで、エドとは最近どうなの?」


 私が小声で聞くと、ミア様の顔が一気に赤くなった。


「そ、それが……ハンカチを渡していただいてから、手紙のやり取りが増えて……」

「そうなんですか!?」

「ま、まだそれだけです。でも、今日も会場にいるはずで……」


 ミア様が、そわそわと辺りを見回す。その顔は、照れくさそうで幸せそうで。


「上手くいきそうでよかった!」


 私が笑顔で言うと、ミア様が表情を綻ばせた。表情が恋する乙女でとっても可愛らしかった。


「アリス様のおかげです。本当にありがとうございます!」


 私が恋のキューピットになれたのだと思うと誇らしい。

 それから、私は数人の令嬢たちに挨拶をして回った。


 ◇


 式が始まる前、私とヴィクター様は控えの間に案内された。もちろん、個室だ。

 公爵家は一応親族になるらしく、扱いも別格らしい。


 広い部屋には、上質なソファと花が飾られている。王宮の使用人たちが、廊下を忙しそうに行き来していた。


 私の姿を見かけるたびに、「お飲み物はいかがですか」「お菓子をお持ちしましょうか」と丁寧に声をかけてくれる。


(落ち着かなさすぎる……)


 ただでさえ心細いのに、ヴィクター様は殿下に呼ばれたため、立ち上がった。


「退屈したら、適当にうろうろしてろ」


 そう言い残して、ヴィクター様は大股で歩いていった。その後ろ姿が廊下の奥へ消えていくのを見送って、私はソファに腰を下ろした。


 お茶やお菓子でお腹がいっぱいになってきた頃、扉がそっとノックされた。


「アリス様――マリアンヌ様がお呼びです」


 顔を覗かせたのは、マリアンヌ様付きの侍女だった。

 親族でもないのに呼ばれるなんて思ってもいなかった私は、慌てて前髪を整えて、立ち上がった。


 連れて行かれたのは、花嫁の支度部屋だった。

 扉を開けた瞬間、私は思わず声を漏らした。


「マリアンヌ様……!」


 マリアンヌ様が、こちらを向いて微笑んでいた。


 純白のドレスが、マリアンヌ様の美しさをさらに引き立てていた。レースが幾重にも重なったスカートが、眩しい。

 ただでさえ妖精のように美しいのに、一段と人間離れした麗しさだった。


「どう?」


 マリアンヌ様が、少し照れくさそうに聞く。


「とても、綺麗です」


 私が言うと、マリアンヌ様は「よかった」と嬉しそうに笑った。


「私ね、緊張しているの」

「そうなんですか? 全然そう見えないですけど」

「外見だけよ。ドレスの中で足が震えてるわ」


 マリアンヌ様が、くすりと笑う。

 その笑い声は、いつもと変わらないのに、泣いてしまいそうな気持ちになるのは私が寂しいと思っているからだろうか。


「緊張をほぐしたくて……アリスに会いたくて呼んじゃった。ごめんなさいね」

「嬉しいです」


 私が答えると、マリアンヌ様は私の手を取った。彼女の言う通り、少しだけ震えている。


「私ね。たった一人で隣の国から嫁いできて。凄く不安だったの。友達もいなくて、孤独でずっと泣いてたのよ。でも、殿下がずっと支えてくれたから、ここまで来れたのだと思う」


 思い出すように目を瞑ったまま語るマリアンヌ様は、少し頬を赤くして言った。


「貴女もよ、アリス。私のとっても大切なお友達」

「えっ」

「初めて会ったダンスレッスンの時、普通に接してくれて本当に嬉しかったの」


 私は、ひょっとするとマリアンヌ様にとんでもなく無礼な振る舞いをしてしまったのではないかと今になって、滝のように汗が出てきた。

 だって、この方は隣国のお姫様で、未来の王妃なのだ。


 そんな私の焦った顔を見て、マリアンヌ様はまたおかしそうに笑うのだ。


「ねえ、アリス。アリスも、いつか綺麗なドレスを着てね」

「え……」

「花嫁のドレス、よ」


 マリアンヌ様が、悪戯っぽく笑う。私は、思わず顔が熱くなった。


(花嫁のドレス……)


 マリアンヌ様のドレスを見つめる。白くて、綺麗で。こんなドレスを着て、ヴィクター様の隣に立てたら、どんなに素敵だろう。


(……なんてことを考えているんだろう)


 私は、慌てて頭を振る。


「公爵様のこと、信じてあげてね」


 マリアンヌ様が、静かに言った。

 その声には、からかいでも冗談でもない、真剣な色が滲んでいる。


「はい。私もマリアンヌ様の幸せを祈っています」


 私がそう言えば、マリアンヌ様から「大好き……」と抱きしめられた。


 ◇


 そうして、結婚式は始まった。


 大広間の中央に、長い通路が伸びている。両側には参列者たちが立ち並んでいて、その奥に王太子殿下が待っている。


 音楽が流れ始めた瞬間、扉が開いた。


(……わ、綺麗)


 マリアンヌ様は、ゆっくりと歩いてくる。その姿は、まるで絵画のようだ。純白のドレスが、シャンデリアの光を受けて輝いていた。


 王太子殿下が、マリアンヌ様を見つめている。その顔には、いつもの鋭さはない。

 ただ、真剣に、愛おしそうに、マリアンヌ様だけを見ている。


 私は、胸が熱くなった。

 二人が向かい合って、誓いの言葉を交わす。


「アリス様、感動するわね……って」


 隣にいたミア様が私を見てぎょっとした顔をした。だって、私はその場にいた誰よりも大号泣していたから。


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