32話 もしこれが、おとぎ話なら①
屋敷に帰ってくると、玄関でオリバーさんが待っていた。
私たちの姿を見た瞬間、彼の顔がにやりと歪んだ。
「あらぁ、あらあらあらあら」
オリバーさんが、嬉しそうに近づいてきた。ずいっとヴィクター様の顔に近づく。
「なんだか、雰囲気が違いますねぇ? これは、もしかして、これはもしかして~」
「うるさい」
ヴィクター様が、不機嫌そうに言った。けれど、その顔は少し赤くなっている。
誰がどうみても、何かあったことは明らかだった。
「わーっ、おめでとうございます!」
オリバーさんが、両手を叩いて喜んだ。
「料理長に言って、ケーキでも作ってもらいましょう。それから王太子殿下にもお知らせを――」
「おい、余計なことするな」
ヴィクター様が慌てて止めようとしたけれど、オリバーさんは既にスキップをしながら奥へと消えていった。
私は、その様子を見て思わず笑ってしまった。
「何を笑ってるんだ」
「いや、いつもの日常が戻って来たなあって」
舞踏会に行ってからというもの、慌しい日々が続いていた気がする。
私たちは、応接室に入って、ソファに隣り合って座る。
「ところで、私たちってどうなるんですか」
「どうなるって?」
「ほら、両想いになったら普通はお付き合いするでしょ。でも、私たちってもう婚約者だから……」
「恋人兼、婚約者ってことだろう」
ヴィクター様はなんでもないように言う。
なんだか浮かれているのが私だけの気がして悔しくなってしまう。
「……じゃあ、私のこと名前で呼んでください」
私が言うと、ヴィクター様が石像のように固まった。
「は?」
「だって、ヴィクター様、私のこと『おい』とか『お前』としか呼ばないじゃないですか。熟年夫婦ですか」
私が少し不満そうに言うと、ヴィクター様は視線を逸らした。
「それは……」
言葉に詰まっている。
私は、少しいじわるな気持ちになって、身を乗り出した。
「ほら、呼んでみてください」
「今じゃなくてもいいだろう」
「今がいいんです!」
私が言い張ると、ヴィクター様は観念したように小さく息を吐いた。
「ア……」
そこで何を思ったのか彼は立ち上がった。顔を見られたくなかったのだろうが、真っ赤になっているのが丸わかりだ。
「アリス……」
そう言いながら、ヴィクター様はへなへなとしゃがみこんだ。
私は思わず笑って、彼の前にしゃがんだ。
照れた顔を見つめながら、最上級の笑顔で彼のことを見つめる。
「馬鹿にするな。どっか行け」
ヴィクター様が、ぐい、と顔面を手で押しやってきた。
「またまた」
私が笑うと、ヴィクター様はますます顔を赤くした。
◇
夕食の時間になった。
食堂に入ると、テーブルの上には豪華な料理が並んでいた。
ローストビーフ、魚のソテー、色とりどりのサラダ。そして、中央には大きなケーキが置かれている。
「オリバー、何だこれは」
「お二人のお祝いです!」
オリバーさんが嬉しそうに答えた。その手には、封筒が握られている。
「オリバー、なんだ、その手紙は」
ヴィクター様が、不穏なものを察知したかのように聞いた。
「王太子殿下に報告しようかと」
「やめろ、お前。封印するぞ」
ヴィクター様があまりに怖い顔をするものだから、オリバーさんは、顔を青くしながら手紙をポケットにしまった。
豪華な夕食はどれも美味しくて、私は幸せな気持ちでいっぱいになる。
お腹が膨れると、段々と眠くなってきて、私はあくびをする。
「……ん?」
そこで、私は気が付いた。
これはひょっとすると。
「もしかして、ヴィクター様は、『真実の愛』を知ったんじゃないですか?」
私が言うと、ヴィクター様とオリバーさんが同時にこちらを見た。
私たちは両想いになった。ヴィクター様も「好き」という感情を知った。
「ということは、ヴィクター様は眠れるんじゃないですか!?」
その言葉に、部屋が静まり返った。
ヴィクター様が、ゆっくりと口を開いた。
「そうなる……のか?」
その声には、期待と不安が混じっていた。
「魔女様は、真実の愛で呪いが解けるって言ってましたよね」
「確かに、そうですね。試してみる価値はあります」
ヴィクター様は、少し考え込む仕草をしてから言った。
「全然眠くないんだが」
「横になったら自然に眠くなりますよ」
私が言うと、ヴィクター様は少し不安そうな顔をした。
「なるほど?」
10年以上も眠っていないヴィクター様にとって、眠るというのは未知の体験なのだろう。




