39話 「不眠の呪い」を解くために①
例の本を無事に王太子殿下に送ってから、はや一ヶ月。
私はというと、魔法学校で働くために本格的に魔法の勉強を始めた。
いくら魔道具管理だけだと言っても、一応「先生」という立ち位置になる以上、基本的な魔法の知識は不可欠なのだ。
ここ最近は、ヴィクター様が屋敷の書斎から魔法の基礎書を持ってきてくれて、それを読んでいる。
難しい言葉ばかりで、最初は全然わからなかった。
ヴィクター様の講義もちんぷんかんぷんだったものの、少しずつ魔法の種類も分かるようになってきた。
(魔法とひとくちに言っても、魔法陣を使う静的魔法もあれば、型に囚われない動的魔法もあるし……)
新しく魔法を開発することも可能だそうで、ヴィクター様は魔法学校の教員たちと日々研究にも励んでいるらしい。
彼がいつも忙しそうにしている理由がわかった気がする。
「よし!」
私は、キリのいいところで本を閉じた。
今日は、大切なお客様がやってくる日なのだ。
「アリス様、いらっしゃいました」
ちょうどやって来たオリバーさんの声掛けで、私は急いで応接室へ向かった。
そこには、見目麗しい二人が並んで立っている。
「やあ、久しぶり」
王太子殿下が、ひらひらと手を振った。
相変わらず、眩しくて爽やかな笑顔だ。
「久しぶり! 会いたかったわ!」
マリアンヌ様が、小走りで私にぎゅっと抱き着いてきた。
花のようないい香りがする。
「それで、アリス。最近はどう?」
「最近ですか?」
「お話きかせて?」
マリアンヌ様が、優しく聞いてくれたから、私は、軽く最近の出来事を話した。
魔法学校に行ったこと。ヴィクター様の授業を見たこと。魔法の勉強を始めたこと。
マリアンヌ様は、頷きながら嬉しそうに聞いてくれた。
「それだけじゃないでしょ?」
「えっ?」
「両想いになったんですって!?」
マリアンヌ様が、嬉しそうに言うものだから私は弾かれたように顔を上げる。
「……なんで、それ」
「呪いを解く関係で、ヴィクターから聞いた」
王太子殿下が、にっこりと笑った。
どうやら、私たちの関係はこの2人には筒抜けらしい。
ソファに座ったタイミングで、オリバーさんがお茶を持ってきてくれた。
「ま、でも、結局、不眠ジジイのままかぁ……」
王太子殿下が、残念そうに言った。
「というか、当のアイツはどこいったの?」
「魔物の封印が解けてないかの見回りをしてくると」
私が答えると、王太子殿下は少し呆れた顔をした。
「僕に会いたくなかっただけだろ」
確かに、ヴィクター様は「王太子が来るなら俺は出かける」と言って出ていった。
面倒だから、という理由で。
王太子殿下が傷つくだろうから、私は黙っておいた。
「まあ、ジジイがいないのは好都合だな」
王太子殿下が、腕を組んで少し真剣な顔になった。
「まずは、本をありがとう。本当に助かった」
王太子殿下が、テーブルの上に例の本をことんと置いた。
私がヴィクター様に内緒で、なんとか手に入れた「第2古語訳」の呪いの本だ。
「お役に立ててよかったです。それで何かわかったのでしょうか……」
私が聞くと、王太子殿下とマリアンヌ様が顔を見合わせた。
少し、沈黙が流れる。
王太子殿下が、ゆっくりと口を開いた。
「もしかしたら……魔獣が呪いをかけたわけではないのかもしれない」
「……えっ」
私は、思わず声を上げた。
ヴィクター様は魔獣と戦ったあとに、不眠になったと言っていた。
それなのに。
「魔獣は呪いをかけない。本にはそう書いてあった」
王太子殿下が、真剣な顔で続ける。
「じゃ、じゃあ何が原因で……?」
動揺したまま殿下にそう聞けば、彼は気まずそうに視線を逸らした。
「誰かが――人間が、ヴィクターに不眠の呪いをかけたということだ」




