表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第二十三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

258/258

第三話 猶予


「――少しだけだぞ」


 疲れたような、呆れたような声だった。目線で促され、共に部屋に入る。蓮は今までと同じように牀に、亮は卓の前へと腰を下ろした。

 違和感に気づいたとき、心臓がきゅっとしまる。以前、蓮と二人で会っていたとき、亮は蓮の隣に座っていた。もしくは臥牀の端に腰かけるか、あるいは気だるげに横たわっているか――いずれにせよくつろいだ様子だった。

 気だるげな様子は今も見えるけれど、榻に座ったまま、蓮を見ることもせず木簡に目を落とす姿を見ていると、緩やかな拒絶を覚えずにはいられなかった。


「それで? なんの用だ」


 用がなければ来るな、とでも言いたげな口調だった。否、実際にそう思っているのだろう。こちらを見ようともしないのが証拠ではないか。


「――戦況を、知りたくて」


 自分の耳にも、声が震えて聞こえた。これほどまでに弱々しい声をしていただろうか、自分は。

 蓮は胸の前で、両手をただ握りしめる。

 俯く蓮の耳に、ふっと笑う亮の声が聞こえた。


「なんだ。月龍が死んだか確かめに来たのか」


 錐で刺されるような痛みを覚えたのは、吐き捨てる語調のせいか、それとも内容のせいか。息が詰まり、呼吸さえままならない。


「――ああいや、悪い。少々気が立っていてな」


 自らの胸元をぎゅっと掴む蓮に、亮はため息混じりの謝罪を口にした。


「だからお前にも会いたくなかった。毒を吐かずにいられる自信がなかったからな」


 言いながら、結い上げていた髪を無造作に引っ張る。髪を下ろし、ばさばさとかき乱す仕草に、ようやく以前の亮の面影が見えた。


「戦況は思わしくないと聞いている」


 多少落ち着きを取り戻した口調で亮は続ける。


「情けない話だが、戦略についてはともかく、戦術に関しておれは上っ面を撫でただけの門外漢だ。戦況をひっくり返す奇策なんぞは思いつかん。精々がこの間蒼龍に与えた指示くらいだ」


 この間――蓮が月龍に対し、復讐のために傍に居ると伝えた、そう亮に白状したときのことか。

 あのとき二人が立てた策は、扁将軍と蒼龍を向かわせるというものだった。扁将軍は月龍の代わりに部隊を引き受け、蒼龍は力ずくでも月龍を連れ戻す、というもの。

 抵抗するようであれば縛ってでも――自害しないよう、口には猿轡を噛ませろ、とまで指示していた。

 月龍の尊厳を奪ってでも連れ戻さなければならない。亮と蒼龍の決意を思い知らされるような物言いだった。


 ――それほど月龍が自らの死を望んでいる、絶望しているのだと。


「そもそもおれに、全軍の指揮権などはないしな。局所的な対処しかできん。――まあそれを考えたら、月龍が別部隊であったことは不幸中の幸いか」


 亮は大げさな仕草で前髪をかき上げる。


「将軍と蒼龍はすでに発った。あとはうまくやってくれることを祈るばかりだが」


 無力感と言うのだろうか。およそ亮には似つかわしくないものが、彼を取り巻く空気に見える。


「行軍とは違う。武人二人の馬での移動だ。軍なら三十日ほどはかかろうが、あの二人ならおそらく半分の日程で辿り着く。到達まではあと数日と言ったところか」


 淡々と事実を並べる亮に、驚きを隠せなかった。

 将軍と蒼龍を向かわせる決定をしたとはいえ、その当日に出立できたはずもない。蒼龍はともかく、扁将軍は要職の身にある。どれだけ命令系統をうまく駆使したとしても、数日はかかるだろう。


 ならばあの対話の日からは、すでに半月ほどは経っているということになる。その間を蓮は無為に過ごしてしまったのか。


「――これがお前に伝えてやれる情報のすべてだ」


 卓に肘をついた頬杖で、亮が蓮に視線を流す。

 わかったのならさっさと帰れ。言外にそう告げられているように感じるのは、抱えた後ろめたさのせいか。

 ただそれでも、わかりましたと踵を返す気にもなれない。


「悪いが、任せておけ月龍は必ず無事に帰らせる、そう約束してやることはできん」

「それは――わかっています。けれど――」

「お前がここに居ても、無意味だ」

「――!」


 真実ではあるけれど、冷徹で無慈悲な言葉だった。思わず握りしめた拳が、体の横で震える。

 ふっと、亮が笑った。


「だからあまりここへは来るな。なにかわかったら教えてやる。お前は――月龍が戻って来たときに伝える気持ちだけ、整理して準備しておけ」


 いいな、と念押しされた亮の声は優しかったのに、蓮は素直に頷くことはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ