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魔力なしの出来損ない令嬢ですが、不眠公爵様に溺愛されています  作者: 甘夏 みみ子@5/22発売!白い結婚の旦那様と紡ぐ、最後の一ヵ月


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29話 君の世界に居たいのに:後編④

 

(ど、どうしよう~~~っ)


 私は、ティーセットを持ったまま、ひとりヴィクター様の部屋の前をうろうろしていた。

 思い出すのは、昨日の私の発言だった。


『そんなの、ヴィクター様のことが好きだからに決まってるでしょ!』


 魔女様を呼びに行くときにそう叫んだことを思い出し、私は頭を抱えた。ヴィクター様とどんな顔で会ったらいいのか分からない。


 だが、同じ家に住んでいる以上いずれ顔を合わせるわけだし、せっかく作ったお守りも渡さなければならない。


(ええい、どうにでもなれ!)


 前向きなのは、私の取り柄だ。

 私は、勇気を出してノックをする。


「入れ」


 中から、いつもの不機嫌そうな声が聞こえた。

 私は扉を開けて、中に入る。


 ヴィクター様は、ベッドに座っていつもの本を読んでいた。顔色は良くなっていて、昨日までの苦しそうな様子はない。


「ヴィクター様、身体は大丈夫なんですか」


 私が心配そうに聞くと、ヴィクター様は本から顔を上げた。


「お前が飲ませたクソまず薬のおかげでな」

「嫌味を言う元気があるようで安心しました」


 私はベッドの横の椅子に腰かける。

 あまりにも普通すぎるヴィクター様の様子からして、例の告白は覚えていないのかもしれない。


 私はいつもと変わらない様子で彼に話しかける。


「ヴィクター様が、魔獣に襲われるなんて珍しいですね」

「……そうだな」


 彼は本を閉じて、窓の外を見た。


 私は、ハーブティーを淹れようと思って、サイドテーブルにカップを置いた。

 こぽこぽとティーポットから注ぎ入れて、ヴィクター様に渡す。


「あの時は、考え事をしていたんだ」

「そうなんですね」


 ヴィクター様は、もやもやと悩むタイプには見えない。

 一体何について考え込んでいたのか聞こうと、ハーブティーに口をつけた時だった。


「お前のことだ」

「……ぶっ」


 突然、ヴィクター様がそんなことをいうものだから、私は思わず、飲んでいたハーブティーを吹き出してしまった。


「おい、病人の顔にハーブティーをかけるな」


 ヴィクター様が、今にも噴火しそうな表情のため、私は転げまわりながら急いで拭くものを探す。


「失礼しました! 失礼しました!」


 私は慌ててハンカチを差し出した。

 ヴィクター様は、それを受け取って顔を拭いたあと、ふとハーブティーまみれになったハンカチを見て黙り込んだ。


「わ、私、ヴィクター様が思い悩むほど、何かやらかしましたっけ。も、もしかして最近魔道具管理をサボっているのがバレて……」

「魔道具管理はサボるな!」


 ヴィクター様が大きな声を出したため、私は思わず身を縮めた。


「ハンカチだ」

「……はんかち?」

「刺繍のハンカチを渡していただろう」


 私は、「ああ!」と声を上げる。


「ああ、エドに渡しましたよ! ――ミア様からのハンカチ」

「は? 子爵令嬢の?」

「この前のお茶会で頼まれたんです。二人ってば、絶対両想いなんですよ」


 そういえば、この話はヴィクター様にしていなかった気がする。


 嬉々として二人の馴れ初めを話せば、ヴィクター様がなぜかベッドの上で項垂れていた。

 まるで魂が抜けたような、彼とは思えない間抜けな表情である。


「ヴィクター様?」

「殺してくれ、今すぐ」

「と、突然どうしたんですか」


 ヴィクター様は、ふうと息を吐くと、私の方を力なく見つめる。


「お前が、あのエドとかいう男のことを好きなんだと、そう思った……」

「いやいや、まさかぁ!」


 私がエドのことを好きだなんて、絶対にありえない。

 そもそも再会したばかりなのに好きも何もないだろう。


 だが、ヴィクター様は本気でそう思い込んでいたらしく、笑い飛ばした私のことを恨めしそうな目で見つめてきた。怖い。


「……お前は、ここから逃げ出したいとは思わないのか?」

「え?」


 突然の言葉に、私は戸惑う。


「お前は、あのお節介王太子の命でここにやってきただけだ。嫌だと言えば、婚約解消もできる」

「じ、実家に戻るのは嫌ですよ!」


 私は慌てて言った。


 実家に戻るなんて、考えただけでも嫌だ。またあの冷たい環境に放り込まれると思うだけで、ぞっとする。


「――それなら新しい住居を用意してやる」

「はい?」

「ここに居たくないのなら、環境を整えてやる」


 まさか、この人は、本気で私がここに居たくないと思っているのだろうか。

 実家よりはマシだから、ヴィクター様の隣にいるわけなんかじゃないのに。


「私は、消去法でここにいるわけじゃないです。私が居たいから、ここにいるんです」


 ヴィクター様が、驚いたような顔で私を見つめる。

 全くこの人は――どれだけ自分に自信がないのだろう。


「だって、私は……」


 言葉が、喉に詰まる。


 頭の中がヴィクター様のことばかりで、もうそれしか考えることができない。

 朝も、昼も、夜も、全部、全部。

 私は、ヴィクター様のことがどうしようもなく好きになってしまったのだというのに。


(それなのに、この人は……!)


 私は告白の代わりに、手に持っていたお守りをずいっと差し出す。


「あげます!」

「これは?」

「今日、魔女様と作ったお守りです」


 私は、お守りをヴィクター様の手に乗せた。


「私がここから逃げたいと思ってたら、わざわざこんなことはしません」


 ヴィクター様は、お守りをじっと見つめていた。

 それから、小さく笑った。


「……下手くそ」

「えっ」


 私は思わず顔を上げた。ヴィクター様は、笑顔だった。

 いつもの不機嫌そうな顔じゃなくて、本当に心の底から嬉しそうにくすくすと笑っていた。


「想いの込め方が下手だ。もっと指先に意識を集中してだな……」


 ヴィクター様が、お守りを持ったまま説明し始めた。


「想いは一点に集中しないと、効果が分散するんだ。そもそも、魔力に付与する想いは――」


 ヴィクター様は、先生のように私に解説という名のお説教をし始める。

 いつもと変わらないヴィクター様の様子を見て、思わず笑ってしまった。


「何を笑ってるんだ」

「だって、せっかく作ったお守りを下手くそって。やっぱり、ヴィクター様だなって」


 くすくすと笑いが止まらない。

 だって、その下手くそという言葉ですら、彼の嬉しい気持ちが込められているのが伝わってきたから。


「ヴィクター様は、あまのじゃくですね」

「はぁ?」


 そう言って、笑っていると何故かむっとした顔のヴィクター様がこちらを見つめていた。


 お守りをサイドテーブルに置いて、布団をぎゅっと掴んだヴィクター様は、真剣な眼差しで私を射抜く。


「……嬉しい」

「え?」

「お前が、俺のために作ってくれたことが、嬉しい! これでいいか!」


 突然ストレートな言葉が飛んできて、私は思わず顔が熱くなっていく。

 なんで、こんなやけくそみたいな褒め言葉にドキドキしてしまうのだろう。


(……ほんとうに、ずるい人)


 どうか、どうか、ヴィクター様の世界に、私も居ますように。

 そう思ってしまうのは、きっと彼のことが好きになってしまったからだ。


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