第十八話 亀裂
月龍が自らの死を望んでいるのを知っていたのか。
どこかごりっとしたものを含んだ亮からの問いに、蓮は顔を上げることもできなかった。
たしかに蓮は聞かされて知っていた。月龍は幾度も言っていたからだ、蓮のために死ぬと。
そしてそのような月龍に蓮はなにを言った?
出立の前日、売り言葉に買い言葉のようになってしまったとはいえ、望み通りに戦死すればいいと彼の頬を打った。
――そのことを知ったら、亮はどのような顔をするのだろう。
「しかし名ばかりの結婚とはな。まったく、眩暈がしてくる」
頭を抱え吐き捨てる。ばさばさと髪をかき乱す姿は、いつもの優美な亮らしからぬものだった。
「蓮、お前が月龍を信じられぬというのは道理だろうよ。理解はできる。あいつの所業が所業だからな。お前が許せないというのは当然の権利だろうし、許してやれなどと軽々しく口にできることではない」
けれど、と一旦区切った亮が蓮を見る。冷たい光。今までは決して、蓮には向けられなかった深い怒りが見えた気がした。
「それほどあいつが憎いのなら――信じられないのなら、とっととあいつを捨ててやるべきだった」
亮はなにを言っているのだろう。蓮が月龍を捨てる? 月龍が蓮を捨てるの間違いではないのか。
「お前たち二人は、互いに離れては生きて行けないなどと思いこんでいるのかもしれんがな。それは月龍は絶望するだろう。蓮、お前も悲しい思いはするかもしれん。だが傍にあることだけを至高と考えた結果がこれだ」
それこそ亮が絶望でも覚えているのだろうか、天井を仰ぎ、片手で顔を覆う姿からは苛立ちが隠しきれていない。
「何故お前たちはそうやって最悪の選択肢ばかりを――ああ否、今はそれどころではなかったか」
ガリガリと頭をかいたあと、深く、深く呼吸をひとつして、亮は蒼龍に向き直った。
「おれとしたことが混乱した。待たせて悪かったな、蒼龍」
平静であろうと努めているのか。蒼龍へと顔を向ける。蓮から見えるのは、冷たくさえある美しい横顔だった。
――もう、蓮の顔を見ることさえしない。
「すぐに月龍を呼び戻すとして、その手法が問題だ。自分の死にこそ意味があると思いこんでいるのであれば、ただ呼んだところで素直に戻ってくることはあるまい」
左手の親指を噛む亮の仕草を、ただ呆然と眺める。苛立ちが浮いたときの、亮の癖だ。
とはいえ、幼い頃にはよくやっていたものの、ここ数年は見たことがなかった。
まだ治ってなかったのかと思うより、幼い頃の悪癖が再び顔を現すほどの苛立ちに見舞われているのだと思い知らされた気分だった。
「幸い、あいつが任されているのは別部隊だ。軍の指揮系統にはさほど影響はあるまい。ただそれだけに、自分がいなくなれば部隊の指揮がどうだの言い訳してその場を離れないのは目に見えているが」
「私が行きます」
考えをまとめるように口の中で呟く亮に、申し出たのは蒼龍だった。
「私が行って、月龍の代わりを務めます。現場の混乱は免れますし、月龍の弁明も潰せる」
「たしかにそれが、最も混乱の少ない形だろうな。どうせつきあいの短い配下など、お前が月龍を名乗れば疑いもせん。何事か変わったとすら気づかれもせんだろう」
口元に手を当てながら、しかし、と亮は眉根を寄せた。
「言っただろう。ただ呼んで、あいつが戻るか?」
「それは――」
指摘に、蒼龍は口ごもる。亮も亮で、眉間を親指と人差し指の指先でつまみ、黙った。
険しい表情と、重苦しい空気。やがて、固く閉じていた目を開き、亮は真っ直ぐに蒼龍を見上げた。
「おれを――否、それだと弱いな。蓮を餌に使え」
餌。
亮の言葉に愕然とした。




