22話.復讐姫の選択
あまりにも生々しい夢を見て、エリクは気分を悪くしながら目を覚ました。あの時の生温い血の感覚は、未だ体が覚えてしまっているらしい。そして、死ぬ間際の彼女の顔も。
エリクは立ち上がり、一時的な休憩場所として潜んだ洞窟から外へと出る。
そこには指輪を手のひらで転がすベルが座っていた。
血は丁寧に洗い流されており、綺麗な緑色の装飾が光っている。まるで先程のことが無かったかのように。
「隣、いい?」
ベルはこくりと頷く。
彼女の目は赤く腫れている。きっと誰にも見られないところで泣いていたのだろう。チェルはそれだけ、ベルにとって大きな存在であった。
「ごめんなさい、大事なことを黙っていて」
「仕方ないよ。トルナトーレの名は、名乗ることさえ禁忌と言っても過言じゃないからね」
トルナトーレの家系には老若男女問わず懸賞金が懸けられている。全く関係がないかなり遠縁の家だったとしても、その対象となる。
それほどまでに、大勢の人間を死に追いやった死神の血は危険視されている。
「でも私の親からは〝導きの魔導師だけは信用できる〟って言い伝えられてきたの。だから言うべきだったわ……そうすれば私の魔術についてもっと早く分かった筈なのに」
なんとも過大評価されたものだ、とエリクは思った。
「何か対策とかってある?」
「魔力を奪う対象が完全にランダムだったら、どうしようもないね。能力を詳しく知りたいけど、端から見れば一秒にも満たない一瞬にしか発動しないから、僕の目でも追いきれないんだ」
もし時間があるのであればいろいろ試してみたいが、翌日明朝には攻め入らなければならない。
今魔力がゼロになれば、確実に溜まり切らない。
「一回目は、近くにいた魔術士の魔力が無くなった。二回目は、少し離れていたチェルだった。もしかして、基本的には意識した相手から魔力が取れるのかな。三回目はよく分からなかったけど……。で、もし意識している人がいなければ、近くにいる仲間から奪うってことかもしれない」
「でも、確証はないわ。弱気なことを言っているようだけど……敵地のど真ん中で魔力を失えば、死ぬより酷い目にあうのは目に見ている」
「じゃあ、どうする? その能力を使わくとも勝てる策があるなら、そっちでもいいけど」
ベルは黙ってしまう。現実問題として、魔術使用を避ける方法は無い。
「それに……そもそも戦える?」
ベルは答えずに、俯いてしまう。
今まで気丈に振る舞っていたベルだが、唯一の肉親とも言えるチェルを失ったことによる精神的ダメージは計り知れない。魔術を使うこと自体が心的外傷になっていれば、最早戦うことすらできない。
「ベル様、私たちは皆、身を投げ出す覚悟はできています」
洞窟からリナが出てきて、ベルの隣に座る。
「リナ……」
「ベル様が何者だとか、どういった魔術を使われるとか関係ありません。何故ならインペラルタへの憎しみのみで私は……私たちは集まったからです。多少の犠牲は覚悟の上です。大事なのはあ、今後同じ苦しみを生まないことです」
「……ええ、分かってるわ」
ベルの声は弱気になっていた。
リナの目に悲しみが一瞬浮かび、瞬きをした後、ただ冷たさだけに染まった。復讐のみだけを見る目に。
「チェルがいなくなった今、想定の半分以下の爆弾で攻めないといけなくなった」
チェルの作り出した爆弾は天具であるため、亡き後でも魔力を注ぎ込めば起動する仕掛けになっている。だが、本当であれば攻め入る前に量産する予定だったのだが、それができなくなった。
「それに……私の能力が誰の魔力を吸ってもいいような作戦を立てなきゃいけないの。だから……考えさせてもらえないかしら」
「もちろんです。時間はありませんが、この作戦は一度きりですからどうか熟考いただければ」
そう言ってリナは洞窟の中に戻っていった。
「……あの子に励まされるなんて、私そんなに堪えてるように見えるのかしら」
「それで堪えてないように見える人は普通じゃ無いと思うよ」
今のベルには覇気の欠片も見られない。この精神状態では、もしかしたらエリクが授けた魔術も正しく機能しない可能性もある。
「さっきの問いの答えだけど、私は戦う。それは変わらない。チェルが死んだなら余計に引けないわ」
「そう言うと思ってたよ」
死神の魔導師は、誰かの犠牲で力を得た引き換えに、必ずそれに報いるという信念を持っていた。それが今でもちゃんと引き継がれている。
「僕も作戦を考えるの手伝おうか? 得意なわけじゃ無いけど、場数は踏んでいるからね」
「ありがとう。でも意外ね。そんな手助けをするキャラじゃ無いと思ってたわ」
「キャラって……。あのね、エリーチェラには多重継承した魔具がいくつかあるんだ。だから、それらを無効にして回る必要だってある」
おおよそ十ほど、多重継承されている魔具がある。それらを回収するか、破壊し尽くす方がエリクにとっては重要だった。もちろんその中の一つはベルの仇であるバルドヴィーノもふくまれているであろうが。
「分かってるわよ。じゃあ、作戦を立てましょうか」
作戦会議は夜通し続いた。
万を越える騎士たちをどうやって出し抜くか、どうやって目的であるバルドヴィーノ=ヴェッツォーシィの元に向かうかを話し合った。
――いつの間にか入れ込んでるな、俺も。
エリクは最初、多重継承さえどうにか出来ればベルを見捨てる気でさえもいた。けれども知らぬ間に深入りしていた。
死神の魔導師と知ってからは、余計に。
過去、殺すことでしかディアナを救えなかっただからかもしれない。
『悩んでおるな、若者よ』
不意に頭に響く老人の声。
〝導きの魔導師〟ルッツが魔力経由で会話をしてきた。
『……ルッツ。ほんと趣味悪いよね。彼女がディアナの血族だってこと、知ってた癖に』
『儂はどちらの味方でも無いからな。言う義務はあるまい?』
『で、このタイミングで連絡してきたのはどうしてかな? 今から敵討ちするのをやめろとか? それとも、僕を心配してるとか? ああ、ベルを僕の魔導体系に切り替えたことに対してかな』
『ぬかせ。どれでも無いわ』
コホンと咳払いする。
『ディアナの死については、儂も責任がある』
「何を今更! 百年越しの贖罪など何の価値にもならない!」
思いっきり立ち上がり、思わず声に出してしまう。
ベルがびくりと体を震わせるほどの怒声だった。
『狂い始めたのを知っていたながら静観し、ただ自分の魔導体系を必死になっておったからな。後悔が無いわけでは無い。だから……一つだけ、個人的に言いたいことがあっただけじゃ』
あの平等の魔導師が〝個人的〟な判断をするなんて嵐でも起きるのでは無いだろうか。
だが真剣な声音から、茶化すことなくエリクは次の言葉を待った。
『ベルナルディーナ嬢が、もしディアナの意思を引き継いでいたなら、サポートして欲しい。お主はこの世から逃げたくて仕方ないだろうが……ディアナへの思いに報いる手段がある内は、まだ逃げなくても良いのでは無いか?』
『……自分勝手だね』
『ああ、自分勝手じゃ。だから無視しても構わんよ』
そんな言い方は卑怯だと思った。
これでベルも同じく悲惨な末路を辿れば、ルッツと同罪になってしまう。
『……急にすまんな。明日の決戦、大自然の加護があらんことを』
返答をしていないのに、自分から切っていた。
――加護って何だよ。自分の魔導体系を持つ人間を殺しに行くというのに。
肩を並べ戦争していた時、決まってルッツは戦い前にそう告げていた。
エリクは拳を握り、空を見た。
雲ばかりで、星の一つも見えない。
読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m
次回は〝4月23日〟更新予定です。
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