42話 「不眠の呪い」を解くために④
今日の私の予定は決まっていた。
オリバーさんに内緒で手配してもらった馬車を使って、私は森へと向かっていた。
木々の間を抜けて、やがて、小さな家が見えてくる。
「魔女様、私です。アリスです」
「入れ」
しわがれた声が聞こえてきて、私は扉を開くおいつもと変わらず、魔女様はそこにいた。
ぼんやりとキャンドルが灯る中、私は魔女様の対面に腰掛ける。
「今日はなんだ」
「……術者が死んでも、呪い続けるにはどうすればいいんでしょうか?」
「は? お前は誰かに呪いをかけるのか」
魔女様は珍しく驚いたようにそう言った。
「ち、違います……!」
「では、前提から話せ馬鹿者」
呆れた声でそう言われる。
ずっと思っていたが、魔女様と話しているとなんだかヴィクター様を思い出す。
(偉そう……というか、尊大……というか)
やはり偉大な魔法使いは、似たような態度になるものだろうかとくすりと笑えば「笑うな」と魔女様からお怒りが飛んできた。
「ええと、ヴィクター様の呪いは……人間がかけたものなんですよね」
「……そうだな」
魔女様は、隠すことも無く意外とすんなりと答えてくれた。
「……術者が死んでも、呪いが残っているってどういうことなんでしょうか」
「はあ?」
魔女様は、呆れたような声を出してローブの下から私を見つめた。
「なんでお前は死者が呪いをかけたと思っているんだ」
「え……?」
「死んだら呪いは解ける。所詮は人間が生み出した魔法の悪用法に過ぎない」
「それは知っています!」
それは先日レイア先生から聞いたことだ。
だから、私はここ数日、必死に死んでも呪いが残る方法について調べていたのだ。
先代公爵が亡くなっても、ヴィクター様を呪い続けることができた方法を。
「死者がヴィクターを呪っているのであれば、あいつはぐっすり寝ている」
「じゃあ、なんでヴィクター様の呪いは解けないんですか!」
「……それは、術者が生きておるからだろう」
私は、全身の力が一気に抜けて椅子にもたれ掛った。
(え……)
思ってもみなかった答えだった。
よく考えれば、レイア先生も私にそう伝えたかったのかもしれない。
「普通に考えたら分かる話だろう」
「いや、でも……それって……」
先代公爵は亡くなっている。
それは明らかな事実で。
つまり、魔女様の言葉が意味するのは……。
(……犯人は、他にいる)
ヴィクター様の周りの人間を思い浮かべる。
皆いい人達ばかりで、ヴィクター様に呪いをかけるような人間はいない……と思いたかった。
「魔女様は知っているんですよね!?」
私が叫ぶと、魔女様は黙りこんだ。
「教えてください!」
「馬鹿者」
その声には、怒りが滲んでいる。
「それを聞いてどうする。術者を殺しにでも行くのか」
「殺し……っ」
殺すのは、私には無理かもしれない。
それでも犯人を突き当てれば、『真実の愛』とやらの手がかりが掴めるかもしれない。
「お前のやることは、犯人捜しではなく――」
魔女様が言いかける。
けれど、私は既に走り出していた。
「ありがとうございました!」
「おい!」
魔女様の制止も聞かずに、家を飛び出した。
一刻も早く、犯人を捜さなければ。
私の頭の中はそのことでいっぱいだった。
◇
深夜、勉強していると、自室の扉がノックされる。
こんな時間に誰だろうと私は、ペンを置いて立ち上がった。
「……今日も勉強か?」
扉を開けると、ヴィクター様が立っていた。
いつもの不機嫌そうな顔だけれど、どこか心配そうな色が浮かんでいる。
「はい」
私が答えると、ヴィクター様は珍しく部屋の中に入ってくる。
机の上には、魔法の本が山積みになっていた。
呪いについての本、魔法陣についての本、古代魔法についての本。
それらを片っ端から読み漁っていた。
開きっぱなしの本、メモ書きだらけの紙。机の上は、すっかり散らかっている。
「……もう、こんな本を読んでるのか」
「えへへ」
ヴィクター様が、一冊の本を手に取る。
古代魔法について書かれた、かなり難しい本だ。中をぱらぱらと読んだ彼は、少し驚いたような顔をする。
「理解できているのか、これ」
「はい、なんとか」
ヴィクター様が、感心したように私を見る。
「そうか。頑張ってるな」
褒めていてくれているけれど、ヴィクター様の表情は、どこか複雑だ。
「そんなに頑張らなくてもいい」
「……駄目なんです。全然足りないんです。もっと頑張らないと」
私は、首を横に振る。
私の知識はせいぜい、魔法学校に入学できるかも怪しいレベルだ。こんな調子では、『真犯人』を見つけることすらできない。ヴィクター様を助けることなんて、できない。
「そんなに」
ヴィクター様が、息を吐くかのように、ぼそりと呟く。
「……何が、そんなにお前を駆り立てているのか。俺には教えてくれないんだな」
「え?」
小さい声だからあまり聞き取れなかった。
私は、顔を上げてヴィクター様に聞き返す。
「どうされたんですか?」
「……いや、なんでもない」
そう言って、ヴィクター様は本を机に戻す。
「じゃあ、おやすみ」
ヴィクター様が、部屋を出ていく。その背中は、どこか寂しそうで。
扉が閉まる音がして、私は一人になった。
(……切り替えなきゃ)
私は、また机に向かう。
ヴィクター様は、何か言いたそうだった。
私が、隠しごとをしているのに気づいているのかもしれない。
(だけど、今は話せない)
ヴィクター様を心配させたくないのだ。
私は、再び本を開いた。
もっともっと頑張らなきゃ。ヴィクター様のために。




