453【07】『花と温かいお湯の中』
私は女王陛下の侍女に連れられて、サンルームに来ていた。
不思議なサンルーム。
全面が硝子張りになっていて、でも外からは不透明に見えるのだ。
これは硝子自体に細工がしてある訳ではなく、風の作用なのではないかなと思う。
常に風が吹いていて、視界を遮っている。
遮っている理由は明々白々。
ここはサンルームという名のバスルームだから。
外から中が見えてはいけない用途の場所だ。
ここに連れられて来たということは、私は湯浴みをするのだろう。
実はこの国に来る前にも温泉擬きに浸かっていたのだが、それを言っても流されるだけだ。だから何? と。何故なら令嬢は晩餐会の前は体の隅々まで磨き上げるのがしきたり。
私は侍女で聖女なのだが、辛うじて令嬢でもあるということで、ここが用意されたのだろう。
私はサンルームいっぱいに広がる大きなバスタブというか池というか自然物のような人工物のお風呂に魅せられていた。実は――
私の雪玉草のポーチの中に水着が。
聖女専門店に行く前に寄った貴族用の衣服のお店。
そこで水着を注文したのだが、直ぐに使える既製品の水着も買ったのだ。
それが入っている。
このサンルームという名のバスルームを目にした時から、こっそり思っていたのだが、ここ水の魔導師の特訓場にぴったりじゃないかと?
別空間で受け取った大聖女のタクトもあることだし、魔法をちょっと試したい……とか内心思っている。その為には……。
「あの、侍女の皆様。私は湯浴みは一人で出来きるよう躾けられてきました。貴族令嬢ですが魔導師でもありますので、有事の際は自立して動ける必要がありますから。なのでここは一人にして頂けると助かります」
私はにっこりと言い放った。
魔導師兼聖女がゆったり風呂に入ってる余暇はない。それは貴族令嬢の専売特許。こんな大量の水を見て、魔法訓練をしたくならない水魔導師がいるだろうか? いいやいない。少なくとも私はしたくてうずうずする。もしこの女王陛下の侍女達が精霊ならあっさり引き下がってくれるのではないか? だって人間の侍女ほど、自分の仕事や責任に拘りがなさそうだし。
「美しく磨き上げるのが令嬢の本分です」
侍女は引くこともなくあっさり言い放った。ん? 精霊じゃないの? 人間? でもフェーン領なら兎も角として、フェーン聖国に人間はいる? いないと思うのだが……。
「その美しい肌に花の香りを染みこませるのです」
え? 肌に香りを染みこませるの? いやいやいやそこまでは。
「……あの、精霊で間違いないですか?」
「間違いありません」
やっぱり精霊なんだ。
使役精霊だよね?
多分普段は大気中に漂っている系の。
「なんの精霊なのでしょう?」
「美の精霊です」
美?
美って言った?
風でも水でも炎でもなく美。
美って単独精霊として成り立っているんですね? ちょっぴり不思議。
「美しく整えて、最上の衣を纏うと、人は自信が体中に広がります。そして楽しい気持ちになります。そうすると精霊はその精気を吸い込むという一挙両得の関係になります」
「……一挙両得」
何か商人の口から出るような言葉が出た。
一挙両得の為に着飾るんですね。成る程。
「一挙両得は大切ですね?」
「そうなります」
どうしよう?
そこまで言われると、なんだが実はバスタブで魔法訓練がしたいですとは言いにくい。なんというか美の精気は確実に出ない方向なので。
「美による人の精気ですか?」
「そうです。とても美味」
美味美味と言って侍女達はころころ笑っている。
ちょっと精霊っぽさが出てるね?
精気が美味だから頑張るんですね? 大変動機がストレートで好ましいです。
「では、私なりに良く体を擦って隅々まで洗いますので、外で別のことをして待っていて下さいませんか?」
ええ、ささっと五分くらいで洗わせて頂きます。そして残りは魔法訓練……。
「聖女のお嬢様、聞いておりましたか?」
「勿論です。聞いておりました」
「私達は美の精霊。磨き上げてなんぼ。他者に任せたら精気の出来が悪くなるじゃありませんか? 美に関して私達の右に出る者はおりません。なので私達が磨き上げるのが一番。不味い精気などいらしません」
いらしませんって。
でもこんな恰好の訓練場を目の前にして引く魔導師だっていないんですよ?
「……では水着を着ながらで良いですか?」
「ぁあん?」
「…………」
だって買ったばかりの水着着てみたいんです。お願いします。
私は精霊に頼み込んだ。
精霊は自ら欲するところに忠実というから、難しいのかな? どうなのかな?
押し問答の末、私は水着権を手に入れて、水着を着たままバスタブに入った。
温かくて、花の匂いに満たされる。
凄く不思議。
まるで切り花ではなく花が水の中で咲いているみたい。
でも地中に根があるわけでも、底に土が張ってあるわけでもない。
そもそも水ではないから、生きた花は枯れてしまうはずなのだが、生き生きしている。
確かにこのバスタブに浸かれば、私に花の香りが移りそうだ。
私はゆらゆら水に揺蕩いながら、全身に水を感じていた。
水の魔導師の特性は、水がある場所の方が数倍簡単に水魔法が繰り出せる。
当たり前だが乾燥した空気と乾燥した水源のない土地での難易度は数倍上。
だから、水魔導師の性というかで、先程から魔法を紡ぎたくて紡ぎたくてそわそわそわそわしているのだ。
精霊のお姉さん達には、水着で入る許可を貰った。
でも湯浴み中は同席をするというのが精霊達の出した条件。
そして私は穏やか魔法なら掛けてもよいという許しを得た。
思ったよりも精霊のお姉様方は心が広かった。というよりも大変融通が利いた。
精霊の国で魔法を使うのは若干憚られるのだが、そこは女王陛下に許しを貰っているし、流石にタクトを一度も振ったことなしに、敵陣に赴く訳には。
このタクト気になっていたんだよね? 貰った時からずっと、水魔法との互換性について。聖女の魔法媒体なのだから聖魔法専用と思いがちだが、初代大聖女は水の魔導師でもあるのだ。最後は濃紺のローブを羽織っていたし、ワンチャン水魔法にも使えるんじゃないかな? でもどうやって使うかだよね? 精霊のお姉様達と約束したのは穏やか魔法。攻撃系の魔法は放ってはいけない。そこでまずルーシュ様が以前孤児院に行く時に言っていた魔法を放ってみようと思う。つまり大気中の水分量を減らすのだ。バスルームという空間は常に湯気が上がっており、空気が湿っている。こういう空間で炎の魔術は紡ぎにくいと言っていた。ならば私が水分量を減らして空気を乾燥させられれば、炎の魔導師のナイスアシストになれるのだ。私はルーシュ様のお役に立ちたい。反属性だからって見ているだけなんて、そういうのは侍女として最善ではない気がする。
私は手に持ったタクトに集中する。
石に自分の魔力を通す感じ。
そして持ち主が変わったことを石に伝えて、私の魔力色に染める。
どうか反発も遮断もしないでね?
そんな思いを込めて自分の魔力を練り上げてゆく。









