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魔力なしの出来損ない令嬢ですが、不眠公爵様に溺愛されています  作者: 甘夏 みみ子@5/22発売!白い結婚の旦那様と紡ぐ、最後の一ヵ月


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23話 君の世界に居たいのに:前編②

 

 朝食後、私はヴィクター様とお茶を飲んでいた。

 食堂の中は暖炉のおかげで温かいけれど、ほかほかしたカップを両手で包むと、ほっとする。


「あ、そういえば今日、エドが来るんですよ」

「は?」


 私の言葉に、ヴィクター様の眉間のシワが深くなる。

 まるでそんなこと聞いていないみたいな顔をしているけれど。


「この前、渡したじゃないですか。エドからの手紙」

「もしかして、あのわけのわからん謝罪文か?」


 確かにほとんどは、謝罪文だったけれど。

 どうやら、ヴィクター様はエドの手紙を読むのを途中でやめてしまったらしい。


「最後にちゃんと書いてましたよ?」

「俺は今日忙しいから、お前だけとオリバーで対応しろ」

「わかりました」


 私が答えると、ヴィクター様は何か言いたそうな顔をする。けれど、結局何も言わずに紅茶を飲み続けた。


 その時、ノックの音がして、オリバーさんが入ってくる。


「失礼します。こちら、アリス様宛てのお手紙です」


 オリバーさんによって目の前にどさりと手紙が積み上げられた。驚いた私は、変な声がでてしまう。


 舞踏会が終わってからと言うもの、ありがたいことに各所からのお誘いが絶えなかった。


「こっちは、ええと、舞踏会でしょ、観劇の誘いに、商会の新作展示会に――あ、ミア様からの誕生日パーティーのお誘いだ!」


 私は手紙を開封して、ニコニコと中身を読んだ。

 今日、無事にエドにハンカチを渡せたら、出席の返事と一緒に良い報告をしなければいけない。


(他には……)


 まだまだ手紙は山積みだった。

 ご機嫌で他の手紙の差出人を確認していると、ヴィクター様が口を開いた。


「……なんか、お前」


 ふうと息をついて、彼は先ほどよりもっと不機嫌な表情に早変わりする。


「最近、楽しそうだな」

「えっ」


 まだ時間はあるはずなのになぜか「もう出かける」と言って、ヴィクター様は席を立った。


 ◇


「エド、この前ぶりね!」

「ああ」


 ヴィクター様が出かけてからしばらくして、エドがやってきた。

 相変わらず人の良さそうな顔をした幼馴染は、騎士の訓練服を着ていた。


 軽く屋敷を案内したあと、私たちは、応接室で向かい合って座った。


「グランハート領まで、騎士団での遠征訓練があったんだ。せっかくだから公爵閣下にこの前のお詫びをしたくて……」

「ヴィクター様は今日は仕事みたいで」

「直接渡したかったんだけど……」


 エドがそう言って、包みを差し出した。

 それを受け取ったオリバーさんが包みを開けると、目を輝かせた。


「これは……! 王都限定のシュガーフェアリーじゃないですか」

「なんですか、それ」


 私が聞くと、オリバーさんが嬉しそうに説明してくれた。


「アリス様、知らないのですか! 魔法を使って作るお菓子で、口に入れると綿菓子のようにふわりと溶けるんです。甘さも絶妙で、めったに手に入らない逸品なんですよ」


 オリバーさんの目が、キラキラと子どものように光っている。

 彼は甘い物が大好物なのだ。


「では! お茶をお持ちしますね!」


 オリバーさんが、スキップをしながら厨房へ向かうと、凄まじい勢いでお茶を持ってきてくれた。

 お皿に乗せられたシュガーフェアリーは、小さな妖精の形をしていて、淡い色で輝いている。


「いただきます」


 恐る恐る一口食べてみると、本当にふわりと溶けた。

 とっても甘くて、幸せな気持ちになる。


「美味しい……!」

「気に入ってもらえて良かった」


 エドがホッとしたように顔を綻ばせた。


 それからしばらく、私たちは、昔話に花を咲かせた。


「アリスの両親は優しい人だったよな」

「うん。お父様もお母様も、いつも笑ってた」


 彼と話していると、両親のことを思い出してしまう。

 お父様は穏やかで、いつも本を読んでくれた。お母様は明るくて、よく歌を歌ってくれた。

 たくさん愛情をくれた両親を思うと、涙が出そうになってしまう。


「魔獣に襲われたって聞いた時は、信じられなかったよ」


 エドが目を伏せて、悲しそうな顔をする。


 魔獣は基本的には、魔力が肥沃な北方でしか発生しないのだが、時々南下して、他の領地に迷い込んでしまうこともある。


 エヴァンス伯爵領の魔獣の出現は、防ぎようのない事故のようなものだと聞かされた。


「あの魔獣を討伐したのが、当時15歳だったグランハート公爵閣下だろ? 凄いよな?」


 エドの言葉に、私は思わず目を見開いた。


「え……ヴィクター様が?」

「知らないのか? あの魔獣は、騎士団でも手を焼いていたんだけど、まだ学生だった公爵閣下が、たった一人で討伐してくれたんだ」


(そう、だったんだ……)


 私とヴィクター様が出会うずっと前に、彼が両親の仇をとっていたなんて。

 なんだか運命めいたものを感じてしまう。


「単純な魔力量だけなら他にも強い魔法使いはいる。だから埋もれて見えるけど、俺は、彼ほど凄い技術をもった魔法使いはいないと思ってる」


 エドは、まっすぐに私を見つめた。その目には尊敬の色が浮かんでいて、騎士として、ヴィクター様に憧れているのだと分かる。


「彼は努力の人だよ」


 その言葉にハッとさせられた。


 私は、ヴィクター様のことをずっと天才だと思っていた。

 生まれつきの才能がある一握りの人間なのだと。


(でも、違う。ヴィクター様だって、とてつもない努力をしたんだ)


 若くして公爵家を継いで、周りから「妹の方が優れていた」なんて言葉を投げかけられても、不眠の呪いにかかっても、ずっと努力をし続けてみんなのことを守り続けていたなんて。


「知らなかった……」

「アリスは、公爵閣下の凄さを間近で見られるんだから羨ましいよ」


 ヴィクター様のことを、もっと知りたいと思う。

 努力を重ねてきたヴィクター様を、もっと支えたいと思う。


 じんわりと胸に染みこんでいくのを感じていた時、私は大切なことを思い出してぽんと手を叩いた。


「あ、そうそう。エドに渡さないといけないものがあるんだよね!」

「なんだ?」


 私は、鞄から小さな包みを取り出す。

 ミア様から預かった、大切なハンカチだ。


「これ、ハンカチなんだけど……」


 エドの顔が真っ赤に染まる。

 ハンカチを受け取ったエドの手が、少し震えている。


「これって、もしかしてミア様の……」

「あたり」

「えっ、嘘。そうなんだ……嬉しい……」


 後から知ったことだが、刺繍のハンカチには、相手への好意を伝えるという意味があるらしい。


 エドもミア様のことが気になっているらしく、私の表情は緩みっぱなしだ。間違いなく私の大功績だ!と思っていると、玄関の方から音がした。


「もしかしてヴィクター様かも!」


 私が立ち上がると、ちょうど応接室の扉が開き、ヴィクター様が顔を覗かせた。

 その赤い瞳が、まっすぐにこちらを向く。いつもより鋭い視線だ。


「……誰だ」


 低い声だった。まるで氷のように冷たくて、私は思わず背筋が伸びる。

 エドが慌てて立ち上がる。


「エドワード・ウィンストンです! この前の舞踏会では失礼いたしました! お詫びの品を持参いたしました!」


 エドが深々と頭を下げる。その手には、ミア様から預かったハンカチが握られたままだった。


 ヴィクター様は、じっとエドの手元を見た。その視線が、ハンカチに釘付けになる。

 だんだんと、眉間に皺が寄っていき、表情が険しくなる。


「刺繍の、ハンカチ……」


 ヴィクター様が、低く呟いて、私の方を見た。その目は、何かを問いかけているような気もする。


「ヴィクター様も少し休憩されませんか?」

「いい。すぐに仕事に戻る」


 そう言って、ヴィクター様は扉を閉めた。バタン、という大きな音が響く。

 その音が、応接室の空気を震わせて、肩がびくりと震えた。


(なんか、怒ってた……?)


 いつもも不機嫌そうだけれど、今日はもっと冷たくて、何かに苛立っているような感じがした。


 エドの額には、じんわりと汗が浮かんでいる。


「やっぱり、俺のこと嫌いなのかな……?」


 エドが、申し訳なさそうに言う。その声は小さくて、自信がなさそうだ。


「そんなことないと思うけど……」


 ヴィクター様は何か、気に障ることがあったのだろうか。

 私は、考える。


 朝から、ヴィクター様の様子がおかしかった。私が手紙を読んでいる時も、不機嫌そうだった。

 それに、エドが来ると伝えた時も、あまり嬉しそうじゃなかった。


(もしかして、本当にエドのことが嫌いなのかな)


 でも、それだけじゃない気がする。何か、別の理由があるような。

 私は、首を傾げる。


「じゃあ、俺もそろそろ戻らないと」

「ごめんね、エド。せっかく来てくれたのに」

「いや、いいんだ。公爵閣下は忙しい方だから」


 そう言って、エド笑顔を浮かべた。

 いつかちゃんとヴィクター様にも会って欲しい。


「また、遊びに来てね」

「ああ。それと、ミア様にも……よろしく伝えてくれ」


 エドが、少し照れくさそうに言う。その手には、ハンカチが大切そうに握られている。


「もちろん!」


 私は、笑顔で頷いた。


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