46話 残夏の甘さに酔いしれて①
「好きです、ヴィクター様」
「はいはい」
ヴィクター様に愛を伝え続けて、もはや挨拶のようになってきてはや数か月。
季節が移り替わり、すっかりグランハート領の夏も終わりかけてきた頃。
今日の私は、いつもと少し違う格好をしている。
「ヴィクター様は可愛い婚約者の新しい服を見ても何にも思わないんですか?」
「自分で可愛いとか言うな」
私が身にまとっているのはローブだった。
魔法学校の職員が着るような、深い緑色のやつだ。
ヴィクター様の呪いのために死に物狂いで勉強していた期間が功を奏し、「最低限の魔法の知識は得ただろう」とレイア先生から許可が下りた。
正直、あんな量の魔法書を読み切れたのは、自分でも驚いている。
「今日から一緒に魔法学校に通勤できますね、ヴィクター先生」
「やめろ、その呼び方」
しっしっと手を払われたけれど、私は嬉しい気持ちが抑えきれなかった。
なんだか、やっとヴィクター様に堂々と並べる気がしたのだ。魔力は相変わらず一ミリもないけれど、それでも。
馬車に乗り込んで、魔法学校へ向かう。
吹き込んでくる朝の空気は冷たくて、とても気持ちが良かった。
◇
「アリスちゃん、会いたかったわ!」
魔法学校に着くなり、レイア先生がぎゅっと抱き着いてきた。
今日も相変わらず、溜息が出るほど綺麗な人だ。
青の瞳が私を見つめると、深い海の中に沈みこんだような気持ちになる。
「なんか距離近くないか」
「そんなことないわよ」
呆れたようなヴィクター様に、レイア先生が涼しい顔で言う。
今日から私は、週に何度か魔法学校の職員として働くことになっていた。一応、教員扱いらしい。
生徒からすれば先生ということになるわけで、なんだかくすぐったい。
レイア先生に教えてもらった道具の管理は、屋敷で行っていることとほとんど一緒だった。
魔道具の点検、保管、整理。
ただ、生徒や教師への貸し出し作業があるため、いつもみたいにマイペースな作業はできない。午前中は、あっという間に過ぎていった。
「……ふう」
一段落ついて、備品庫の椅子に腰を下ろす。思ったより、やることが多い。
その時、扉がノックされた。
「昼飯、行くぞ」
顔を覗かせたのは、ヴィクター様だった。
「ヴィクター様、ご飯食べるんですか」
「ここの昼食はスイーツも豊富なんだ」
それを聞いて、私は立ち上がった。
食堂へ着くと、ヴィクター様に言われるがまま注文を決める。
ヴィクター様はいちごのショートケーキを。
私は「日替わり魔法定食」とやらを注文してみた。魔法のように美味しい、という謳い文句についつられてしまったのだ。
席に着いて、運ばれてきた定食を見て、私は思わず目を丸くする。
お皿の上には、ふんわりとした湯気を上げるシチューと、こんがり焼けたパン。
シチューの中には、大ぶりの野菜と柔らかそうなお肉が入っていて、見るからに美味しそうだ。
一口食べると、クリームの濃厚な味わいが口いっぱいに広がった。
お肉はフォークでほろりと崩れるほど柔らかくて、パンにつけて食べると、これがまた絶品だ。
「美味しいですね」
「ここの料理長は腕がいいと評判だ」
そう言いながら、ヴィクター様はショートケーキを幸せそうな顔で食べている。
私とヴィクター様が向かい合って座ると、周囲からものすごい視線を感じた。
「ヴィクター様、すっごい見られてます……」
私が小声で言うと、ヴィクター様は正面を向いたまま答える。
「気にするな」
「気にするでしょ」
生徒たちの視線が、ことごとく私たちに集まっているから、全く落ち着かない。
遠くの席から、生徒たちのひそひそ声が聞こえてきた。
「ね、グランハート先生の向かいの人、誰……?」
「罰ゲームかなぁ」
「でも、グランハート先生と仲良さそう……」
「え、じゃあ怖い人なの?」
私は、思わず吹き出しそうになる。
「グランハート先生」の授業は、課題が多くて厳しいと評判らしい。
その向かいに平然と座っていて、しかも楽しそうにしている私は、生徒たちの目にはよほど謎な存在として映っているのだろう。
「ヴィクター様、普段、生徒とはどういう風に接してるんですか」
私が聞くと、ヴィクター様は少し間を置いてから答える。
「……普通に、接している」
生徒たちと馴染めないのは、本人も少し気にしているようだから黙っておいた。
◇
「うう、寒っ……」
夏だと言うのに、魔法学校はたまに冷え込むことがあるらしい。ヴィクター様には気のせいだと言われてしまったが。
午後になって、備品庫に戻ると、扉の前に生徒が二人、おずおずと立っていた。どこか似たような顔立ちの男女だった。
どちらも、顔立ちが幼いからまだ一年生くらいだろうか。
「あの……魔道具の貸し出しって、ここですか?」
「そうですよ。何を借りたいの?」
私が笑顔で答えると、二人が少しほっとした顔をする。
「えっと、魔力測定器を……」
女の子が言いかけた時、男の子が棚に肘をぶつけた。
がたん、と大きな音がして、棚の上に置いてあった小さな魔道具が籠から零れ落ちた。
その瞬間、魔道具がぱちりと光って、備品庫中に無数の小さな光の玉が飛び出した。ホタルのようにふわふわと漂う光の玉が、部屋いっぱいに広がっていく。
「えっ、え? ごめんなさい、これ、どうしたら!?」
男の子が、真っ青な顔で言う。
「――あ、これ、光球発生器だ」
本でしか見たことが無かったものを実際に見ることができて、私はいたく感動した。
お祭りの時なんかに、宙に浮いている魔道具で、古くから使われているものだ。
ちなみに、この国の夜の光源はこの魔道具と同じ仕組みで作られている。
無害なものとはいえ、ここに漂わせておくこともできない。
「たぶん、入っていた籠の中に――あった!」
魔道具には、必ず解除の方法があるのだ。
光球発生器の籠の底面に刻まれた魔法陣に手をかざすと、ふわふわと漂っていた光の玉がゆっくりと消えて、籠の中に納まった。
「す、すごい……」
二人が、目を丸くして私を見ている。
別に魔法を使った訳でも何でもなく、ただ知識があるかないかの話だ。
特別、何かをしたわけではない。
「私、魔力が全くないの。だから、魔道具の仕組みを頭で覚えてるだけなんだよ」
「「……ま、魔力無いんですかぁ!?」」
二人の声が、見事に揃った。
「じ、実は僕たちも魔力が少なくて……」
男の子が、消え入りそうな声で言う。
似たような顔立ちに、私はピンときた。
「貴方たち、双子?」
「「はいっ」」
まったく同じタイミングで、まったく同じ声で答える。思わず笑ってしまう。
必ず、というわけではないが双子は二人で一人分の魔力を分け合うため、魔力が少なくなりやすいらしい。
「これから、魔法学校で頑張っていけるか、すごく不安で……」
そう言った女の子の言葉に、私はどこか引っ掛かって尋ねる。
「生徒じゃないの?」
「今日はガイダンスで学校に来ているんです。魔力測定器が壊れたから、借りてこいって言われて……」
なるほど。
どうりで不慣れそうなわけだ。
しかし、まだ生徒でもない子たちに指示を飛ばすなんて酷い人間もいたものだ。
「誰よ、そんなこと言う人」
「黒髪に赤い目の、とっても怖い先生です」
私は、思わず遠い目をした。
彼が生徒から距離を置かれる理由が分かった気がする。
「じゃあ、はい。魔力測定器どうぞ。戻す時は、その先生に持ってくるように言ってね」
「……でも」
「大丈夫。アリス先生の伝言ですって言ってくれれば」
絶対にヴィクター様にお説教をしなければならない。
私は、こほんと咳ばらいをして、二人に魔力測定器を手渡す。
「二人とも、絶対良い魔法使いになれるよ!」
「そ、そうかな……」
顔を見合わせた二人が、くすりと笑った。さっきまでの不安そうな顔が、嘘のように明るくなっていた。
「「じゃあね、アリス先生!」」
「はーい」
二人が、声を揃えて出ていくのを見送って、私は先ほどの言葉を噛みしめる。
(せ、先生だなんて……)
私は、頬に手を当てて思わず笑ってしまった。
その後、バツが悪そうに魔法測定器を持って帰ってきたヴィクター様にお説教したのは言うまでもない。




