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魔力なしの出来損ない令嬢ですが、不眠公爵様に溺愛されています  作者: 甘夏 みみ子@5/22発売!白い結婚の旦那様と紡ぐ、最後の一ヵ月


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47話 残夏の甘さに酔いしれて②


「アリス様、最近、楽しそうですね」

「はいっ」


オリバーさんの声を聞きながら、もぐもぐといつものようにパンを押し込んで食べる。


魔法学校に勤め始めて、はや1か月が経とうとしている。先日、入学式が執り行われ、例の双子――リオとリラも無事に魔法学校の生徒となった。


「風の噂でも聞きますよ。アリス先生はとっても優しくて話しやすいって」

「へへ……」


自画自賛するわけではないが、休み時間には生徒がやってきてお話をしたり、一緒にご飯を食べたりしている。

好かれている自信はそれなりにあった。


「それに比べ、ヴィクター様は……」

「なんだ。俺はただの講師だぞ。生徒に優しくする義理もない」

「うわあ……」


ヴィクター様は、生徒に対して愛想なんて微塵もない。


だが、厳しい分魔法の授業はわかりやすいらしく、一部の生徒から熱烈な支持を得ていることも知った。

オリバーさんは、若干引いた目でヴィクター様を見つめている。


「そんな正反対なアリス様とヴィクター様に、王宮からお手紙です」

「王宮……?」


オリバーさんの差し出してきた手紙は、普段王太子殿下やマリアンヌ様から届くものよりもずっと上質だ。


光の加減によって輝く魔法紙が使われており、きっと、これだけで服一着は買えてしまうだろう。


間違って破らないように慎重に開いていけば、中から一枚の厚紙が出てきた。

そこには、王太子殿下とマリアンヌ様の連名で私宛てにメッセージが綴られていた。


「結婚式の招待状だ!」


私は、思わず叫んだ。

王太子殿下とマリアンヌ様が近々結婚するとは聞いていたものの、実際にこうやって知らされると嬉しいものだ。


「良かったぁ……」

「なんでもう泣いてるんだ」


オリバーさんから受け取ったハンカチを目に当てていると、呆れ顔のヴィクター様が目に入る。


「ヴィクター様、もちろん出席しますよね」

「別に、仕方ないから行くだけだ」


と言いつつ、ヴィクター様の表情は少し嬉しそうで。


「そういうの、『つんでれ』って言うんですよ」

「は?」

「最近、2年生の子に教えてもらいました」


実は内心はデレデレなのに、恥ずかしいからツンツンしている――その略称だ。最近の恋愛小説の流行はもっぱら『つんでれ』らしい。


まさに、ヴィクター様を現したような単語である。


「誰が、『つんでれ』だ。行くぞ」

「はあい」


私はヴィクター様の後を追って、いつものように魔法学校へと向かった。



その日、魔法学校には異常なほど華やかな空気が漂っていた。


廊下を歩いていると、見慣れない顔がちらほらと目につく。華やかなドレスを纏った令嬢たちが、教師の案内でゆっくりと校内を歩いている。


「今日は貴族のご令嬢方の視察日なのよ」


備品庫で一緒に作業をしていたレイア先生が、私の耳元でそっと教えてくれた。


「ご子息を魔法学校に入学させるかどうか、親御さんたちが判断するための見学なの。それにご令嬢方も同行してるのよ」

「この前、入学式があったばかりなのに……」

「ほんとよ、忙しくて嫌になっちゃうわよね?」


どおりで、今日はいつもより学内が賑やかなわけだ。

備品庫の貸し出し窓口から身を乗り出せば、令嬢たちの話し声が聞こえてきた。


「グランハート公爵様って、ここで講義をされているんですって」

「本当に? 見てみたいわぁ」

「社交界で噂になってるもの。あんなに素敵な方が独身なんて、信じられないって」


どうやら、ヴィクター様の人気は相当なものらしい。


舞踏会の一件以来、社交界でのヴィクター様の評判は目に見えて上がっていた。

魔獣から街を守る領主として、優秀な魔法使いとして。そして、婚約者を守るために真っ向から立ち向かった男として。


(あまりに美化され過ぎな気はするけど……)


私は、苦笑いしながら魔道具の手入れを続ける。


しばらくして、備品庫の貸し出しの窓口に令嬢たちが数人やってきた。視察の一環で、備品庫も見学するらしい。


「まあ、こちらで魔道具の管理をされているんですか?」


令嬢の一人が、物珍しそうに私を見る。


「はい。こういう作業は、魔力がない私の方が向いているんです」


私が説明すると、令嬢たちはへえ、と感心したような顔をした。

その時、一人の令嬢が私に向かって言った。


「あなた、公爵様の婚約者なんでしょう?」

「……はい」

「羨ましいわ」


なんとなく値踏みをされていることがわかり、私は複雑な気持ちになった。


「グランハート公爵様って、本当に素敵な方よね。魔法の腕前もさることながら、あの佇まいといったら」

「ええ、本当に。昔のご評判が嘘みたいだわ」


令嬢たちが、うっとりとした顔で話している。

もやもやする。別に、ヴィクター様が褒められるのは嬉しいことのはずなのに。


(なんで、私、もやもやしてるんだろう)


その時、令嬢たちの輪の中から一人が進み出た。

品のある薄茶色の髪に、落ち着いた佇まい。年齢は私より少し上だろうか。


「グランハート公爵様って、本当に素敵な方ね。昔から、特別な方だと思っていたわ」


その言葉に、隣にいたレイア先生が私の肩をそっと叩く。


「シャーロット・アシュフォード嬢よ」


レイア先生が、静かに言った。

シャーロット様といえば、アシュフォード家の娘で――ヴィクター様の元婚約者の一人だ。

私と同じように王太子命で婚約したものの、怖いと言って、初日で屋敷を逃げ出したと聞いている。


「公爵様とは、もう半年以上一緒に暮らされているんですって?」

「……はい」


私がそう頷けば、シャーロット様はくすりと笑った。


「ヴィクター様は、ご結婚の意思はおありなのかしら? 王太子殿下とマリアンヌ様は、出会って3ヶ月でプロポーズしたそうですし……」

「な……」


 まさか、こうも真正面から喧嘩を売られるなんて思わず、返す言葉に困る。

 その時、レイア先生がすっと私の前に出た。


「あら、シャーロット嬢。ちょうどよかったわ」


 レイア先生は、にっこりと微笑む。

その笑顔は、いつものように美しくて、けれどどこか底が見えない。


「備品庫の奥に、珍しい魔道具が入ってきたばかりなの。視察のご参考にいかがかしら」

「あら、ぜひお願いしますわ!」


 レイア先生が、棚の奥からするりと細長い箱を取り出した。

蓋を開けると、中には精巧な蛇の置物が入っている。銀色の鱗が光を受けてきらりと光っていて、作りが細かい。


「これは、魔力感知型の魔道具なの。魔力に反応して動くのよ」


 レイア先生が箱をシャーロット嬢の前に差し出した瞬間、蛇がゆっくりとぐねりと動いた。


「きゃあああっ!!」


 シャーロット様が、飛び上がって後ずさった。その拍子に、後ろにいた令嬢たちも悲鳴を上げる。


「あら、ごめんなさいね。魔力が強い方に特に反応するから、びっくりさせてしまったわ」


 レイア先生が優雅に微笑む。どう見ても、反省している顔ではなかった。


「レ、レイア先生……」


 私が思わず呼びかけると、レイア先生がこちらを振り返った。


「あら、どうかした?」


 レイア先生は涼しい顔で私を見つめた。やっぱりこの人、怖い。


 シャーロット嬢は、まだ胸を押さえながら息を整えている。その様子を横目に、私はそっとため息をついた。


 その時、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。


 シャーロット嬢がはっとして顔を上げる。

ちょうど講義を終えたヴィクター様が歩いてくるところだった。さっきまでの動揺が嘘のように、その表情がぱっと華やぐ。


 令嬢たちの間に、黄色いざわめきが走った。


だが、ヴィクター様は視察の令嬢たちに気づいても足を止めない。いつもの不機嫌そうな顔で、廊下をまっすぐに歩いている。


「あら、今日もご立派で……」


 シャーロット嬢が、うっとりした表情を滲ませて一歩前に出る。


「公爵様、ご無沙汰しております」


 背筋を伸ばして、丁寧にお辞儀をする。その所作は、さすがに育ちが良いと分かる美しさだった。


 ヴィクター様は、シャーロット嬢をちらりと見た。

 そして、一言も返事をせずに歩き続けた。


(む、無視!?)


 令嬢たちが、息を呑む。

 ヴィクター様は、私の前まで来るとカウンターに肘をついた。


「……仕事は終わったか」

「はい、今日の分は一応……」


 私が答えると、ヴィクター様は私の手首を掴んでぐいっと引っ張った。


「なら、帰るぞ」

「えっ、いや……ちょっと!」


 令嬢たちの視線が、私たちに集まっている。シャーロット様も、少し驚いた顔でこちらを見ていた。


 ヴィクター様に引っ張られるまま廊下を歩きながら、私は小声で言う。


「シャーロット様のこと、気づいてましたか」

「ああ」

「何も言わなくて、よかったんですか」


 ヴィクター様が、私を見下ろす。その赤い瞳が、まっすぐに私を捉える。


「なんで会話する必要がある」

「も、元婚約者なんですよね?」


ヴィクター様が、少し呆れたような顔をする。過去のことなど、どうでもいいとでも言いたげな顔だ。


「俺が好きなのはアリスだけだ」

「な、なんですか急に」

「お前だって、いつも言ってるだろ」


 確かに言っている。毎朝言っている。

だが、こうも真正面から返ってくると、心の準備というものが必要だ。


 廊下の端から、「おぉ……」という声が聞こえてきた。


 視線を向けると、生徒たちが私たちをじっと見ている。その中で、双子のリオとリラが顔を真っ赤にしているのを見つけて、逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。


「王太子殿下の結婚式でシャーロット様に会ったら、どんな顔をすればいいんでしょう……」

「別に堂々としてればいいだろ」


 ヴィクター様が、当たり前のように言う。


「俺の婚約者は、お前だけだ」


 私は、顔が熱くなるのを感じながら、ヴィクター様の隣を歩いた。さっきまでのもやもやが、跡形もなく消えていた。

 私は、ヴィクター様にぎゅっと腕を絡ませた。


「帰ったら、結婚式に着ていくドレス一緒に選んでください」

「面倒だ」

「そんなこと言いつつ、悩んでくれるって知ってますよ」


 私とヴィクター様は仲良く歩いて帰った。


 ――もうすぐ、王太子殿下とマリアンヌ様の結婚式だ。


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