第二話 膠着
以前のように、寒梅と軽く言葉を交わすこともなくなった。寒梅は、蓮をどう思っているのだろう。
おそらく蒼龍から聞かされたはずだ。月龍と蓮の歪な関係を――そして、蓮の薄情さに驚いているのかもしれない。
そう思うと蓮から声をかけることもできず、ただこうやって窓から呆けたように外を眺めている。
あの対話の日以降、蒼龍はもう訪ねて来なくなった。実務として忙しくなったからなのか、亮を説得する材料としての蓮が不要になったからなのかはわからないけれど。
日がな一日、無為に過ごしている。ただ、月龍の無事を祈る日々。それでなにが変わるわけではないとわかっているからこそ、無力感に苛まれる。
一層のこと、蓮も蒼龍のようであればよかった。亮を納得させるだけの武があれば、蒼龍に同行できたかもしれない――自ら、月龍を救いに行けたかもしれないのに。
もしくは、亮のような聡明さや権力があればよかった。そうしたら月龍のために動くことができたのに。
――否。蓮のままでできることがあった。ただ、想いを伝えるだけでよかった。そうしていたらきっと、今よりは不安ではなかったはずなのに。
すべてはその、唯一出来たことすら怠った自分の業だ。
戦況は一体、どうなっているのだろう。邸の中に閉じこもっていても、知ることはできない。
蓮と同じ状況の寒梅に訊ねても、知らないだろうことは伺えた。
それで門衛にも訊ねたけれど――答えは、結局一緒だった。
宮中に出向いたのは、どれくらい日数が経った頃なのか。感覚が麻痺していたせいで、それすらよくわからなくなっていた。
護衛の兵士は、ついてくる。――そう、ついてくるだけだ。軟禁状態にあるのだと感じていたが、行動に制限をかけられていたわけではないのに。
知りたいと思いながら知ろうとしなかった――知りたく、なかったのかもしれない。
会いたくもあり、会いたくなかった亮を訪ねて行ったのだけれど、彼は不在だった。
翌日と、さらに翌日。不在の亮を訪ねる日々が、より不安を煽る。
今まで、蓮が訪ねて行くと亮はほぼ自室にいた。木簡を面白くもなさそうに眺めていたりすることはあったけれど、不在であったことなど数えるほどしかなかったのに。
その亮が、忙しく動き回っている。有事であることの証明に思えてならなかった。
かといって、宮中が特別に慌ただしいわけではない。それが余計に、国家としてではなく亮個人の危機感――月龍に起因する忙しさではないかと思わせる。
「――蓮?」
亮の不在を知り、いつものようにただひっそりと帰路につこうとしたときだった。名を呼ばれ、ふと顔を上げる。
そこに立っていたのは、髪を結い上げ、正装とまでは言わないけれど、きちんと身支度を整えた亮だった。
以前の、髪を下ろした姿ではない。公として動いていたことを示す証に、不安が増した。
「どうしたこんなところで――とは、聞くまでもないか」
驚きに目を瞠ったのは一瞬、すぐに苦笑を滲ませる。先日見せつけられた冷徹な眼差しではなかったことに、幾許かの安堵を覚えた。
「亮さま、私――」
「幾度か訪ねて来ていた、とは衛士に聞いた。だがな、蓮。悪いが今のおれに、お前の相手をしてやれる時間はない」
口調こそは優しさを取り戻していたものの、明確な拒絶だった。一瞬の安堵があっただけに、余計心臓が一気に冷える。
仕方がない。あの日、亮は怒っていた。否、あの日だけではなく、蓮の存在そのものに不快を覚えていたはずだ。親友である月龍を追いつめた蓮に――
けれど――それでも。
亮の目が、体の横で震える蓮の拳を見ている。蓮が口を開きかけるのと、亮の深い嘆息は、ほぼ同時だった。
「――少しだけだぞ」
疲れたような、呆れたような声だった。




