第十七話 報い
語られる正論が、静かに蓮を追いつめる。この圧迫感はきっと、ひしひしと迫ってくる罪悪感なのだろう。
「――蓮? どうして答えない」
亮の声が、わずかに低くなる。怪訝を隠そうともしない様子には、ほぼ初めて蓮に対して向けられた苛立ちが見え隠れしていた。
「お前、月龍には伝えたのだろう? あの日、おれを断ったときに言ったように」
亮の言うあの日とは、月龍の暴行により蓮が瀕死の状態に陥ったときのことだろう。
あのとき亮は、病床にある蓮の手を握りしめて言ってくれた。あんな男のことなど忘れろ、おれが幸せにしてやると。
亮の気持ちは嬉しかった。言われた通り亮を選び、傍に置いてもらえれば平穏な気持ちで過ごせるかもしれない――幸せになれるかもしれない。心が揺らいだのは事実だった。
けれど、否、だからこそと言うべきか。
そのありがたい求婚を断るときに、蓮は真情を語った。せめて亮には正直にありたくて、また、自分自身の退路を断つためにも。
――しかし、月龍に対しては。
蓮は唇を噛みしめ、首を左右に振った。
「私は――あの子を殺したように、私を殺してほしいと言いました」
掠れた声が、震える。
「――なんだと?」
「傍に残るのも復讐のためだと――私がもう子を産めなくなったから、傍にいてあなたを見張り、あなたを幸せにしないためだと――あなたの血を絶やすのが目的だと、そう言いました」
亮の顔色が一瞬にして変わった。無意識、といった様子で立ち上がる。
その、床を踏みしめた足音が亮の非難の声に聞こえて、蓮はつい自己弁護を図った。
「私が本当の気持ちを話していたら、きっと追い出されていました。だから私、ああ言う以外には――」
「もういい」
慌てて上げた蓮の声を、亮はひそめた眉で遮る。
「弁明は必要ない。とにかく今は、すぐに月龍を呼び戻すのが先決だ」
息を飲んだのは蓮と蒼龍、同時だった。では、と顔を上げる蒼龍に、亮は目を細める。
「悪かったな蒼龍。お前の言う通りだった。惚れた女にそう言われては、月龍でなくとも死にたくなる」
惚れた女。亮はいつも、月龍にとっての蓮をそう呼ぶ。亮の前ではそう一貫して振る舞っていたのだろうか。
――否、結婚後の月龍は蓮に対してもそのような言動をしていたけれど。あれが本当に、彼の本心だったというのか。
「違います。違うはずです」
だって月龍は蓮を殺そうとしたのだから。すでに亮から論破された以上口にできるはずのない反論を飲みこむ。
「違わん。――大体蓮、婚礼の日にお前たち、抱きしめ合っていたではないか。それでおれは安堵していたというのに」
「あれは――」
亮はそれを見ていたのか。それで誤解して――二人が愛ある結婚をしようとしているのだと思いこんで、華燭の典では月龍にも劣らぬ笑顔を浮かべていたのか。
蓮や月龍の幸せを、心の底から祝福して。
あの微笑みを見て、亮からも見捨てられたような気分に陥っていたのは、蓮の思いこみに過ぎなかった。
――蓮の思い込みは、果たしてそれだけだったのだろうか。
じわじわと恐れが胸に迫ってくる。
「あれは、契約の最終確認です」
「契約?」
「月龍から提案されたのは、形ばかりの結婚でした。妻として振る舞う必要はない、ただ傍にいてほしいと。私が了承するなら、結婚後すぐに前線を希望すると――」
「それで、お前は承諾したわけか」
語調には、どこかごりっとしたものが含まれているような気がした。
「ならばお前は、月龍から聞かされていたのだな? あいつ自身が死を望んでいることを――それを聞いた上で、承知したと」
決して声を荒らげているわけではない。よく月龍がしていたような恫喝でもない。
それでも蓮は襲いくる恐怖のために顔を上げることもできなかった。




