21話.絶望へと誘う死神の血
「チェル!」
リナの尋常じゃ無い声量で発せられた悲鳴が聞こえたのは、丁度龍を倒した時だった。
大きな爆発音が轟き、爆風が木々を揺らす。後方に襲いかかっていた龍の顔面が吹き飛び、地へと臥す。
ベルは剣を龍の首元から抜き、急いで後方へと走る。
エリクは何も言えなかった。魔力を感じ取れるエリクは誰よりも早く、何が起きたかを感じ取っていた。
「うそ……」
ベルは惨状を目の当たりにし、立ち尽くした。
いつも何が起きても動じないベルの顔に、絶望の色が大きく映っていた。
リナは自分の体を抱きかかえ、声を押し殺しながら涙していた。
エリクが爆心地へ向かうと、大きな焼け野原が円状に広がっていた。近くには幾つか焼き焦げた肉片が散らばっている。そして爆心地の中央には、魔具の指輪が落ちていた。
「チェルが……攻撃しようとした時に……魔力が無くなって……けど命と引き換えに……最後に笑ってた……ごめんなさい私……」
リナが嗚咽を漏らしながら、必死になって報告を行った。
呆然とするベルは何の反応も示さない。
「魔力が無くなった? あの膨大な魔力量を持つチェルが?」
エリクは思わず問い返してしまった。
魔術を使わずに、人の魔力が急に枯渇するなんて現象はあり得ない。
竜種も、天承術も、そのような能力を持ち合わせることは不可能である。魔具を使えば可能であるが、それであればエリクが気付かない筈がない。
と、エリクはある一つの可能性へと至る。
「ベル、もう一度能力を使ってもらえるかな」
「なんでこんな時に――」
「いいから!」
びくりと体を震わせて、ベルは言うがままに魔術を発動する。
と、しばらく置いてどさりと倒れる音がした。
エリクが振り返ると、仲間の一人が地に倒れていた。
「どういうこと?」
ベルは強張った表情でその人を見る。近くにいた青年が近くにより、体を起こす。
「大丈夫?」
「うん……魔力が急になくなったみたい」
その様子を見て、段々とベルの目が見開く。
「う……そ……」
エリクも嘘と言いたかった。こんなおぞましい魔術など見たこともない。こんな異端な魔術が生まれるなど思いもしなかった。
「まさか……他人の魔力を使って発動するなんて……」
瞬間移動に似た能力を発動しても、ベルの魔力は全く持って減っていなかった。それもそのはず、ベルは他人の魔力を利用して発動していたのだから。
「おーい! あっちに隠れられる洞窟を作ったぞ! 早く二人も……って、何かあったのか?」
戦いに入る前、岩を削ることが出来る魔術士に、一晩過ごせる洞窟を作ってほしいと頼んでいた。洞窟が完成したと呼びに来たルキーノだが、重々しい雰囲気を察して足を止めた。
「……あとで説明する。だから、ベル姫に肩を貸してやってほしい」
ルキーノに先導されている間に、エリクは考え込む。
魔導師として生きてきたおおよそ百年間の間、千に及ぶ魔術士を生み出してきた。しかし、他人の魔力を消費して発動する魔術など見たことも無い。
そして同じく不可解なのは、何故そのような制約になったのかである。
制約というものは自分に対して課すから意味を成す。ましてや他人を踏み台にする能力など、よほどの悪人でなければ発動しようがない。
しかし、ベルは他人を食い物にして生きるような性格には見えない。
――性格でも価値観でもない。家族を殺された憎悪だとしても、仇以外の人間を贄にするとは思えない。過去でもなければ、宗教に入っているようにも見られない。となると残りは……血族か。
導きの魔導師の魔導体系は、稀に血族に呼応した魔術を発現することがある。よほど家系が特徴的な場合のみに起こるため、例としてはかなり少ない。
「ねえ、ベル」
「……何?」
「君のファミリーネームを教えてくれないかな。僕の魔導体系は、血族によって決まる場合もあるんだよ」
するとベルは少し黙った後、いきなり笑い出した。
「そう……そういうこと……ハハッ、アハハ!」
正気を失ったとしか思えない笑いに驚き、リナがベルの元へ駆け寄った。
「ベル様!」
「なるほどね、チェルを殺したのは私の中の血……〝死神の血〟なのね」
ベルはルキーノを押しのけて立ち上がり、エリクへと向きなおる。
「私の本名はベルナルディーナ=トルナトーレ――」
その言葉を聞いて、リナとルキーノの二人の顔が強張る。
〝トルナトーレ〟
その姓を知らぬ人間はこの世に存在しない。
「――そう〝死神の魔導師〟の血族よ」
かつて魔導師戦争時代、あらゆる犯罪者を集めた集団を作り、非業の限りを尽くしたこの世で最も悪に染まった〝死神の魔導師〟……ヴェルディアナ=トルナトーレ。国を持たず、理念を持たず、ただただ人を殺めるだけの歴史上最悪最低の魔導師。
八十年前に息を引き取ってからもなお、その悪しき血を根絶やしにするため各地でトルナトーレ家の粛清が続いている。ベルの一家も例外ではない。
「死神の魔導師の魔導体系は〝他人を贄に、侵食を経て、死を成す〟。人の犠牲の上に成り立つ、生命を断つための魔導体系。……その血筋ならば、説明がつくでしょう?」
彼女は以前、魔力を感じ取れると言った。その力は魔導師のみが持っている力だが、家系にも稀に発現する可能性はあった。
エリクは頭を手で押さえ苦笑いした。
「百年経っても罪は消えないんだね……ディアナ」
導きの魔導師のエリクと、死神の魔導師のディアナは共に戦争を生き抜いた友であった。
自らの意思で魔導師になったエリクに対して、先代の死神の魔導師より引き続き受動的に魔導師になったディアナ。
二人はよく衝突したが、互いにかけがいのない存在となった。
そしてある日をきっかけに、ディアナが豹変した。
きっかけは魔導師戦争の中で、エリクが致命傷を負った時だった。ある魔導師が人を盾にする卑劣な作戦により、エリクを嬲りものにした。それだけでなく、ディアナに親しい魔導師全員に対して同じことをした。
そしてディアナの何かが壊れ、死神の魔導師として真に覚醒を果たした
その魔導師は未だに死なぬ苦痛の牢獄に閉じ込められ、見境なく暴力を振るう殺戮兵器となった。
見るに耐えかねたエリクはディアナを止めるために全面戦争を行った。
互いの兵は全滅し、魔導師同士の戦いあいになった。
そしてエリクは自らの手で、ディアナの息の根を止めた。
『ありがとう……エリク。私を止められるのは貴方しかいないから』
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次回は〝4月20日〟更新予定です。
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