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魔力なしの出来損ない令嬢ですが、不眠公爵様に溺愛されています  作者: 甘夏 みみ子@5/22発売!白い結婚の旦那様と紡ぐ、最後の一ヵ月


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25話 君の世界に居たいのに:前編④

 

 エドが帰った後、私はヴィクター様の帰りを待ち続けていた。

 様子がおかしいことはオリバーさんも感じ取っていたようだけど、思い当たることはないらしい。


 夕食の時間もとっくに過ぎた頃、玄関の方から扉の音がした。

 私は慌てて玄関へ向かう。


(……えっ)


 そして、直後、目を疑った。

 ヴィクター様が、ボロボロの状態で立っていた。服は破れていて、肩からは血が滲んでいる。顔色も悪い。


「ヴィクター様!」


 私は駆け寄った。

 ヴィクター様は肩で息をしていて、とても辛そうだった。


「ヴィクター様、血が……」

「魔法で止血してある」

「でも!」

「いい、触るな」


 私が手を伸ばすと、ぱしん、と手が払いのけられた。まるで、犯罪者でもみるような冷たい目で、私を見ている。


「夕食は……」

「いらん」


 ヴィクター様はそう言って、書斎の方へ歩いていこうとした。

 まるで、出会った頃に戻ったかのような冷たい、拒絶的な態度だった。

 私は、胸が痛くなった。


「とりあえず、傷の手当てをしませんか!」


 私がそう言うと、ヴィクター様は立ち止まった。


「いらんと言っただろう」

「でも、薬は塗らないと!」


 私は諦めずに、ヴィクター様の腕を掴んだ。強く引っ張ると、彼は諦めたかのように溜息をついた。


「……好きにしろ」


 私はオリバーさんを呼んで、応接室で手当てをすることにした。 

 ヴィクター様はソファに座って、上着を脱ぐ。肩には、直視するには痛々しい深い傷があった。


「魔獣に噛まれたのですか? 久々ですね」

「ああ。油断した」


 私はオリバーさんの手伝いをしながら、てきぱきと傷の処置をしていく。


「そういえば、今日エドがヴィクター様に美味しいお菓子持ってきてくれて!」


 そう言うと、彼の肩がぴくりと震えた。


「それがすっごく美味しいんですよ。食欲が無くても、食べられると思います」


 ヴィクター様は、甘い物は比較的良く食べる。

 今日のエドの美味しいお菓子を食べれば、元気がでるかもしれない。

 処理を終えた私は、お菓子を取りに行こうと立ち上がる。


「エド、ヴィクター様に会いたがってましたよ」

「……」

「すっごくヴィクター様のことを尊敬していて! エドは――」


 ヴィクター様の顔が、一層不機嫌になった気がして私は口を噤む。どうしたのかと尋ねようとした瞬間だった。


「エド、エドって。じゃあ、そのエドに養ってもらったらどうだ」


 オリバーさんも救急箱を持ったまま、こちらを振り返る。


「な、なんでそんな話が飛躍するんですか」

「……もういい」


 ヴィクター様は立ち上がった。

 けれど、一歩踏み出して――ずるりと、崩れ落ちた。


「ヴィクター様!」


 私とオリバーさんが慌てて支えた。

 ヴィクター様の体が、異常に熱い。おでこに手を当ててみて、私は驚いた。


「わっ、凄い熱……!」


 オリバーさんが、さっと顔色を変えた。


「すぐに部屋へ運びましょう。毒かもしれません」


 ◇


 私たちは、二人がかりでヴィクター様をベッドに運んだ。

 背が高いから、思ったよりもずっと重くて、オリバーさんと一緒じゃなかったら運べなかったと思う。


 なんとかベッドに寝かせると、ヴィクター様は荒い息を吐いていた。


 けれど、かすかに目は開いている。

 眠れない呪いがあるから、こんなに辛くても意識はあるのだ。


「……おそらく、魔獣による、熱だ。放置していれば、俺の魔力で、勝手に、なおる」


 ヴィクター様が苦しそうに言った。

 額には汗が浮いていて、顔色が悪い。


「ですが、今までこんなに悪化したことはないでしょう!」


 オリバーさんが焦った声を上げた。いつもの冷静なオリバーさんが、こんなに慌てているのを初めて見た。


「このままじゃ、危険です。医者を呼びます」

「いらん。医者では、魔獣の毒は治せない」


 確かに、そうかもしれない。普通の医者では、魔獣による症状の治療は難しいかもしれない。


「では、魔女様を呼びましょう」


 オリバーさんとヴィクター様が、私を見た。


 きっと、ヴィクター様の呪いについても知っている稀代の魔女様なら、この症状もすぐに治せるはずだ。


「あの森にいる魔女様なら、何か方法を知っているかもしれません」

「ですが、魔女様はとても気まぐれな方だと聞きます」

「私は面識があるので、直接行って交渉してきます」

「しかし、この時間におひとりで……」


 オリバーさんが私を引き留めようとするけれど、私は初めて反論する。


「どうするんですか! もし、ヴィクター様が死んじゃったら!」


 これ以上、私は大切な人を失いたくないのだ。


 私は、オリバーさんに馬車の手配をお願いした。準備を整えて、ヴィクター様の傍から離れようとしたとき、私はブラウスの袖を掴まれた。


「なんで、おまえは、いつもおれに、かまう……」


 ヴィクター様から出てくるとは思えない弱々しい言葉に、私は思わず息を飲む。


(確かに、私はずっとヴィクター様に構い倒してたかも)


 暴言を吐かれても、拒絶されても、ヴィクター様のことが気になって仕方がなかった。

 不眠の呪いにかかって、ずっと一人でいようとする彼のことが心配だった。


「そんなのっ……」


 答えなんて一つしかなかった。


「そんなの、ヴィクター様のことが好きだからに決まってるでしょ!」


 吐き捨てるようにそう言って、私は部屋を出た。

 階段を駆け下りて、玄関へ。馬車を用意してもらう間も、じっとしていられなかった。

 ようやく馬車が用意されて、私は飛び乗った。


「森の魔女の家まで、お願いします」


 馬車が動き出す。

 いつもは速いと感じる馬車も今だけは、星の動きなんかよりもずっと遅く感じた。


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