30話 大好きなあなたに贈る魔法①
数日後、ヴィクター様はすっかり元気になった。私が魔道具庫で仕事をしていると、ヴィクター様が入ってきた。
「行きたいところはあるか」
「突然、どうしたんですか……」
ヴィクター様は合理主義なので、意味のないところへは出かけることはきっとない。
そう思っていると、ヴィクター様は、少し視線を逸らしながら言った。
「この前は、申し訳なかった、色々と……」
どうやら、先日倒れたことを申し訳ないと思っているらしい。
私は思わず目を丸くした。
「……ヴィクター様から、謝罪の言葉をいただく日が来るとは思っていませんでした」
「俺をなんだと思っているんだ」
ヴィクター様は頭をガシガシと掻きながら続ける。
「だから、詫びとしてどこかに連れて行ってやる」
「ほんとですか!?」
「本当も嘘もあるか」
私は、いそいそと魔道具を片付けながら、行きたいところを考える。
グランハート領の中には、まだ行ったことの無い街もあるし、自然が綺麗な秘境もあると聞いた。
「そうだなぁ……」
綺麗なドレスに可愛いカフェ。きっと今のヴィクター様ならどこにでも連れて行ってくれそうだけど。
私が一番見たいものは。
「私、もっとヴィクター様の魔法が見てみたいです!」
私が笑顔で言うと、ヴィクター様は意外そうな顔をした。
私がヴィクター様の魔法を見たことがあるのは、王都で花火を作った時だけだった。
あれは本当に綺麗だった。
「そんなのでいいのか」
「そんなのってなんですか! 魔法って素晴らしいんですよ!」
私が抗議すると、ヴィクター様は「変なやつ」と言って小さく笑った。
「わかった。じゃあ、外に出よう」
ケープコートを羽織り、手袋を嵌める。グランハート領は驚くほど寒いので、外に出るならば、着こみ過ぎるくらいではないと凍死してしまう。
準備ばっちりだと外に出ようとした時、ヴィクター様が私に近づいてきて、髪に手を伸ばした。
「……髪、ほこりがついている」
ふわりと頭を撫でられて、思わず心臓が跳ねた。
こういうところで年上の兄感を出してくるからずるい。
何だかいつもドキドキさせられてばかりな気がしてしまって悔しくなった。
◇
私たちが馬車に乗ってしばらくすると、森を抜けた先に開けた場所が見えてきた。
馬車を降りると、そこはまっさらな広場だった。何もない、ただ草が生えているだけの場所。空が広くて、遠くまで見渡せる。
「ここなら、人目を気にせずに魔法が使える」
確かに周囲に人気も無くて、思う存分魔法を使っても問題はなさそうだった。
ヴィクター様が、広場の真ん中に立った。
「見てろ」
そう言って、ふわりと手をかざす。
すると、空中に小さな光の球が浮かんだ。
それがゆっくりと形を変えて、花になった。光でできた、美しい花だった。
「わぁ……」
私は、てっきり、炎や氷を使った激しい魔法を繰り広げるものかと思っていたため、いい意味で拍子抜けだった。
花は、ゆっくりと回転しながら、色を変えていく。青から赤へ、赤から黄色へ。
(……ん?)
私はその魔法に首を傾げた。つい最近、どこかで見たような――。
「あっ! その魔法、魔女様が使っているの見ました!」
「えっ」
私がそう言うと、ヴィクター様が驚いた顔でこちらを見た。
「この魔法は俺が作ったものなんだ。見せたことがあるのは、家族と王太子くらいか?」
――それならば、なぜ魔女様が知っているのだろうか。
疑問が浮かんでくるけれども、あの魔女様のことだからどこかで盗み見たのかもしれない。
ヴィクター様は、「ふっ」と得意げな笑みを浮かべた。
「……だが、この魔法には俺だけの続きがある」
ヴィクター様が、もう一度手をかざすと、光の花が弾けて、私の元に本物の花束となって落ちてきた。
私はそれをぽすんと受け止めた。生花の香りが、私の鼻をくすぐった。
「ヴィクター様、すごいですね、この魔法――」
「まだ、終わっていない」
「えっ」
ヴィクター様の言葉に、顔を上げる。
すると、先ほどの光の粒たちは、ふわりと舞い上がって空に向かっていって、グランハート領の曇った空に、晴れ間が出た。
そうして、小さな青空には――。
「わ! 虹だ……っ!」
大きな虹がかかっていたのだ。
空いっぱいに広がる七色の光。その美しさに、私は思わず息を呑んだ。
虹の光は柔らかくて、けれど鮮やかで。
まるで魔法そのものが生きているかのように、ゆらゆらと揺れている。
こんなに美しい魔法があるなんて、私は知らなかった。
「まあ、俺には似合わない魔法だろうが……」
ヴィクター様は自虐的にそう言っていたけれど、私は、堪えきれずに涙を流していた。
「お前、なんで泣いてるんだ……」
「魔法が綺麗で、感動して……!」
私は、花束を抱きしめながら言った。
やっぱり魔法ってすごいと改めて思う。
「なんだそれ。こんな魔法、何の役にも立たないからと馬鹿にされた魔法なのに」
「誰ですか、そんなこと言った人」
「俺の両親」
ヴィクター様の横顔は寂しそうだった。
幼い頃の彼が、どんな思いでこの魔法を披露したのか彼の両親は分かりっこないのだろう。
きっと、ヴィクター様は純粋に「すごい」と言って欲しかっただけなのに。
私は、涙を拭いて顔を上げた。
「ヴィクター様のお父様もお母様ももったいないですね! こんな素晴らしい魔法使いに気付かなかったなんて!」
私は、空に向かって大声で叫んだ。
確かに、ヴィクター様よりずっと妹のエレノア様の方が優れているように見えたのかもしれない。
だけど、周囲の人間は何にも分かっていない。
「ヴィクター様、5年前にエヴァンス領で出た魔獣のこと覚えてますか?」
「ああ。まだ学生だったから、苦労しながら封印した記憶がある」
やっぱりそうなんだ、と私は震える手を握りしめる。
私が知らなかったのは、きっとヴィクター様が目立たないように、彼の両親が功績を広めなかったからだろう。
「その魔獣は――私の両親を食い殺した魔獣です」
「……」
ヴィクター様の赤い瞳が、大きく見開かれた。
「あの時、私の両親の仇を討ってくれてありがとうございました」
私は、深く頭を下げた。感謝の気持ちでいっぱいだった。
だってどんなに魔獣を恨んでも、私には魔獣なんて倒すことができないのだから。
「ヴィクター様は、私以外にもきっと沢山の人を救っているはずです」
「そうだろうか」
「そうです、絶対に!」
思わずぐいぐいとヴィクター様に迫ってそう言うと、ヴィクター様は憑き物が落ちたような表情をしている。
「少し、昔の話をしてもいいか」
私は、その言葉に深く頷いた。




