17話 名前のない関係③
今日は魔道具庫でヴィクター様と一緒に作業をしていた。
もともと魔法学校の講義の日だったのだが、先方の都合で無くなったらしく今日一日急に暇になってしまったらしい。
私はいつも通り魔道具を磨きながら、ヴィクター様は古い魔道具の記録を整理している。手伝ってもらわずとも大丈夫なのだが、彼は何かしていないと落ち着かない質らしい。
「ヴィクター様」
「なんだ」
磨き上がった竜の形をした盾を棚に戻しながら、私はおずおずとヴィクター様を振り返った。
「お願いがあって……」
「無理だ」
私が口を開くと、ヴィクター様は 即答だった。
「まだ何も言ってないじゃないですか!」
「お前の頼みごとはきっとろくなもんじゃない」
「ひどい!」
私が抗議すると、ヴィクター様は少し考えてから言い直す。
「……なんだ、言ってみろ」
私はワンピースのスカートをぎゅっと握りながら、遠慮がちに告げる。
「舞踏会のドレスなんですが、私、ドレス自体持ってなくて」
私はデビュタントの前に両親が亡くなってしまい、この歳まで夜会やら舞踏会やら貴族の集まりやらに顔を出したことが無い。
元々持っていたドレスは、ベアトリスに取り上げられてしまった。
つまり、ドレスを一着も持っていないのだ。
ヴィクター様が、眉間のシワを深くしてこちらをじっと見つめた。
「……はあ」
「買っちゃ、駄目ですか?」
実家からお金なんて持たせてもらっていないため、ヴィクター様にお願いするしかない。
私が恐る恐る聞くと、ヴィクター様は首を横に振った。
「……いや、何となくお前の実家での生活が目に浮かんできたから同情しただけだ」
「だいたい合ってると思います」
仮にも伯爵令嬢がドレスの一着も持っていないなんて、普通考えられないことかもしれない。
私が苦笑いすると、ヴィクター様は立ち上がった。
「ノスウィックに仕立て屋がある。行くぞ」
「えっ」
そう言って、上着を手に取ったのだ。
「……仕事は!」
私が慌てて言うと、ヴィクター様は振り返る。
「こっちの方が優先だろう」
確かに、魔道具の手入れは急いで終わらせる必要はないことではあるけれど。
ヴィクター様は、先に魔道具庫を出ていった。
私は、その後ろ姿を見ながら、嬉しくなって急いで後を追った。
◇
「今日は寒いですね」
「雪が降っているからな」
馬車の外を眺めると、白い世界が広がっている。
雪がしんしんと降り積もっていて、屋根にも、道にも、木々にも。世界を真っ白に染め上げていく。
王都では雪なんて年に一度降っただけで大騒ぎだったのに、グランハート領では全く珍しいことではないのだ。
冬になると、魔法使いたちが危険な場所の雪を溶かして回るらしい。例えば、今走っている馬車道もそうだ。
馬車が、ノスウィックの中心部に着いた。
馬車を降りると、冷たい空気が私たちを包んだ。雪が頬に触れて、冷たい。息が白くて、吐く度に霧のように消えていく。
大通りから少し入ったところに、こぢんまりとした仕立て屋の看板があった。
店に入ると、温かい空気が私たちを迎えた。
「まあ、公爵様と……婚約者様!」
店員さんが、目を輝かせて出迎えてくれた。中年の女性で、明るくて人懐っこい雰囲気だ。
改めて婚約者と言われると、むず痒い。私は、少し顔が熱くなる。
「舞踏会用のドレスを探しているんですが」
「まあ、舞踏会なんて、ふふっ、久々ねぇ」
店員さんは嬉しそうに手を叩いた。
このお店は、グランハート公爵家の御用達らしかった。
「それでしたら、ちょうど良いものがございます」
店員さんが、奥から一着のドレスを持ってきてくれた。
淡いブルーのドレスだ。
光の加減で、少しラベンダー色にも見える。よく見ると、スカートの部分に細かい刺繍が施されていて、キラキラと不思議な光り方をしている。
「これは、魔法の糸を使ったドレスなんですよ」
「わぁ……」
私は、思わず声を上げる。
宝石や銀糸とも違った輝きに、思わず目を奪われてしまう。
「これは一点物でして、少しお直しすれば、アリス様にぴったりだと思います」
私は、ドレスにそっと触れる。
柔らかくて、滑らかで、ギュッと抱きしめたくなってしまう。
「これ、素敵です!」
「試着なさいますか?」
私は、勢いよく頷く。
サイズもほとんど同じくらいだったようで、試着室で着替えさせてもらって鏡の前に立つ。
ドレスを着た私が、そこにいた。
スカートが少しキラキラと光っていて、私自身が魔法使いにでもなった気がする。
外に出ると、ヴィクター様が待っていて、私を見て、少し目を見開いた。
「どうですか?」
「気に入ったのなら買え」
こちらを一瞥もせずに、ヴィクター様はそう言い放った。すると、仕立て屋の店主は腰に手を当てて、眉を吊り上げた。
「ヴィクター坊ちゃま、婚約者様のドレス姿ですよ。感想の一つでもお言いなさいな」
「だから、俺はもう坊ちゃまでは――」
反論しようと顔を上げたヴィクター様と、ぱちんと目が合ってしまう。
その場でくるりと回って見せるけれども、彼は何とも言えない表情をしたままだ。
「……どうですか?」
「悪くないんじゃないか」
ヴィクター様はそう言って、本を取り出すと読み始めてしまった。
私のドレス姿なんて興味はないだろうと思い試着室に戻ると、店主がこっそりと耳打ちをしてきた。
「坊ちゃまの『悪くない』は、めちゃくちゃ褒めてますよ」
「あれで、ですか……?」
「本当に見ていないのであれば、『どうでもいい』と『興味ない』とかはっきりとものを言われますからね」
「確かに……」
長年の付き合いである彼女が言うのなら間違いはないのだろう。ワンピースに着替え終わった私は、ヴィクター様のもとに戻る。
「ヴィクター様は、舞踏会用のお洋服はお持ちなんですか」
「ある」
すると、店員の目の奥がきらりと光ってこちらへ向かってくるではないか。
「せっかくですから、公爵様も仕立てませんか?」
「いや、俺はいい」
ヴィクター様が断ろうとすると、店員さんはまたお説教モードに入る。
「そんなこと言って。領地の経済を回すのも公爵様のお仕事ですよ」
「それは……」
その言葉に、ヴィクター様は少し困った顔をする。なんとも、商売上手な仕立て屋さんだ。
「ヴィクター様、せっかくですから」
「……わかった」
店員さんが、嬉しそうに男性用の布地を持ってきた。
黒、紺、グレー。色々な布地が並んでいるが、さすが公爵家御用達なだけあって、私でも良い生地だとわかる。
「公爵様には、こちらの濃紺がお似合いかと」
店員さんが、濃紺の布地を持ってきた。落ち着いた色味だが、光沢があって華やかだ。
「これ、私のドレスと似た生地ですね?」
色味は違うけれど、私のドレスと同じで光の加減で色が変わって見える生地だ。店員さんがにっこりと笑う。
「ええ。お二人でお揃いになるかと思いまして」
「お、お揃い……」
「舞踏会なんて、パートナーとお揃いにしてナンボ、ですよ」
「お揃い」なんてヴィクター様の嫌がりそうな単語だ。そう思ってちらりと見やれば、なぜか満足そうな顔をして生地を見て頷いている。
「いいんじゃないか。コイツと対になるように装飾もつけて仕立ててくれ」
「えっ」
「なんだ。俺との『お揃い』に不満でもあるのか」
なんだかヴィクター様のキャラじゃない言葉が飛んできて、私は面食らってしまった。
「いえ、嬉しいです……」
採寸が終わって、私たちは店を出た。
外は、まだ雪が降っていて、私はぶるぶると震えた。
「寒いですね」
私が言うと、ヴィクター様が自分のマフラーを外して、私に巻いてくれる。
「風邪はひくなよ。舞踏会まで、あと半月だ」
なんだか、今日はヴィクター様が妙に優しい気がする。嬉しいような恥ずかしいような気持ちになって、私は熱くなった顔をマフラーの中に埋めた。
「ありがとうございます……」
情けない声でそう言うのが、精一杯だった。
そうして、あっという間に舞踏会の日が近づいてきたのだった。




