40話 「不眠の呪い」を解くために②
「で、でも、魔獣と戦ったあとにヴィクター様は眠れなくなったんですよ!?」
「ああ。だから同日に誰かが呪いをかけたのだろう。ヴィクターに気付かれないように」
私は言葉を失ってしまった。
「……ってことは、誰かがヴィクター様を貶めようとして呪ったってことですか」
「そうなるね」
ぎり、と私は奥歯を噛んだ。
そんなの、理不尽ぎる。あんまりじゃないか。
悪意を持った誰かが、まだ10歳のヴィクター様を陥れたなんて。
「そもそも魔力を呪いに転用したのは人間なんだと」
魔法と呪いは表裏一体だと殿下は続けた。
魔力を魔法に応用して文化を築いてきた人間は、魔力を悪用もしていたようだ。
それを恐れた昔の王が、呪いという概念自体を形骸化させたらしい。
「けど、このことはヴィクターには黙っていて欲しい。周囲の人間を疑って欲しくないんだ」
王太子殿下の意見に、私は深く頷いた。
だって、もし誰かが呪いを掛けたのだとしたらヴィクター様の身近な人間ということになる。
「ただでさえ人間不信な偏屈なのに、これ以上傷付いて欲しくない。アイツはもうボロボロだよ」
殿下はひどく悲しげな顔で溜息をついた。
ヴィクター様を守りたいのだという気持ちがひしひしと伝わってくる。
「大丈夫よ、アリス。私たちが責任もって調べるわ」
「ありがとう、ございます……」
二人が帰ってから、私はしばらく衝撃でぼーっとしていた。
応接室のソファに座ったまま、何も考えられなかった。
誰かが、ヴィクター様に呪いをかけたのだ。わざとに。
その事実が、頭の中をぐるぐると回る。
「ヴィクター様……」
彼が眠れずに苦しんでいるところを、近くで見てきた。
心も身体も、いつ限界を迎えたっておかしくない。
「私にも、出来ることをしよう」
殿下とマリアンヌ様にばかり任せるわけにもいかない。
私は、立ち上がった。
◇
「ヴィクター様、呪いにかけられた日のことを覚えてますか?」
夕食後、私は書斎で本を読んでいるヴィクター様に声をかけた。
「どうしたんだ急に」
「……インタビューです」
私が答えると、ヴィクター様は呆れたように目を細める。
「どうせ昼間、王太子に変なことを吹き込まれたんだろう」
図星だった。
けれど、これは大事なことなのだ。
遅効性の魔法や、遠隔魔法はまだまだ研究途中で、実用化されていない。
となれば、呪われた日に直接会った人間が、ヴィクター様に呪いをかけた犯人である可能性が高い。
「お願いです……」
目を輝かせて上目遣いで見上げれば、ヴィクター様は根負けしたように「はあ」と溜息をついた。
「あの日は、領地の魔獣を封印して――そのまま家に帰った」
ヴィクター様が、少し遠い目をしながら答える。その表情には、当時のことを思い出しているような影が落ちていた。
「だ、誰かに会ったりしませんでした?」
私が聞くと、ヴィクター様は首を横に振る。
「誰にも会ってない。家の人間だけだ」
「家の人間……」
私は、その言葉を繰り返す。
(もしかして、外部の人じゃなくて、家族の誰かが呪いをかけた……?)
そんな恐ろしい考えが、頭をよぎる。心臓が、ドクンと大きく打った。
「どうした、固まって」
「いや……何でもないです」
私は、慌てて笑顔を作った。
ヴィクター様は、立ち上がるといつものように頭痛薬――小瓶に入った液体をごくりと流しんだ。
最近知ったことだが、彼が飲む頭痛薬は毒の裏返しのようなもので、身体はボロボロになるらしい。
それでも飲まなければ、睡眠不足による頭痛で動けなくなってしまう。下手に魔法の知識を付けてしまったせいで、彼の身への深刻さが実感できるようになってしまった。
胸が、ぎゅっと痛んだ。
こんなにも苦しんでいるヴィクター様を、一刻も早く楽にしてあげたい。
「それじゃあ、私はもう休みますね」
私が立ち上がると、ヴィクター様が少し寂しそうな顔をする。
「もう寝るのか」
その声には、もう少し一緒にいてほしいという気持ちが滲んでいる気がしたけれど。
「はい。今日は疲れてしまって」
「そうか。おやすみ」
「おやすみなさい、ヴィクター様」
私は、食堂を出た。
廊下を歩きながら、さっきの会話を反芻する。
(とりあえず、ヴィクター様の家族のことを調べてみる必要がありそう)
◇
さっそく翌日。
私はオリバーさんを呼んで、応接室で向かい合って座っていた。
お茶を淹れてくれたオリバーさんは、いつもの穏やかな笑顔を浮かべている。けれど、私の表情が真剣なのを見て、少し不思議そうにしていた。
「オリバーさん、ヴィクター様が呪いにかけられた日のことを教えてほしいんです」
「アリス様はいつも唐突ですね」
「いつもすみません……」
オリバーさんには、いつも迷惑をかけてばかりだからあまり頼り過ぎたくない。
だけど、グランハート公爵家に長年勤めている彼の証言はとっても貴重なものだ。
私は、前のめりになってオリバーさんに尋ねる。
「あの日、ヴィクター様は誰と会いましたか?」
「うーん。ヴィクター様が顔を合わせたのは、家族と使用人くらいじゃないですかね……?」
ぼんやりと思い出すように、オリバーさんは目を細めた。
「あの頃のヴィクター様は、魔獣討伐人形と化してましたからね。友達もいませんでしたし」
オリバーさんが、静かに答えた。
ヴィクター様の記憶と概ね一致しているため、やはり全くの部外者がヴィクター様を呪った可能性は低そうだ。
「ちなみに、ヴィクター様を恨んでる人間っていましたか……?」
私が恐る恐る聞くと、オリバーさんは少し困ったような顔をする。
「うーん……。あの頃はまだヴィクター様も捻くれていらっしゃらなかったので、扱いに同情する使用人の方が多かったと思います」
「なるほど……」
恐らく使用人の線はないだろう、と私は思った。
グランハート領は魔法使いが多いし、オリバーさんもある程度は魔力があるけれど、呪いをかけるのは相当な手練れでないと難しいからだ。
「ヴィクター様は、当時酷い扱いを受けていたんですよね?」
「おっしゃる通りで……。旦那様と奥様は、ヴィクター様のことを目の敵にしていらっしゃいました。エレノア様が当主になるのに邪魔な存在だと思ってらしたようで」
オリバーさんが、少し悲しそうに言った。
使用人という立場は弱く、何もできなかったのかもしれない。
「ちなみに、妹のエレノア様は……?」
「ヴィクター様とエレノア様は仲が良く、一緒に魔法で遊んでいましたよ」
オリバーさんが、少し表情を和らげる。
(良かった……)
それは、せめてもの救いだった。
厳しい環境野中でも、エレノア様だけは、ヴィクター様の味方だったのだ。
「公爵家の中で、一番魔法が優れていたのは誰なんでしょうか」
私が聞くと、オリバーさんは「ええと……」と少し考える素振りを見せる。
「エレノア様――次いで先代公爵でしょうか?」
その言葉に、私の心臓が大きく跳ねる。
(もしかして、これは先代公爵が……)
不穏な思いが、私の胸の中で渦巻いていた。
ヴィクター様の父親は、エレノア様を当主にしたがっていたはず。
邪魔な息子に不眠の呪いをかけたとしてもおかしくない。
私は、カップを握る手に力が入ってお茶の表面が、小刻みに揺れる。
オリバーさんは、エレノア様が生まれた時に雇われている上に、エレノア様付きの使用人だったから、先代公爵の人柄や詳しい行動などは知らないはずだ。
(……先代公爵をよく知る人に話を聞いてみよう)
私は、オリバーさんに頭を下げて、少し出かけることにした。




