37話 魔法学校へ潜入せよ②
魔法学校の前につくと、門番の魔法使いさんが門を開けてくれたのだが、その先は断崖絶壁になっていた。
平地から見て山の上にあるように見えていたのだから、高地にあることは予想していたけれど。
「これ、どうやって行くんですかね……?」
まさか、この絶壁をロッククライミングしていくわけではないだろうし。
そう思っていると、ヴィクター様が徐に箒を取り出したのだ。
私は驚いて、箒を見つめた。
「もしかして、これに乗るんですか?」
「ああ。掴まってろ」
ヴィクター様が箒にまたがって、私に手を差し伸べてくれた。
私は、恐る恐る後ろに乗って、ヴィクター様の背中にしがみつく。
すると、ふわりと体が浮いた。
「すごい! ホウキで空飛んでる!」
私は思わず声を上げた。
魔法使いが箒で空を飛ぶのはおとぎ話の中だけだと思っていたから、興奮が止まらない。
地面が、どんどん離れていき街が小さく見えていく。
「危ないから校区外は禁止だけどな」
ヴィクター様が言った。
「魔法学校には危険な魔法薬や禁書なども保管されているから、魔法学校の関係者以外は立ち入れないように、魔法を使わないと入れないようになっているんだ」
(禁書……!)
思わずどきっとしてしまう。
禁書を持ち出すわけではないけれど、やろうとしていることは似たようなことだ。私みたいな不届きものが入れないように、箒で空を飛ぶ必要があるのだろう。
(まあ、入れちゃったんですけど……)
やがて、魔法学校の塔が見えてきた。
近くで見ると、魔法学校は思ったよりも大きかった。白い石でできた塔は、空を割る勢いでそびえ立っている。
ヴィクター様が、学校の入り口に着地した。私は箒から降りて、辺りを見回した。
「ここが、魔法学校……」
入り口には、見上げると首が痛くなるほど大きな扉があった。魔法陣のような模様が彫られており、ヴィクター様が手をかざすと淡く光り出す。
「行くぞ」
ヴィクター様が、扉を開けると、そこは大きなホールが広がっていた。
生徒たちが、せわしなく歩いており、みんな、ヴィクター様と同じようなローブを着ていた。
大きな階段の上にあるステンドグラスの影が床に落ちているため、きらきらと輝く水面を歩いているかのような気持ちになる。
「すごい……」
「こっちだ」
ヴィクター様が、廊下を歩き始めたため、私は、慌てて後を追った。
廊下の両側には、教室がある。中から、先生の声が聞こえてくる。
「今日は、火の魔法について学びます」
教室の中を覗くと、生徒たちが手に火を灯していた。
「わぁ……」
私は、感動して見つめる。
本当に夢の中に迷い込んでしまったのようだった。
「あら、ヴィクター。今日、講義はなかったはずだけれど?」
しばらく廊下を歩いていると、綺麗なお姉さんに出くわした。
長い銀色の髪に、青い瞳。胸元が大胆に開いたドレスを纏っており、魔女らしくとんがり帽子を被っていた。
「レイア先生。今日は、婚約者を連れてきたんです」
「……ふぅん」
ヴィクター様が、私を紹介してくれたため、慌ててぺこりと頭を下げると、レイア先生が品定めするように私を上から下まで見た。
「ふふっ、可愛い子猫ちゃんね」
彼女は、私の方をじっと見て言う。
「ヴィクターは偏屈でしょう? 家では大丈夫? 学校ではいつも――」
「……や、やめてください」
ヴィクター様が、レイア先生の話を慌てて遮った。
しばらく二人しか分からない話を続けられ、私はモヤモヤとしていく。
(こ、これは、親切ぶったマウントでは……!)
想いもよらないライバルの登場に、私は身構えてしまう。
「私、この子が学生の時の担任の先生なの」
「へ、へえ……」
どおりでヴィクター様が気兼ねなく話しているわけだ。
「ヴィクターの父親も私が受け持った教え子だし」
「…………えっ」
なんか時系列がおかしくないか。
ヴィクター様の父親の先代公爵は生きていれば、50代くらいだろう。
「ちなみにあの先生も私の教え子よ」
レイア先生が指さした先には、頭が寂しくなっているおじいちゃん先生がいた。
私は思わず、レイア先生とおじいちゃん先生を何度も見比べる。
(じゃ、じゃあ、この方は一体何歳……)
私は、改めてレイア先生を見つめた。どう見ても、彼女は20代にしか見えない。
「……ふふ、勘違いさせちゃったかしら。私もまだまだ若いってことね」
そう言った後に、そっと私の耳に顔を寄せる。
「ヴィクターは赤ん坊みたいなものだから、安心してちょうだい」
「……っ!?」
もしかして、私はただ彼女にからかわれていただけだったのだろうか。
私が恥ずかしそうに俯けば、レイア先生が、満足そうに笑う。
「にしても、子猫ちゃん、貴女、魔力が全くないのね」
「お恥ずかしながら……」
レイア先生が、私の顎にそっと手を添えてじっと見つめてくる。
「うちの学校の備品倉庫で働かない?」
「スカウトは辞めてください。魔法学校の備品倉庫は危ない物ばっかでしょう」
ヴィクター様が、呆れたように言う。
「あら、ヴィクター。かわいい子には旅をさせろっていうじゃない?」
「魔力が無いと危なすぎます」
「これだから過保護な男は……」
レイア先生が、不満げに口を尖らせたあと「ああ」と思いついたように手を叩いた。
「ところでヴィクター。今日は、魔法基礎学の常勤講師が風邪でお休みなんだけれど」
「……どういうことですか」
「授業、代打、よろしく」
レイア先生が、ウインクをしてにっこり笑った。
「拒否権は」
「ないわよ、そんなの」
どうやら、ヴィクター様はレイア先生に頭が上がらないらしい。眉間を押さえながら、彼はそれはそれは深く溜息をついた。
「1時間半だ。少しここで大人しく待ってろ」
「わっ、わかりました」
ヴィクター様が、教室へ向かっていく。
思いがけず、図書室に向かうチャンスができたと喜んでいた時だった。
「と、こんなもので、いいかしら? 魔力なしの子猫ちゃん」
「……えっ」
私は、驚いて顔を上げた。
「ヴィクターに秘密でやることがあるんでしょう? ずっと過保護男にくっつかれてちゃ、何にもできないものね?」
「……レ、レイア先生!」
私は、思わず声を上げた。
レイア先生は、とびっきり美しい笑顔を向けたあと、唇に人差し指を添えた。
「大丈夫よ。これは女だけの、ひみつね」
その仕草に、思わずドキドキしてしまう。
ヴィクター様がレイア先生に頭が上がらない理由もきっとこういうことの積み重ねなのだろう。
私は、近々魔法学校で働くことも視野に入れながら図書室に向かった。




