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魔力なしの出来損ない令嬢ですが、不眠公爵様に溺愛されています  作者: 甘夏 みみ子@5/22発売!白い結婚の旦那様と紡ぐ、最後の一ヵ月


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18話 名前のない関係④

 

 領地から王都は遠いため、舞踏会の前は前泊することになった。


 先日、王宮でダンスのレッスンをしてもらった時は、ヴィクター様は仕事があるとかで結局別行動になったのだ。


 行きも途中からの合流だったし、帰りの馬車は別々だった。オリバーさんと二人で帰って、少し寂しかった覚えがある。

 

 だが、今回は一緒だ。

 

 隣に座るヴィクター様は、相変わらず不機嫌そうな顔で窓の外を見ている。けれど、それがなんだか嬉しかった。


 馬車が王都に入ると、景色が一変した。

 

「やっぱり、都会ですね」

 

 私は窓に顔を近づけて、外を眺めた。


 もちろん、グランハート公爵領も栄えている。けれど、王都はその比ではない。石畳の道は広くて、建物は高くて立派だ。


 行き交う人々の服装も華やかで、馬車もたくさん走っている。わくわくが止まらない。

 

「お前、この前まで王都に住んでただろ」

「まあ、外に出ることもあまりなかったですし」

 

 好き勝手に出歩けば嫌味を言われるため、私は王都に住んでいた5年間はほとんど家で過ごしていた。


 だから、まじまじと街を眺めるのは今回が初めてだったのだ。

 

 宿に荷物を置いた私たちは、さっそく街を散策することにした。


 大通りを歩いていると、広場で何かやっているのが見えた。人だかりができている。

 

「あ、あれなんですか!」

 

 私は思わず駆け寄った。

 広場の中央で、派手な衣装を着た男性が手を掲げている。すると、空中に光る文字が浮かび上がった。「本日限定! 魔法のお菓子!」と書かれている。

 

「すごい……」

 

 私は見入ってしまっていた。

 大道芸人の男性は、次々に空中に絵を描いてはキラキラと光らせていた。

 

「あ、おい。勝手に歩くな」

 

 ヴィクター様が呼び止めるけれど、私は次の出店へと向かっていた。

 こっちでは、魔法で動く人形が踊っている。あっちでは、魔法で作った氷の彫刻が飾られている。

 

「いいなぁ……魔法」

 

 私は思わず呟いた。

 魔法が使えたら、もっと色々なことができるのに。

 

「あれくらいなら、俺だってできる」

 

 ヴィクター様が少し不機嫌そうに言った。

 

「そうなんですか!」

「俺の方がもっとすごい」

 

 そう言って、ヴィクター様はおもむろに空中に手をかざした。


 その瞬間、空中にぱちぱちと光が弾けた。それが一つに集まり、パンと音がして花火のような大きな光の輪が空に広がった。

 

「わぁ……!」

 

 私は思わず声を上げた。

 周りにいた人々も気づいて、拍手喝采が起こる。

 

「すごい!」

「なんて綺麗なんだ……!」

 

 ヴィクター様は、しまったという顔をして、ローブのフードを被った。


 「行くぞ」

 「えっ、ちょっと!」


 ヴィクター様がそそくさとその場を離れようとするから、私は慌てて後を追う。


 人々の間を縫って早足で歩く。大半は好意的な視線を送っていたが、中には眉をひそめる人もいる。

 

「あの人って、確かグランハートの……」

「ああ、『兄』の方だよな」

「エレノア様が亡くなって公爵家も落ちぶれたよな」

 

 そんな声が耳に届いた。

 私にも聞こえているのだから、きっとヴィクター様にも聞こえているに違いない。

 

 人混みを抜けて、少し静かな通りに出る。ヴィクター様は立ち止まって、息をついた。

 

「確かに、俺はそこらへんのしょぼくれ一般人とは訳が違う」

 

 私に背中を向けたまま、ヴィクター様は言った。

 

「だが」

 

 くるりとこちらを振り返ったヴィクター様の顔は、見たことの無いくらい弱々しい表情をしていて。

 

「――もっとすごい奴は、世の中にごまんといる」

 

 それは、どこか寂しそうな、それでいて諦めのような表情だった。

 私は何も言えずに、彼のことただ見つめていた。

 

「俺は、自分のことが大嫌いだ」


 ヴィクター様がぽつりと呟いた。


 風が吹いて、彼の黒い髪が揺れる。

 彼は、今までどんな思いで生きてきたのだろう。

 

「ヴィクター様、王都散策続けましょうか」

 

 ただ、今の私は臆病だからそこに踏み込む勇気もなかった。

 きっと、簡単に他人が触れていい場所ではない。

 

 私たちは、再び王都散策に戻るのだった。



 ◇



 しばらく歩いていた私は、ふと立ち止まった。


(可愛いお店……!)


 通りに一際目を引くお店があったのだ。

 ピンク色の壁に、白いレースのカーテン。窓辺には小さな花が飾られている。

 

 看板には、「お好みの香り、調合します」と書いてあった。

 

「いかにもお前が好みそうな店だな」

「私の好み、分かってきました?」

 

 私が嬉しそうに笑うと、ヴィクター様はそっぽを向いた。

 

「俺は行かん」

「じゃあ、私ひとりで行ってきます!」

 

 私が店に向かおうとすると、ヴィクター様が私の腕をぐいと引っ張った。

 

「……やっぱり、俺も行く」

「え?」

「魔獣に襲われでもしたら、俺の責任になる」

 

 店の中で魔獣に襲われることはないと思うけれど、ぶっきらぼうにそう言ったヴィクター様はずんずんと先に店に入っていく。


 私は慌てて彼の後を追った。

 

 店の中に入ると、甘い香りが漂っていた。


 壁には色とりどりの小瓶が並んでいて、天井からはドライフラワーが吊るされている。床にはふわふわの絨毯が敷かれていて、可愛らしい椅子とテーブルが置いてあった。

 

(似合わない……!)

 

 そんなメルヘンな背景の中に、ヴィクター様が立っている。黒いローブを纏った彼は、明らかに場違いな存在だった。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 明るい声がして、店員さんが出てきた。ふんわりとしたドレスを着た、優しそうな女性だった。

 

「香水をお探しですか?」

「はい! 自分で調合できるって本当ですか?」

「もちろんです。お好みの香りを教えていただければ、その場でお作りいたしますよ」

 

 店員さんがにこにこしながら、テーブルに案内してくれた。


 ずらりと目の前に瓶を並べられて、私は色々な香りを試させてもらった。バラの香り、ラベンダーの香り、柑橘系の香り。

 

「私、甘い香りが好きなんです」

「それでしたら、バニラやハチミツの香りはいかがですか?」

 

 店員さんが小瓶を差し出してくれた。ふわりと、美味しそうで甘い香りが広がった。

 

「わぁ、これいいです!」

 

 私は嬉しくなって、何度も香りを嗅いだ。

 迷った挙句、ハチミツの香りをベースにして何種類かの花の香りを選んだ。

 店員さんが調合してくれるのを、わくわくしながら待つ。

 

「お連れ様はよろしいですか?」

「俺はいい」

 

 店員さんの声かけに、ヴィクター様は素っ気なく答えた。

「ええ、ヴィクター様も買いましょうよ!」

「いらん」

「でも、せっかくですし」


 私が言うと、彼は面倒くさそうに顔をしかめたが、テーブルに店員さんが、いくつかの小瓶を持ってきてくれた。

 

「男性に人気の香りです」


 ヴィクター様は仕方なさそうに、一つ手に取った。


 香りを嗅いで、少し意外そうな顔をする。

 それから、もう一度嗅いだ。何度も何度も、繰り返し香りを確かめている。

 

(……これは、気に入っている!)

 

 ひとつの瓶を持ち上げて、ヴィクター様は店員さんに差し出した。

 

「……これにする」

「どんな香りですか?」

 

 私が聞くと、ヴィクター様は小瓶を差し出してくれた。


 深くて落ち着いた香りだった。


 少しスパイシーで、けれど嫌な感じはしない。木の香りに、少しだけ甘さが混じっている。

 

「な、なんか、大人の男性って感じですね」

「……俺は大人だからな」

 

 ヴィクター様がそう言って、私を見た。赤い瞳が、じっとこちらを見つめていて、落ち着かない気持ちになってくる。

 

(な、なんだろう。この気持ち……)


 心臓が、大きく跳ねてそわそわしてしまう。

 

「お、お会計しましょうか」


 私は慌てて視線を逸らした。


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