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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第二十三章

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第一話 双言


 またここに帰ってきた。物理的にも、心理的にも。

 牀に腰を下ろし、蓮は呆然と窓の外を眺めていた。


 亮との対話を終えた日以来、ずっと月龍と暮らした邸の中で過ごしている。

 外出を許されていないわけではない。ただ、一歩でも邸の外に出ようものなら護衛の兵士がぴたりとついてくる。


 外にいるだけではない。邸の中でも、寒梅がずっと蓮の傍らにいた。

 月龍の出立前には離れに住んでいた寒梅だったが、あの対話の日以降は母屋で過ごすようになった。寝所は別ではあるが、次の間に控えている。蓮が動けば、すぐにわかるようにだろう。


 ――監視だ。


 あの日蓮を送ってくれた蒼龍は、寒梅に何事か伝えていた。蓮の程近くで、声は届くけれど言葉を聞き取れるほどではなく――まるで出立前の月龍との様子だった。


 あのときも蓮はなにも知らされなかった。既視感と不安が重なる。

 以前と変わらぬ日常――違いは夜になっても月龍が帰って来ないことだけだった。


 あるとき、月龍が使っていた牀に横になってみたことがある。

 蓮の体格であれば、体を伸ばして横になれた。けれど大柄な月龍ならば、到底無理だろう。この狭い牀で大きな体を丸めて、なにを思って眠っていたのか。


 普段蓮が使っている臥牀を見る。月龍の足ならば十歩ほどだろうか。決して距離があるわけではない。ほんのわずか足を踏み出せば、手を触れられる。

 なのに月龍は、手を伸ばさなかった。背を向けて眠る蓮を、どのような気持ちで眺めていたのか。


 ――一層のこと、月龍がいる頃から寒梅を次の間に控えさせておけばよかった。そうしたら、月龍が寒梅に知られることを恐れて同衾していたのかもしれないのに。


 否、そうではないのか。月龍が出立し、寒梅の話を聞いたことがある。

 月龍は、蓮にこう言っていた。人の口に戸は立てられない、身近な下女に不仲を知られては周囲にも知られてしまうから寒梅の前では協力してくれないかと。

 寒梅には、正反対のことを伝えていたらしい。他人の目があれば蓮は嫌っている月龍のことを夫として扱ってくれる、妻として振る舞ってくれる、だから不仲を知らないふりでいてほしいと。


 どちらが本当なのだろうか。もし寒梅に語っていたことが彼の本心だったとしたら、それは。


 違う。そのようなはずがない。愛されてなどいなかった。だから月龍は生きて帰ってくる。

 そう思っていたのに、蒼龍の言葉が蘇る。


「安心して待っていてくれ、蓮。なんとしてでも月龍を必ず連れ帰る。――おれの、命に代えても」


 邸まで送り、寒梅に後を頼むと、言ってから蒼龍は向き直った。真摯な瞳でまっすぐに蓮を見つめ、優しく、そして悲しげに微笑みながら。


 あなたの命になんて代えなくていい。あなたも無事に帰ってきて。


 そう思っているはずだった。そう伝えなければならないはずだった。

 なのに、口にできなかった。もし仮に月龍と蒼龍、どちらかしか生きて戻れないのならば、蓮は月龍の生存を願ってしまうのではないかと。


 月龍を連れ帰ることへの使命感に駆られた蒼龍を、止めることができなかった。出立の前日、月龍を呼び止めることもできなかったように――気持ちを打ち明けることもできなかった罪悪感が、胸を重くする。

 おそらくは蓮の身を案じていつも傍らにいる寒梅の存在にすら、軟禁状態にあるような息苦しさがあった。

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