31話 大好きなあなたに贈る魔法②
草の上に座って、私たちは並んで空を見上げる。しばらくすると、ヴィクター様が、ゆっくりと話し始めた。
妹の方が優遇されていたこと。両親からは愛情が注がれなかったこと。
周囲の貴族からも、幼い頃から風当たりが強かったこと。
「俺は――出来損ないだった。公爵家に生まれた長男なのに、魔力量が少なかったから」
その言葉に、私は驚いて彼の方を見た。
確かに、妹と比較すればその限りではないだろうけど、ヴィクター様の魔力が少ないなんて思ったことはなかったからだ。
「別に、魔力は少なくはないのでは……?」
「少ない。小手先の技術で誤魔化しているだけだ」
私はエドが言ったことを思い出した。
確かに、ヴィクター様の魔力は他の人と比べても少ないのかもしれない。それでも。
「それって逆にすごいことなのでは?」
「は?」
魔力が少ないのに、魔獣を封印することができるレベルまで魔法を磨き上げたのだ。
間違いなくこの国の魔法使いの筆頭だろう。
「だって、とてつもない努力をしたんですよね? 普通の人じゃ絶対にできません!」
「ほんとうに……お前は」
「……?」
なぜか、子どもにするように、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
私が首を傾げていると、彼は再び顔を上げて空を見つめた。
「妹が――行方不明になった時は、信じられなかった。死体が見つからなかったから、両親は借金をして大規模な捜索をしたな」
ヴィクター様が、自虐的に小さく笑った。
「妹は俺と唯一対等に接してくれた家族だったから悲しかったよ。けど、正直、父と母が死んだときは何も思わなかった。寂しい人間だろ」
「――いいんじゃないですか」
私がそう言うと、ヴィクター様が、少し驚いた顔でこちらを見つめる。
「私も別に、叔父と従妹のこと好きじゃないですし」
血が繋がっているから、大切にしてくれるわけではない。
それは実家で痛いほど思い知ったことだった。
「……それに、ヴィクター様は私がいるから今は寂しくないでしょう?」
「自分で言うのか、それ」
真っ赤な目を細めて、呆れたような表情をされる。
だが、その直後にヴィクター様らしくない優しい笑みを浮かべられた。
「確かに。お前のいない生活は、考えられないな」
「えっ」
どうせいつものように否定されると思っていたのに。
彼の口からでたとは思えない、甘すぎる言葉に思わず固まってしまった。
これは私に都合のよすぎる夢の可能性がある。
「ごめんなさい、耳が悪いみたいで……」
「お前のいない生活は考えられない、と言った」
「……ひっ」
どうしよう。ついに、ヴィクター様はおかしくなってしまったのだろうか。
私が目をぐるぐるさせていると、ヴィクター様が、ゆっくりと口を開いた。
「怪我をした時、お前のことを考えていたと言っただろう」
彼は、まだ空を見上げたままだった。
「あの時、お前の心配をしていたんじゃなくて、俺の心配をしていたんだ」
「ヴィクター様の心配?」
「そうだ。お前がもし他の男のところへ行ってしまったらどうしようかと思って気が気じゃなかった」
私は、息を呑んだ。
「ずっと頭がお前のことでいっぱいになって。胸が苦しくて――」
私の頭の中に、マリアンヌ様の言葉が蘇った。
『ドキドキして胸が苦しくなって、その人のことしか考えられなくなるのよ』
心臓が高鳴って、こんなに寒いのに体温だけが上がっていく。
「ヴィクター様、それって」
その答えを確かめたくて、ヴィクター様の方を見ようとすると、なぜか手で制止された。
「いま、お前の顔を見ることができない」
ヴィクター様は、まだ空を見上げたままだった。
横顔が、熟れたリンゴのように真っ赤になっているのを見て、私の心臓が、大きく跳ねた。
これは、もしかして。
私は、震える声で言った。
「それじゃまるで……」
言葉が、喉に詰まる。
心臓の音が、うるさいくらいに響いている。
「それじゃまるで、私のことが好きみたいじゃないですか……」
その言葉を口にした瞬間、ヴィクター様がこちらを向いた。
赤い瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
その目は、真剣そのもので。私は、息ができなくなった。
「もし、そうだと言ったら、嫌いになるか?」
その声は、いつもの不機嫌そうな声じゃなかった。
どこか不安そうな、子どものような弱々さで。
私は、胸に手を当てた。心臓が、早鐘のように鳴っている。
顔が、熱い。
ヴィクター様の目を、まっすぐ見ることができないまま、私は、小さく首を横に振った。
「嫌いになんて……なるわけ、ないです。どれだけ自信が無いんですか!」
その言葉を口にした瞬間、ヴィクター様の目が見開いた。
私は、続けた。
「私も……私も、ヴィクター様のことが……」
言葉が、出てこないけれど、ヴィクター様は黙って待っていてくれた。
なぜか泣きそうになりながら、私はやっとのことで言葉を紡ぐ。
「好き、です」
ヴィクター様は、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと私に近づいてきて、私の頭に、手を置く。
「……本当に、変わった奴だな。俺みたいな出来損ないを好きになるなんて」
「出来損ないなんかじゃないです」
私は、ヴィクター様の手を握った。
「ヴィクター様は、誰よりも優しくて、強くて、素敵な人です」
ヴィクター様は、少し驚いたような顔をした。
それから、また笑った。
「……ありがとう。俺もお前のことが好きだ」
そう言って、ヴィクター様とこつんと額を合わせた。
このままだと、どんどん彼のことを好きになっていって自分の感情で溺れて息もできなくなりそうだ。
まるで魔法にかかったかのようだった。
笑い合うだけで、本当に幸せで、胸がいっぱいだった。




