24話 君の世界に居たいのに:前編③
(なんなんだ、あいつは!)
苛立った気持ちのまま、俺は森の奥深くへと向かっていた。
魔道具を取りに帰るついでに屋敷に顔を出してみれば、アリスが楽しそうに幼馴染の男と談笑していた。
(しかも、刺繍のハンカチまでプレゼントするなんて)
色恋沙汰に疎い俺だって、令嬢が男に刺繍のハンカチを贈る意味くらい知っている。
きっと、アリスはエドワードとかいう男のことが好きなんだろう。
「……いかん、仕事、仕事」
俺は先ほどの光景を頭から消して、集中する。
報告によれば、大型の魔獣が出現したらしい。
足音を立てないように、木々の間を進んでいく。魔力の気配を探って、魔獣の位置を探っていくと。
(なるほど、こいつか)
前方、約五十メートル先。黒い影が蠢いている。
グリムベアだ。体長はゆうに3メートルを超える。鋭い爪と牙を持ち、一撃で人間を引き裂く力がある。
俺は気をつけながら魔法陣を展開した。動きを封じて、雷の魔法で心臓を狙う。
「……っと、危なかった。殺すところだった」
心臓すれすれに雷の攻撃魔法が直撃し、感電したのか気絶して動かなくなったグリムベアに近寄って息を確認する。
大型の魔獣は殺してはいけない。殺せば、その魔力が暴走して周囲に被害が出る。
(まあ、強い魔力で殺してしまえばそんな心配もないんだが)
俺の魔力では、残念ながら魔獣を封印するしかない。
俺は淡々と魔法陣を展開して、魔獣を封印した。これで、しばらくは大人しくしているだろう。
仕事は終わりだ。
(だが、屋敷に戻る気にもならんな)
さっき、屋敷で見た光景をまた思い出してしまい、俺は自己嫌悪に駆られる。
エドワード・ウィンストン。ウィンストン子爵家の次男で、騎士見習いだ。
アリスの幼馴染だと言っていた。
アリスは俺の呪いを解くために、王太子から押し付けられた名ばかりの婚約者だ。
彼女が誰と話そうと、勝手なはずなのに。
アリスの笑顔を見て、苦しくなるくらいに胸が締め付けられたのだ。
あんな風に笑うアリスを、俺は知らない。
無邪気で、楽しそうで。まるで、子供の頃に戻ったみたいな笑顔だった。
「……ばかばかしい」
そう呟いてみたものの、やはり胸の中のもやもやは消えないままだった。
アリス・エヴァンスという女は、初めはただの厄介者だと思っていた。
魔力も無い、「出来損ない」の令嬢。
呪いを解くために送り込まれた、何人目かの婚約者。
どうせ、すぐに逃げ出すだろうと、そう思っていた。
それなのに、俺にうるさいくらいに構い倒した挙句、魔法を知りたいだとか、舞踏会にいきたいだとかわがままばかり言って。
面倒だと思っていたのに、いつの間にか俺がこんな気持ちにさせられている。
俺は、アリスのことを――
(……好きなのか?)
俺は頭を抱えた。
誰かを好きになるなんて、考えたこともなかった。
他人のことなんて信用できなくて、ずっと一人で生きていくはずだったから。
それなのに、アイツとは、もっと一緒にいたいと思うし、もっと笑顔を見たいと思う。
けれど、それは俺だけに向けられた笑顔がいい。
他の男に向けられた笑顔なんて、見たくない。
アリスのことを考えると、心が乱れる。
これは、確かに――
その時、背後から気配がした。
振り返る暇もなく、鋭い痛みが、肩に走った。
「っ……!」
魔獣だ。
さっき封印したはずのグリムベアが、なんと封印を破って襲ってきたのだ。
(俺としたことが、コイツの強さを見誤ったか)
完全に油断していた。
魔獣の牙が、肩に食い込んでいる。俺は魔法で魔獣を吹き飛ばし、封印の魔法をかけ直す。
だらだらと血が流れ出る肩を押さえながら、俺は思う。
(もし、エレノアだったら、こんなヘマはやらかさないんだろうな)
5年前に行方不明になった妹は、稀代の天才と呼ばれていた。
魔力量も多い上に、抜群のセンスを誇っていた。戦闘では負け知らずだし、知識量もかなりのものだった。
それに比べて、俺は公爵家の出来損ない。
魔力量も技術も普通。兄なのに情けないと、両親だけではなく周囲の貴族たちからも蔑まれて生きてきた。
(俺みたいな人間に、人を好きになる資格なんてあるのか?)
俺は特別な人間なんかじゃない。天才でもない。
ただ、貴族としての自分の務めをこなしているだけだ。
(俺と一緒にいることは、本当にアリスの幸せなのか?)
最近のアリスは交友関係を広げて、楽しそうだった。そんな彼女に苛立つ自分の器量の狭さにも嫌気が差す。
まるで、アイツの世界に俺が居ないみたいな気がしてしまったから。
もしかしたら、彼女にはもっと別の幸せがあるのではないかと思ってしまうのだ。
――例えば、好きな幼馴染と結婚するとか。
血を流しながら、俺は帰路についた。いつもよりもずっと足取りが重かった。




