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魔力なしの出来損ない令嬢ですが、不眠公爵様に溺愛されています  作者: 甘夏 みみ子@5/22発売!白い結婚の旦那様と紡ぐ、最後の一ヵ月


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44話 本当に大切なこと②

 

 食堂に向かうと、ヴィクター様が既に座っていた。


 テーブルの上には、料理が並んでいるけれど、ヴィクター様は手をつけていない。いつものように革張りの本を読んでいる。


「ヴィクター様」


 声をかけると、ヴィクター様が顔を上げる。

 私がこの場にいるからか、少し驚いた顔をしている。そして、ほっとしたような表情を浮かべた。


「……アリス」

「ごめんなさい。最近、ずっと忙しくて」


 ヴィクター様の向かいに座ったと同時に謝ると、ヴィクター様は首を横に振る。


「いや、気にするな。お前が頑張っているのは知っている」

「……でも」

「腹が減っただろ。食べよう」


 ヴィクター様は、私を責めることはなかった

 彼はどこまでも優しいのだ。


 それに、久々に食べる温かい料理はどれも美味しくて涙がでそうだった。


「そういえば、今日魔法学校で面白いことがあってな」

「聞かせてください」

「生徒が魔法陣を間違えて、教室中に花が咲いてしまったんだ」


 私は、思わず笑ってしまう。


「それで、その生徒は慌てて花を消そうとして、今度は教室中に雪を降らせてしまって」

「大変でしたね」


 私が言うと、ヴィクター様は頷く。


「ああ。でも、あれはあれで綺麗だった」


 こんな風に、他愛もない話をするのは久しぶりだった。

 私は、いつからヴィクター様との時間をおざなりにしてしまっていたのだろうか。


 食事が終わってからお茶を飲んでいると、ヴィクター様がゆっくりと口を開いた。


「アリス、ひとりで悩ませてごめん」

「な、なんのことでしょう?」


 私がとぼけたように返すと、ヴィクター様はいつも読んでいる革張りの本をほんとんと叩いた。


「……実は、俺も昨日、解読したところだったんだ」

「えっ」

「俺の呪いは、魔獣がかけたものではないんだろう?」


 ヴィクター様が、静かに言った。


「――なんで」


 私は、思わず聞き返してしまった。


 だって、頭の良いヴィクター様がそれを知ってしまったら。

 呪いをかけた犯人が身近な人かもしれないって知ってしまったら。


(ヴィクター様に傷ついて欲しくなかったのに)


 そのために、こっそりと呪いを解くために調べてきたのに。

 私はぎゅっと手を握って俯いてしまう。


「そもそも。ずっと、違和感があったんだ」


 ヴィクター様が、ティーカップを見つめる。


「魔獣と戦った時、確かに傷を負った。けれど、呪いをかけられた感覚はなかった」

「……」

「それに、魔女が言った『真実の愛』という条件も、妙だった」


 ヴィクター様が、私を見る。


「魔獣が、そんな複雑な呪いをかけるだろうか」


 その言葉に、私は何も言えなくなる。

 確かに、そうだ。


 魔獣が、呪いを解くために「真実の愛」なんて条件をつけるはずがない。

 頭の良いヴィクター様のことだ。最初から薄々勘付いていたのかもしれない。


「だから、腑に落ちた」

「……ヴィクター様」


 私はヴィクター様の顔が見られなかった。

 申し訳なくて、私の視線はずっと床に落ちている。


「お前は王太子から聞いていたんだろう。ずっと調べてくれていたんだな」

「……ごめんなさい」

「なんで謝る」


 なんでなんて、聞かなくてもわかるだろうに。

 私は、おずおずと口を開いた。


「だって、私がもっと前に犯人が分かっていれば、ヴィクター様は傷つくこともなかったのに」

「違う」

「違いません!」

「俺を見ろ、アリス!」


 私はその声に顔を上げて、ヴィクター様を見た。


 その顔は傷ついているような顔なんかじゃなく、むしろ清々しいまでさっぱりした表情だった。


「ありがとう。俺のために頑張ってくれていたんだな」

「……うう、だって、ヴィクター様は優しいからぁ」


 優しいから、傷ついて欲しくなかった、という続きは言葉にならなかった。


「ありがとう」というヴィクター様の言葉に私の涙腺は決壊してしまったのだ。

 まるで、緊張の糸が引きちぎられてしまったかのような気分だった。


「……よく頑張った」


 いつの間にか、私の隣の椅子に座ったヴィクター様に、ぎゅっと抱きすくめられる。

 その体温で安心して、また涙が溢れ出てくる。

 べそべそと泣き続けてしまい、ヴィクター様も困った顔で笑っていた。


「……どうやったら泣き止むんだ」

「わ、わかりません」

「どうしようもないな、お前は」


 ヴィクター様は、今度は私の頭をよしよしと撫でた。

 子ども扱いされているようで、恥ずかしくて涙が止まる。


「これで泣き止むなんて、子どもだな」

「うるさいです」


 目を潤ませながらそう言うと、ヴィクター様は「ふふっ」と小さく笑い声を上げる。

 その後に、ぎゅっと手を握られた。


「もし、俺の呪いが解けなくても――嫌いにならないで欲しい」


 ヴィクター様の真っ赤な瞳には、不安が滲んでいる。


「俺は眠れないことよりも。これ以上、俺の周りの人間を失うのが怖いから」


 私は、ヴィクター様のために呪いを解こうとしていた。


 けれど、ヴィクター様が一番恐れていたのは、呪いが解けないことじゃなくて、私がヴィクター様の元を去ることだったんだ。


「大丈夫です、私はずっとヴィクター様の傍にいます」

「……ありがとう」


 きっと、ここ最近は不安で押しつぶされそうだったに違いない。

 私はその不安を打ち消すかのように、ヴィクター様に全体重を預けてぎゅっと抱き着いた。


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