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魔力なしの出来損ない令嬢ですが、不眠公爵様に溺愛されています  作者: 甘夏 みみ子@5/22発売!白い結婚の旦那様と紡ぐ、最後の一ヵ月


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45話 本当に大切なこと③

 

「おはようございます、ヴィクター様。好きです」

 

 朝、廊下でヴィクター様とすれ違った瞬間、私はそう言った。

 

「好きです」

「……は?」

 

 ヴィクター様が、ぴしりと固まったまま、目を丸くして、私を見ている。

 

「いや、ヴィクター様を安心させようかと思いまして」

 

 ずっと部屋に籠りっきりの私だったので、今日からは今までの分を取り返すようにヴィクター様に好きを伝えていくつもりなのだ。


 私が笑顔で言うと、ヴィクター様の顔が真っ赤になる。

 

「朝から、何を言ってるんだ……」

 

 呆れたような顔をしたあと、ローブを被ってそそくさと逃げていくけれど、あれは照れているのだとはっきり分かる。

 効果はテキメンのようだった。

 

(今日はたくさん、「好き」って言うぞ~!)

 

 昨日の『嫌いにならないで欲しい』と言った時のあの不安そうな顔が、忘れられない。


 だから、私が、どれだけヴィクター様のことを好きか。

 ちゃんと、伝えようと思ったのだ。

 

 ◇

 

 ヴィクター様は、今日は書斎に籠りっきりでお仕事らしい。

 お昼時、私は厨房に向かった。

 

「料理長、お願いがあるんですけど」

 

 料理長は、優しそうなおじいさんだ。

 住み込みではないものの、長年この屋敷に勤めており、昼時と夕時になるとやってきてくれる。

 

「なんでしょう、アリス様」

「チョコレートケーキの作り方を教えてください」

 

 料理長は、少し考えてから答える。

 

「なるほど、公爵様は、甘いものがお好きですからね」

「そうなんです!」

 

 好きというより、栄養補給のためだと彼は言っていたけれど。

 毎回の食事でもデザートだけは欠かさず食べているので、嫌いではないと思う。

 

「作り方、教えていただけますか」

「アリス様が、お作りになるんですか」

「はい! ヴィクター様のために」

 

 前回、夜のお茶会をした時に作ったチョコレートケーキは、レシピも見ずに作ったからなんだかパサパサとしていた。

 それも、もちろん美味しかったのだけれど、せっかくなら成功したものも食べさせてあげたい。

 

「わかりました。それでは、一緒に作りましょう!」

 

 私は、エプロンをつけて、料理長の指示に従う。

 卵を割って、砂糖を混ぜて、チョコレートを溶かして。

 

「アリス様、もう少し優しく混ぜてください」

「はい!」

 

 前回、生地が上手くいかなかった原因は、私が生地を混ぜすぎてしまったから、らしかった。空気が抜けてしまい、ふわふわ感が無くなってしまうのだとか。

 

 料理長は流石の手際で、1時間ほどで、ケーキが焼き上がった。

 甘い香りが、厨房中に広がる。

 

「上出来ですよ、アリス様」

 

 料理長が、優しく微笑んだ。

 

「ありがとうございました」

「いえいえ、お役に立てたのであれば何よりでございます」

 

 いつの間にか料理長が飾り付けをしてくれていたようで、グラサージュというものをして表面がツヤツヤに仕上がっていた。


 私は、ケーキを大切に持って、ヴィクター様の書斎へ向かった。

 

 ◇

 

 書斎の扉をノックする。

 

「入れ」

 

 扉を開けて中に入ると、ヴィクター様は、何か書き物をしているようだった。

 彼が顔を上げると、いつもとは違う彼の姿に驚いてしまう。

 

(……め、眼鏡!)

 

  書類仕事をしているからだろうか、ヴィクター様は銀縁の眼鏡をかけていた。

 いつもよりスマートに見える上、クマが目立たないから爽やかさも増して見える気がする。


(かっこいい……)


 思わず見とれていると、ヴィクター様が怪訝な顔でこちらを見る。


「どうした、ぼーっと突っ立って」

「いえ、なんでも……」


 眼鏡姿のヴィクター様に見とれてました!……なんて恥ずかしくて口が裂けても言えない。

 私は、ワゴンをからからと押して部屋の中に入った。


「ケーキを作りました。良かったら食べませんか?」


 ヴィクター様が、ぱちぱちと瞬きをしてこちらを見つめる。


「お前が、作ったのか」

「はい!」


 私が笑顔で答えるとヴィクター様は少し照れくさそうにしながら、立ち上がりソファへと移動した。


 テーブルの上にお茶とケーキを並べると、ヴィクター様の向かいに座った。


「なんで向かいなんだ」

「?」


 なぜかヴィクター様は、不満気な顔で私のことを見つめていた。

 どういう意味かと首を傾げていると、ヴィクター様は溜息をついて私を見つめた。


「隣に座って欲しい」

「……わ、わっかりました!」


 ヴィクターが素直にそんな甘々なことを言うものだから、驚いて声が裏返ってしまった。

 恐る恐るヴィクター様の隣に座って、ふたりで並んで紅茶とケーキをいただく。


「……美味い」

「へへ、ありがとうございます」


 嬉しくなって、ふと隣を見れば、思ったよりも近い距離にヴィクター様の顔があった。

 しかも、眼鏡付きで。


「びゃっ!」

「どうした」


 からん、とフォークを置いてヴィクター様が心配そうに覗き込んでくる。

 さらに距離が近くなってしまい、いよいよ私の心臓が持たなくなってきた。


「熱があるのか?」

「ないっ、ないです!」


 おでこに触れようとしてくるヴィクター様を慌てて制止して、私はおずおずと自白した。


「あの、メガネ姿が、格好良くて……」

「へぇ」


 なぜか楽しげな笑みを浮かべたヴィクター様は、離れるどころかじりじりと寄ってくる。

 いつの間にか、私はソファの背もたれとヴィクター様に挟まれて動けなくなってしまった。


 ヴィクター様が、するりと眼鏡を下げる。


「――お前はこういうのが好きなのか」

「〜〜〜っ!?」


 いよいよ心臓が爆発してもおかしくなかった。

 声にならない声をあげて、私は猛獣に狙われた小動物のように一目散に逃げだした。


「おい」

「あっ、ありがとうございました!」


 何に対してのお礼なのか分からないまま頭を下げた後、転げ回りながら書斎から飛び出す。


(返り討ちにあってしまった……!)


 どきどきと高鳴る胸を押さえていた私だったが、一番大切なことを言い忘れ「あっ」と声を出してしまう。


 私は、来た道を戻ると、再び扉を開けて叫んだ。


「ヴィクター様、大好きです!」


 一方的に愛を伝えて再び逃げた。

 それから、私は自分の部屋へと戻って熱くなった顔を冷やすのだった。


 ――私の告白逃げのあと、ヴィクター様が扉の前で顔を真っ赤にいたなんて知らずに。


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