25話 君の世界に居たいのに:前編④
エドが帰った後、私はヴィクター様の帰りを待ち続けていた。
様子がおかしいことはオリバーさんも感じ取っていたようだけど、思い当たることはないらしい。
夕食の時間もとっくに過ぎた頃、玄関の方から扉の音がした。
私は慌てて玄関へ向かう。
(……えっ)
そして、直後、目を疑った。
ヴィクター様が、ボロボロの状態で立っていた。服は破れていて、肩からは血が滲んでいる。顔色も悪い。
「ヴィクター様!」
私は駆け寄った。
ヴィクター様は肩で息をしていて、とても辛そうだった。
「ヴィクター様、血が……」
「魔法で止血してある」
「でも!」
「いい、触るな」
私が手を伸ばすと、ぱしん、と手が払いのけられた。まるで、犯罪者でもみるような冷たい目で、私を見ている。
「夕食は……」
「いらん」
ヴィクター様はそう言って、書斎の方へ歩いていこうとした。
まるで、出会った頃に戻ったかのような冷たい、拒絶的な態度だった。
私は、胸が痛くなった。
「とりあえず、傷の手当てをしませんか!」
私がそう言うと、ヴィクター様は立ち止まった。
「いらんと言っただろう」
「でも、薬は塗らないと!」
私は諦めずに、ヴィクター様の腕を掴んだ。強く引っ張ると、彼は諦めたかのように溜息をついた。
「……好きにしろ」
私はオリバーさんを呼んで、応接室で手当てをすることにした。
ヴィクター様はソファに座って、上着を脱ぐ。肩には、直視するには痛々しい深い傷があった。
「魔獣に噛まれたのですか? 久々ですね」
「ああ。油断した」
私はオリバーさんの手伝いをしながら、てきぱきと傷の処置をしていく。
「そういえば、今日エドがヴィクター様に美味しいお菓子持ってきてくれて!」
そう言うと、彼の肩がぴくりと震えた。
「それがすっごく美味しいんですよ。食欲が無くても、食べられると思います」
ヴィクター様は、甘い物は比較的良く食べる。
今日のエドの美味しいお菓子を食べれば、元気がでるかもしれない。
処理を終えた私は、お菓子を取りに行こうと立ち上がる。
「エド、ヴィクター様に会いたがってましたよ」
「……」
「すっごくヴィクター様のことを尊敬していて! エドは――」
ヴィクター様の顔が、一層不機嫌になった気がして私は口を噤む。どうしたのかと尋ねようとした瞬間だった。
「エド、エドって。じゃあ、そのエドに養ってもらったらどうだ」
オリバーさんも救急箱を持ったまま、こちらを振り返る。
「な、なんでそんな話が飛躍するんですか」
「……もういい」
ヴィクター様は立ち上がった。
けれど、一歩踏み出して――ずるりと、崩れ落ちた。
「ヴィクター様!」
私とオリバーさんが慌てて支えた。
ヴィクター様の体が、異常に熱い。おでこに手を当ててみて、私は驚いた。
「わっ、凄い熱……!」
オリバーさんが、さっと顔色を変えた。
「すぐに部屋へ運びましょう。毒かもしれません」
◇
私たちは、二人がかりでヴィクター様をベッドに運んだ。
背が高いから、思ったよりもずっと重くて、オリバーさんと一緒じゃなかったら運べなかったと思う。
なんとかベッドに寝かせると、ヴィクター様は荒い息を吐いていた。
けれど、かすかに目は開いている。
眠れない呪いがあるから、こんなに辛くても意識はあるのだ。
「……おそらく、魔獣による、熱だ。放置していれば、俺の魔力で、勝手に、なおる」
ヴィクター様が苦しそうに言った。
額には汗が浮いていて、顔色が悪い。
「ですが、今までこんなに悪化したことはないでしょう!」
オリバーさんが焦った声を上げた。いつもの冷静なオリバーさんが、こんなに慌てているのを初めて見た。
「このままじゃ、危険です。医者を呼びます」
「いらん。医者では、魔獣の毒は治せない」
確かに、そうかもしれない。普通の医者では、魔獣による症状の治療は難しいかもしれない。
「では、魔女様を呼びましょう」
オリバーさんとヴィクター様が、私を見た。
きっと、ヴィクター様の呪いについても知っている稀代の魔女様なら、この症状もすぐに治せるはずだ。
「あの森にいる魔女様なら、何か方法を知っているかもしれません」
「ですが、魔女様はとても気まぐれな方だと聞きます」
「私は面識があるので、直接行って交渉してきます」
「しかし、この時間におひとりで……」
オリバーさんが私を引き留めようとするけれど、私は初めて反論する。
「どうするんですか! もし、ヴィクター様が死んじゃったら!」
これ以上、私は大切な人を失いたくないのだ。
私は、オリバーさんに馬車の手配をお願いした。準備を整えて、ヴィクター様の傍から離れようとしたとき、私はブラウスの袖を掴まれた。
「なんで、おまえは、いつもおれに、かまう……」
ヴィクター様から出てくるとは思えない弱々しい言葉に、私は思わず息を飲む。
(確かに、私はずっとヴィクター様に構い倒してたかも)
暴言を吐かれても、拒絶されても、ヴィクター様のことが気になって仕方がなかった。
不眠の呪いにかかって、ずっと一人でいようとする彼のことが心配だった。
「そんなのっ……」
答えなんて一つしかなかった。
「そんなの、ヴィクター様のことが好きだからに決まってるでしょ!」
吐き捨てるようにそう言って、私は部屋を出た。
階段を駆け下りて、玄関へ。馬車を用意してもらう間も、じっとしていられなかった。
ようやく馬車が用意されて、私は飛び乗った。
「森の魔女の家まで、お願いします」
馬車が動き出す。
いつもは速いと感じる馬車も今だけは、星の動きなんかよりもずっと遅く感じた。




