22話 君の世界に居たいのに:前編①
「――ヴィクター様、この恰好はどう思いますか?」
「知らん」
私は、ワンピースを纏ってくるりとその場で回って見せる。
紺色のワンピースで、レースの袖元がふわりと広がっている可愛らしいものだ。
だというのに、ヴィクター様ときたら興味なさげに、いつもの皮張りの本に視線を落としている。
「なんで無視するんですか……!」
「お前、これ何回目だと思ってる。もう20回は見たぞ」
確かに、最初の数回はコメントをくれていたヴィクター様だが、途中から呆れた顔をして本を読みだしてしまったような――気もする。
「ほ、本当に大丈夫ですかね? 私、ご令嬢たちとお茶会なんてしたことなくて!」
「困ったらグランハートの権力で何とかする」
「そういう問題ではなく!」
今日は、舞踏会で約束をしたご令嬢たちとのお茶会の日だった。
マリアンヌ様が皇太子殿下の公務ついでに北側にやってくるとのことで、子爵令嬢のミアの邸宅にお邪魔することになった。
ちなみに、子爵領はグランハート公爵領の隣のため、半日もあれば到着する。
「はいはい、アリス様。時間もありませんので、可愛くお仕上げしましょうね~」
なぜか子どもをあやすように、オリバーさんに背中を押された私は、されるがままにヘアアレンジをされたのだった。
◇
結局、私は深緑のワンピースにボンネットを合わせることにした。
馬車から見える窓の外には、緑豊かな景色が広がっている。グランハート領が寒いのは、国境付近の山に近いため標高が高いことも関係している。
そのため、半日も移動すればすっかり景色は変わり、緑が確認できるようになった。
「わあ……っ」
ミア様の邸宅の立派な門をくぐると、美しい庭が広がっていた。春を先取りした花が咲いていて、噴水の音が心地よい。
屋敷の玄関で、メイドさんが出迎えてくれる。
「アリス・エヴァンス様、お待ちしておりました」
案内されたのは、明るい応接室だった。
大きな窓からは、先ほどの庭が見える。
テーブルには、既にティーセットが用意されていて、美味しそうなケーキやクッキーが並んでいる。
「アリス!」
目が合ったマリアンヌ様が、嬉しそうに駆け寄ってくる。淡いピンク色のドレスを着ていて、今日もとても綺麗だった。
「会いたかったわ!」
「私もです」
他にも、何人かのご令嬢たちがいた。
ミア様は、明るい黄色のドレスを着ている。茶色い髪を綺麗に巻いていて、笑顔が可愛らしい。
他のご令嬢たちも、それぞれ華やかなドレスを纏っている。まるで花畑のように、色とりどりだ。
「さあ、座りましょう」
マリアンヌ様が促してくれて、私たちはソファに座る。
メイドさんが、紅茶を注いでくれて、芳醇な香りが、ふわりと広がった。
「このクッキー、とっても美味しいのです。ぜひ」
ミア様が、クッキーを勧めてくれる。
一口食べると、バターの風味が口の中に広がる。サクサクしていて、とても美味しい。
「本当ですね」
私が笑顔で言うと、ミア様も嬉しそうに微笑む。
私たちは、しばらく、他愛もない話をする。
最近読んだ本のこと、街で見つけた可愛いお店のこと、季節の花のこと。
ヴィクター様と話すのもとっても楽しいのだけれど、やはり女の子と喋るとこんなに話が合うのかと嬉しくなる。時間があっという間に過ぎていく。
やがて、話題が恋の話に映った。
「私、好きな人がいるんです」
唐突にそう言ったのは、ミア様だ。みんなの目がぎらりと輝く。
特にマリアンヌ様はこの手の話が大好物だから、興味深々だ。
「お相手は?」
「エドワード様という、騎士見習いの方なんです」
その名前に、私ははっとする。
エドワードって、幼馴染のエドじゃないか。
「エドワード様って、ウィンストン子爵家の次男様よね」
「はい。私が足首を捻った時にを助けてくださって、とても優しい方なんです――ただ」
「ただ?」
ミア様が、目を伏せてきゅっと唇を結んだ。
「接点が、なくて……」
「まあ、それなら私の力を使って王宮に呼び寄せましょうか」
王太子殿下の婚約者は、とんでもないことを口にしてミア様含めてぴしりと他の令嬢が固まってしまう。
「マ、マリアンヌ様……」
「あら、冗談よ?」
彼女は涼しい顔をして紅茶を飲んでいたけれど、とても冗談には見えなかった。
ミア様が困ったような顔をしていたので、私は、少し考えてから口を開く。
「あの、実は私、エドとは幼馴染なんです」
その言葉に、ミア様の目が丸くなる。
「本当ですか!」
「はい。それに、近々グランハート領に来る予定があるって聞いています」
先日の舞踏会で再会してから、エドは私に手紙を送ってきてくれたのだ。ほとんどは、ヴィクター様への謝罪文だったが、最後の方に「訓練で近々グランハート領に顔を出す」と書いてあった。
ミア様が、ぱっと顔を明るくする。
「それなら、お願いがあるんです」
ミア様は、立ち上がったかと思うと何かを持ってきて、私に差し出した。
「これ、エドワード様に渡していただけませんか。自分で渡すのは、どうしても気が引けてしまって……」
それは綺麗に刺繍が施されたハンカチだった。可愛らしい花と鳥があしらわれている。
「これ、私が刺繍したんです」
「とっても、素敵です!」
私は手先が器用ではないから、ミア様がうらやましい。
刺繍を褒め讃えていると、ミア様は嬉しそうに微笑んでくれる。
「任せてください。もちろん、お渡しします」
「ありがとうございます!」
ミア様が、目を輝かせる。
「そういえば、アリス様はグランハート公爵様と婚約されているんですよね」
「い、一応……」
私が頷くと、みんながずいっと身を乗り出してくる。
「公爵様って、影があって素敵ですよね」
「えっ」
「だって、あの赤い瞳とか、黒い髪とか。とてもミステリアスで」
「舞踏会での姿、麗しかったです。それに、とってもお優しそうで」
「……それって、ヴィクター・グランハートの話をされてますか?」
きっとオリバーさんでもそう訊き返すであろうことを、次々に令嬢たちが並べていく。
私は今でこそ、ヴィクター様は優しい人だと思っているけれど、あの不遜の擬人化みたいな態度をみて「優しい」とは思えなかった。
そんな私を見てマリアンヌ様が、優しく説明をしてくれた。
「今、社交界でヴィクター様の人気がうなぎのぼりなのよ。噂に尾ひれがつきまくって、ヒーロー扱いされてるわ」
「そうなんですか……」
「評価が上がりまくってるから、殿下が必死にネガティブキャンペーンをしているところよ」
それはそれでどうなんだ。
「私、マリアンヌ様のお話も聞いてみたいです」
「えっとねぇ、殿下と出会ったのは――」
その後も、とっても話は盛り上がり、気がつけばもう夕方になっていた。
「そろそろ、お暇しないと。殿下が待ってるわ」
マリアンヌ様が言うと、みんなが名残惜しそうな顔をしながら解散となる。
ミア様が私の手元のハンカチを見て、頬を染める。
「……アリス様、よろしくお願いいたします」
「もちろん、お任せください」
マリアンヌ様とも、抱き合って別れを惜しむ。
「また会いましょうね、アリス」
「はい」
馬車に乗り込んで、ひとり屋敷へ戻る道がとても寂しく思えた。
ミア様の想いが込められているハンカチは、責任を持ってエドに渡さないといけないと強く誓ったのだった。




