18話 名前のない関係④
領地から王都は遠いため、舞踏会の前は前泊することになった。
先日、王宮でダンスのレッスンをしてもらった時は、ヴィクター様は仕事があるとかで結局別行動になったのだ。
行きも途中からの合流だったし、帰りの馬車は別々だった。オリバーさんと二人で帰って、少し寂しかった覚えがある。
だが、今回は一緒だ。
隣に座るヴィクター様は、相変わらず不機嫌そうな顔で窓の外を見ている。けれど、それがなんだか嬉しかった。
馬車が王都に入ると、景色が一変した。
「やっぱり、都会ですね」
私は窓に顔を近づけて、外を眺めた。
もちろん、グランハート公爵領も栄えている。けれど、王都はその比ではない。石畳の道は広くて、建物は高くて立派だ。
行き交う人々の服装も華やかで、馬車もたくさん走っている。わくわくが止まらない。
「お前、この前まで王都に住んでただろ」
「まあ、外に出ることもあまりなかったですし」
好き勝手に出歩けば嫌味を言われるため、私は王都に住んでいた5年間はほとんど家で過ごしていた。
だから、まじまじと街を眺めるのは今回が初めてだったのだ。
宿に荷物を置いた私たちは、さっそく街を散策することにした。
大通りを歩いていると、広場で何かやっているのが見えた。人だかりができている。
「あ、あれなんですか!」
私は思わず駆け寄った。
広場の中央で、派手な衣装を着た男性が手を掲げている。すると、空中に光る文字が浮かび上がった。「本日限定! 魔法のお菓子!」と書かれている。
「すごい……」
私は見入ってしまっていた。
大道芸人の男性は、次々に空中に絵を描いてはキラキラと光らせていた。
「あ、おい。勝手に歩くな」
ヴィクター様が呼び止めるけれど、私は次の出店へと向かっていた。
こっちでは、魔法で動く人形が踊っている。あっちでは、魔法で作った氷の彫刻が飾られている。
「いいなぁ……魔法」
私は思わず呟いた。
魔法が使えたら、もっと色々なことができるのに。
「あれくらいなら、俺だってできる」
ヴィクター様が少し不機嫌そうに言った。
「そうなんですか!」
「俺の方がもっとすごい」
そう言って、ヴィクター様はおもむろに空中に手をかざした。
その瞬間、空中にぱちぱちと光が弾けた。それが一つに集まり、パンと音がして花火のような大きな光の輪が空に広がった。
「わぁ……!」
私は思わず声を上げた。
周りにいた人々も気づいて、拍手喝采が起こる。
「すごい!」
「なんて綺麗なんだ……!」
ヴィクター様は、しまったという顔をして、ローブのフードを被った。
「行くぞ」
「えっ、ちょっと!」
ヴィクター様がそそくさとその場を離れようとするから、私は慌てて後を追う。
人々の間を縫って早足で歩く。大半は好意的な視線を送っていたが、中には眉をひそめる人もいる。
「あの人って、確かグランハートの……」
「ああ、『兄』の方だよな」
「エレノア様が亡くなって公爵家も落ちぶれたよな」
そんな声が耳に届いた。
私にも聞こえているのだから、きっとヴィクター様にも聞こえているに違いない。
人混みを抜けて、少し静かな通りに出る。ヴィクター様は立ち止まって、息をついた。
「確かに、俺はそこらへんのしょぼくれ一般人とは訳が違う」
私に背中を向けたまま、ヴィクター様は言った。
「だが」
くるりとこちらを振り返ったヴィクター様の顔は、見たことの無いくらい弱々しい表情をしていて。
「――もっとすごい奴は、世の中にごまんといる」
それは、どこか寂しそうな、それでいて諦めのような表情だった。
私は何も言えずに、彼のことただ見つめていた。
「俺は、自分のことが大嫌いだ」
ヴィクター様がぽつりと呟いた。
風が吹いて、彼の黒い髪が揺れる。
彼は、今までどんな思いで生きてきたのだろう。
「ヴィクター様、王都散策続けましょうか」
ただ、今の私は臆病だからそこに踏み込む勇気もなかった。
きっと、簡単に他人が触れていい場所ではない。
私たちは、再び王都散策に戻るのだった。
◇
しばらく歩いていた私は、ふと立ち止まった。
(可愛いお店……!)
通りに一際目を引くお店があったのだ。
ピンク色の壁に、白いレースのカーテン。窓辺には小さな花が飾られている。
看板には、「お好みの香り、調合します」と書いてあった。
「いかにもお前が好みそうな店だな」
「私の好み、分かってきました?」
私が嬉しそうに笑うと、ヴィクター様はそっぽを向いた。
「俺は行かん」
「じゃあ、私ひとりで行ってきます!」
私が店に向かおうとすると、ヴィクター様が私の腕をぐいと引っ張った。
「……やっぱり、俺も行く」
「え?」
「魔獣に襲われでもしたら、俺の責任になる」
店の中で魔獣に襲われることはないと思うけれど、ぶっきらぼうにそう言ったヴィクター様はずんずんと先に店に入っていく。
私は慌てて彼の後を追った。
店の中に入ると、甘い香りが漂っていた。
壁には色とりどりの小瓶が並んでいて、天井からはドライフラワーが吊るされている。床にはふわふわの絨毯が敷かれていて、可愛らしい椅子とテーブルが置いてあった。
(似合わない……!)
そんなメルヘンな背景の中に、ヴィクター様が立っている。黒いローブを纏った彼は、明らかに場違いな存在だった。
「いらっしゃいませ!」
明るい声がして、店員さんが出てきた。ふんわりとしたドレスを着た、優しそうな女性だった。
「香水をお探しですか?」
「はい! 自分で調合できるって本当ですか?」
「もちろんです。お好みの香りを教えていただければ、その場でお作りいたしますよ」
店員さんがにこにこしながら、テーブルに案内してくれた。
ずらりと目の前に瓶を並べられて、私は色々な香りを試させてもらった。バラの香り、ラベンダーの香り、柑橘系の香り。
「私、甘い香りが好きなんです」
「それでしたら、バニラやハチミツの香りはいかがですか?」
店員さんが小瓶を差し出してくれた。ふわりと、美味しそうで甘い香りが広がった。
「わぁ、これいいです!」
私は嬉しくなって、何度も香りを嗅いだ。
迷った挙句、ハチミツの香りをベースにして何種類かの花の香りを選んだ。
店員さんが調合してくれるのを、わくわくしながら待つ。
「お連れ様はよろしいですか?」
「俺はいい」
店員さんの声かけに、ヴィクター様は素っ気なく答えた。
「ええ、ヴィクター様も買いましょうよ!」
「いらん」
「でも、せっかくですし」
私が言うと、彼は面倒くさそうに顔をしかめたが、テーブルに店員さんが、いくつかの小瓶を持ってきてくれた。
「男性に人気の香りです」
ヴィクター様は仕方なさそうに、一つ手に取った。
香りを嗅いで、少し意外そうな顔をする。
それから、もう一度嗅いだ。何度も何度も、繰り返し香りを確かめている。
(……これは、気に入っている!)
ひとつの瓶を持ち上げて、ヴィクター様は店員さんに差し出した。
「……これにする」
「どんな香りですか?」
私が聞くと、ヴィクター様は小瓶を差し出してくれた。
深くて落ち着いた香りだった。
少しスパイシーで、けれど嫌な感じはしない。木の香りに、少しだけ甘さが混じっている。
「な、なんか、大人の男性って感じですね」
「……俺は大人だからな」
ヴィクター様がそう言って、私を見た。赤い瞳が、じっとこちらを見つめていて、落ち着かない気持ちになってくる。
(な、なんだろう。この気持ち……)
心臓が、大きく跳ねてそわそわしてしまう。
「お、お会計しましょうか」
私は慌てて視線を逸らした。




