23話 君の世界に居たいのに:前編②
朝食後、私はヴィクター様とお茶を飲んでいた。
食堂の中は暖炉のおかげで温かいけれど、ほかほかしたカップを両手で包むと、ほっとする。
「あ、そういえば今日、エドが来るんですよ」
「は?」
私の言葉に、ヴィクター様の眉間のシワが深くなる。
まるでそんなこと聞いていないみたいな顔をしているけれど。
「この前、渡したじゃないですか。エドからの手紙」
「もしかして、あのわけのわからん謝罪文か?」
確かにほとんどは、謝罪文だったけれど。
どうやら、ヴィクター様はエドの手紙を読むのを途中でやめてしまったらしい。
「最後にちゃんと書いてましたよ?」
「俺は今日忙しいから、お前だけとオリバーで対応しろ」
「わかりました」
私が答えると、ヴィクター様は何か言いたそうな顔をする。けれど、結局何も言わずに紅茶を飲み続けた。
その時、ノックの音がして、オリバーさんが入ってくる。
「失礼します。こちら、アリス様宛てのお手紙です」
オリバーさんによって目の前にどさりと手紙が積み上げられた。驚いた私は、変な声がでてしまう。
舞踏会が終わってからと言うもの、ありがたいことに各所からのお誘いが絶えなかった。
「こっちは、ええと、舞踏会でしょ、観劇の誘いに、商会の新作展示会に――あ、ミア様からの誕生日パーティーのお誘いだ!」
私は手紙を開封して、ニコニコと中身を読んだ。
今日、無事にエドにハンカチを渡せたら、出席の返事と一緒に良い報告をしなければいけない。
(他には……)
まだまだ手紙は山積みだった。
ご機嫌で他の手紙の差出人を確認していると、ヴィクター様が口を開いた。
「……なんか、お前」
ふうと息をついて、彼は先ほどよりもっと不機嫌な表情に早変わりする。
「最近、楽しそうだな」
「えっ」
まだ時間はあるはずなのになぜか「もう出かける」と言って、ヴィクター様は席を立った。
◇
「エド、この前ぶりね!」
「ああ」
ヴィクター様が出かけてからしばらくして、エドがやってきた。
相変わらず人の良さそうな顔をした幼馴染は、騎士の訓練服を着ていた。
軽く屋敷を案内したあと、私たちは、応接室で向かい合って座った。
「グランハート領まで、騎士団での遠征訓練があったんだ。せっかくだから公爵閣下にこの前のお詫びをしたくて……」
「ヴィクター様は今日は仕事みたいで」
「直接渡したかったんだけど……」
エドがそう言って、包みを差し出した。
それを受け取ったオリバーさんが包みを開けると、目を輝かせた。
「これは……! 王都限定のシュガーフェアリーじゃないですか」
「なんですか、それ」
私が聞くと、オリバーさんが嬉しそうに説明してくれた。
「アリス様、知らないのですか! 魔法を使って作るお菓子で、口に入れると綿菓子のようにふわりと溶けるんです。甘さも絶妙で、めったに手に入らない逸品なんですよ」
オリバーさんの目が、キラキラと子どものように光っている。
彼は甘い物が大好物なのだ。
「では! お茶をお持ちしますね!」
オリバーさんが、スキップをしながら厨房へ向かうと、凄まじい勢いでお茶を持ってきてくれた。
お皿に乗せられたシュガーフェアリーは、小さな妖精の形をしていて、淡い色で輝いている。
「いただきます」
恐る恐る一口食べてみると、本当にふわりと溶けた。
とっても甘くて、幸せな気持ちになる。
「美味しい……!」
「気に入ってもらえて良かった」
エドがホッとしたように顔を綻ばせた。
それからしばらく、私たちは、昔話に花を咲かせた。
「アリスの両親は優しい人だったよな」
「うん。お父様もお母様も、いつも笑ってた」
彼と話していると、両親のことを思い出してしまう。
お父様は穏やかで、いつも本を読んでくれた。お母様は明るくて、よく歌を歌ってくれた。
たくさん愛情をくれた両親を思うと、涙が出そうになってしまう。
「魔獣に襲われたって聞いた時は、信じられなかったよ」
エドが目を伏せて、悲しそうな顔をする。
魔獣は基本的には、魔力が肥沃な北方でしか発生しないのだが、時々南下して、他の領地に迷い込んでしまうこともある。
エヴァンス伯爵領の魔獣の出現は、防ぎようのない事故のようなものだと聞かされた。
「あの魔獣を討伐したのが、当時15歳だったグランハート公爵閣下だろ? 凄いよな?」
エドの言葉に、私は思わず目を見開いた。
「え……ヴィクター様が?」
「知らないのか? あの魔獣は、騎士団でも手を焼いていたんだけど、まだ学生だった公爵閣下が、たった一人で討伐してくれたんだ」
(そう、だったんだ……)
私とヴィクター様が出会うずっと前に、彼が両親の仇をとっていたなんて。
なんだか運命めいたものを感じてしまう。
「単純な魔力量だけなら他にも強い魔法使いはいる。だから埋もれて見えるけど、俺は、彼ほど凄い技術をもった魔法使いはいないと思ってる」
エドは、まっすぐに私を見つめた。その目には尊敬の色が浮かんでいて、騎士として、ヴィクター様に憧れているのだと分かる。
「彼は努力の人だよ」
その言葉にハッとさせられた。
私は、ヴィクター様のことをずっと天才だと思っていた。
生まれつきの才能がある一握りの人間なのだと。
(でも、違う。ヴィクター様だって、とてつもない努力をしたんだ)
若くして公爵家を継いで、周りから「妹の方が優れていた」なんて言葉を投げかけられても、不眠の呪いにかかっても、ずっと努力をし続けてみんなのことを守り続けていたなんて。
「知らなかった……」
「アリスは、公爵閣下の凄さを間近で見られるんだから羨ましいよ」
ヴィクター様のことを、もっと知りたいと思う。
努力を重ねてきたヴィクター様を、もっと支えたいと思う。
じんわりと胸に染みこんでいくのを感じていた時、私は大切なことを思い出してぽんと手を叩いた。
「あ、そうそう。エドに渡さないといけないものがあるんだよね!」
「なんだ?」
私は、鞄から小さな包みを取り出す。
ミア様から預かった、大切なハンカチだ。
「これ、ハンカチなんだけど……」
エドの顔が真っ赤に染まる。
ハンカチを受け取ったエドの手が、少し震えている。
「これって、もしかしてミア様の……」
「あたり」
「えっ、嘘。そうなんだ……嬉しい……」
後から知ったことだが、刺繍のハンカチには、相手への好意を伝えるという意味があるらしい。
エドもミア様のことが気になっているらしく、私の表情は緩みっぱなしだ。間違いなく私の大功績だ!と思っていると、玄関の方から音がした。
「もしかしてヴィクター様かも!」
私が立ち上がると、ちょうど応接室の扉が開き、ヴィクター様が顔を覗かせた。
その赤い瞳が、まっすぐにこちらを向く。いつもより鋭い視線だ。
「……誰だ」
低い声だった。まるで氷のように冷たくて、私は思わず背筋が伸びる。
エドが慌てて立ち上がる。
「エドワード・ウィンストンです! この前の舞踏会では失礼いたしました! お詫びの品を持参いたしました!」
エドが深々と頭を下げる。その手には、ミア様から預かったハンカチが握られたままだった。
ヴィクター様は、じっとエドの手元を見た。その視線が、ハンカチに釘付けになる。
だんだんと、眉間に皺が寄っていき、表情が険しくなる。
「刺繍の、ハンカチ……」
ヴィクター様が、低く呟いて、私の方を見た。その目は、何かを問いかけているような気もする。
「ヴィクター様も少し休憩されませんか?」
「いい。すぐに仕事に戻る」
そう言って、ヴィクター様は扉を閉めた。バタン、という大きな音が響く。
その音が、応接室の空気を震わせて、肩がびくりと震えた。
(なんか、怒ってた……?)
いつもも不機嫌そうだけれど、今日はもっと冷たくて、何かに苛立っているような感じがした。
エドの額には、じんわりと汗が浮かんでいる。
「やっぱり、俺のこと嫌いなのかな……?」
エドが、申し訳なさそうに言う。その声は小さくて、自信がなさそうだ。
「そんなことないと思うけど……」
ヴィクター様は何か、気に障ることがあったのだろうか。
私は、考える。
朝から、ヴィクター様の様子がおかしかった。私が手紙を読んでいる時も、不機嫌そうだった。
それに、エドが来ると伝えた時も、あまり嬉しそうじゃなかった。
(もしかして、本当にエドのことが嫌いなのかな)
でも、それだけじゃない気がする。何か、別の理由があるような。
私は、首を傾げる。
「じゃあ、俺もそろそろ戻らないと」
「ごめんね、エド。せっかく来てくれたのに」
「いや、いいんだ。公爵閣下は忙しい方だから」
そう言って、エド笑顔を浮かべた。
いつかちゃんとヴィクター様にも会って欲しい。
「また、遊びに来てね」
「ああ。それと、ミア様にも……よろしく伝えてくれ」
エドが、少し照れくさそうに言う。その手には、ハンカチが大切そうに握られている。
「もちろん!」
私は、笑顔で頷いた。




