20話.アリガトウ
オリヴィア=チェルーティは、物心ついた時からベルの見守りをさせられていた。
しかし、ベルは早熟で幼い頃から一人で卒なくこなすことができ、人の助けが必要となる余地が無かった。逆にオリヴィアは不器用で要領も悪く、世話をしなければならないベルに世話になる始末だった。魔術も、魔力はあっても技術が拙く実戦向きになるまで長い年月をかけた。
それでもベルは、オリヴィアを一番傍においた。誰も彼もがオリヴィアを見放しても、ベルだけはオリヴィアを信頼した。
そしてベルの家族が、国が滅ぼされて復讐を誓った時だった。
『私も貴方も、名前は知れ渡ってる。だから名前を変えましょう。今日から私は〝ベル〟で、あなたは〝チェル〟って名乗りなさい。私の名前と音も似てるから、いいと思わない?』
『私なんかがお側にいていいのですか? 迷惑じゃないのですか?』
『何を言ってるの。私は一番信用できて、頼りになるのが貴方だけだから最初に助けたのよ。一緒に戦いましょう、チェル』
そう言ってくれた時、チェルの世界は変わった。
「はぁっ!」
チェルは熊型の魔獣の腹に手を当て、魔術を発動する。
魔獣の体内に爆弾を作り上げ、破裂させる。一撃必殺の魔術で、次々と魔獣を葬る。
ふと、異質な地鳴りが響いていることに気づく。
「これは……まさか竜種ですか。小型ですが、初めて見ました」
リナが隣に立ち、現れた強敵に構える。
「あの強固な鱗、私の剣は通らないでしょう。オリヴィア、先ほどのえぐい技で倒せますか?」
「えぐいって……人聞きの悪いなぁ。たぶん、いけると思うよ」
「分かりました。では、私が隙を作りますので、その間にお願いします」
リナは地を蹴り、龍へと剣を振るう。
いとも簡単に弾かれ、その隙に巨大な尾が振られるが、リナは余裕で躱す。
速度は速くない。防御力と破壊力を除けばさしたる脅威ではない。
しかし、チェルの身体能力では、それを躱すことはできない。
霧を出しながら、何度も何度も切り掛かる。切り傷程度で、肉までは到底届かない。
他の人は荷物を運び出すことに注力している。
最悪倒せなくてもいい。逃げ切れさえすれば。
前方を見ると、同じく龍が一頭。
そういえばこの竜種はつがいで襲いかかると言われている。
チェルは両手に魔力を凝縮させる。リナが動かしたおかげで、弱点は見えた。
「あの龍のアキレス腱さえ爆破できれば……動きを止められる」
チェルは龍の背にゆっくりと回りながら、時を伺う。
刹那、莫大な魔力が膨れ上がる。それはエリクの魔力顕現にも似た、けれどももっと寒気のする圧迫感。
ベルが魔術を発動したのだろう。
あまり使うなと釘を打たれていたが、さすがにこの場では使わざるを得なかったのだろう。
「さすがベル様。私も続かないと!」
魔力に反応し、龍が他所を向いた瞬間にベルは飛び出した。
今このチャンスを逃すわけにはいかない。更に両腕に魔力を注ぎ込み、龍の足元へ到達した。
チェルは勝利を確信した。龍はまだチェルの存在に気付いていない。あとは腕を伸ばし、術を発動するだけで終わる。
しかし、
「……っ!」
突然、チェルの体が強い倦怠感に襲われる。頭がふわふわとした浮遊感に包まれたかと思うと、急に体が重くなる。チェルは足を地に引っ掛け、倒れ込んでしまう。
「きゃっ」
しかし幸運なことに龍の足が目の前にある。チェルは気怠さを跳ね除け、龍のアキレス腱へと手を伸ばす。
だが、魔術が発動しない。
体の中の魔力が、全くもって反応しない。そもそも、体の中に流れていた魔力が無くなっていた。何の魔術を使っていないのに、急に無くなった。
チェルの声に龍が気付き、足を動かそうとする。
あの龍に人の魔力を奪うような能力は無い。だとすれば可能性としてエリーチェラ軍だが、天承術は魔力に対して直接の鑑賞ができない。
――そっかそういうことなんだ。
チェルはとあることに気付き、そして、諦めた。
リナは爆発が起きると思い、距離を離していた。
エリクとベルは、前方にいた龍に気を取られている。
他の者は逃げることに精一杯だった。
――それなら、いっか。
龍が体を向け口を近付ける最中、チェルの顔に焦りも恐怖も浮かばなかった。
満ちているのは満足感。
龍は涎が滴る大きな顎を開く。
チェルはその口に向かって手を伸ばす。
――やっぱり指輪、付けてて良かった。
天承術は〝生命力を贄とし、自然との同化を経て、物理現象への干渉を成す。〟という魔術体系により生まれた魔術を指す。そして人は無意識の内に使用できる魔術を制限し、命に害が及ばない程度に生命力を消費する。
チェルはその制限を解除し、つまるところ、命と引き換えに魔力を捻出しようとしていた。
「チェル!」
遠くから聞こえる悲痛な声に、チェルはふっと微笑んだ。
「やっとその名で呼んでくれたね、リナ」
命と引き換えに生み出した魔力を、指輪の力で増幅させる。
そして龍の刃が肉に食い込んだと同時に、魔術を発動した。
「ベルナルディーナ様……最後に貴女のお役に立てて本当に良かった」
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次回は〝4月18日〟更新予定です。
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