23話.最終決戦
バルドヴィーノはエリーチェラ騎士軍本部の屋上で、今日も優雅にワインを嗜んでいた。
「今日は曇は色が悪い……一雨来そうですね。ですが、この一時は止められない」
バルドヴィーノの声に反応するものはいない。
導きの魔導師が攻めてきているとの情報を受け、ダニロ含めほぼ全ての兵士を出払っていた。
こちらの兵士は、万を超えている。対して相手は百少し。
兵力差は歴然だが、あちらには導きの魔導師という未知の要因がある。
不明なのは、何故魔導師が魔術士に加担しているのかということだ。
そもそも現在世界最大勢力である平等の魔導師の勢力圏内で騒ぎを起こすこと自体、愚かな行為である。加えてダニロの話を聞く限り、あくまで指揮しているのは魔術士で、それに魔導師が従っているということではないか。
強力な睡眠等により操作でもしているのだろうか。いずれにせよ、その繋がりを解明し、できれば魔導師を取り込むことが理想であった。
「もしどうにもならなければ、平等の魔導師を呼ぶことだって出来ますからね」
テーブルの上に置いてあるのは、菱形のエメラルドが嵌められたブローチ。これに手を当てて念じると、平等の魔導師との通信ができる。ある一定以上の功績を挙げた魔術士のみに許された特権である。
ブローチを愛おしく見つめていると、屋上のドアが勢いよく開かれた。
「総長! 奴らの奇襲です! 導きの魔導師一行です!」
兵が息切れ切れにバルドヴィーノの元へ駆け寄り、膝をついて頭を垂れた。
「急ぎは分かるが、落ち着きなさい。何を根拠に?」
「ヘラクレトスと同じく、爆弾と霧による撹乱です。ただ、おかしな点が……」
「おかしな点?」
「街のあちこちで爆弾が発生した後、エリーチェラを覆い尽くす勢いで霧が広がり始めました。ですが……相手の兵が何故か撤退し始めたのです」
「撤退? 数は?」
「おおよそ百人ほどと」
バルドヴィーノはあご髭を撫でながら、一瞬思考を巡らせる。
「てっきり昨晩攻めてくると踏んでいましたが……どういう風の吹き回しでしょうか。それに撤退……敵の女大将は?」
「逃げてる兵の中に、おそらく敵の女大将の姿はありません」
「ふむ。少数精鋭でこちらに潜入するつもりでしょうか。」
バルドヴィーノはテーブルに立てかけていた剣を握る。赤いヒビの入った両刃の剣を。
すると、今まで感じなかった気配が北東の方から感じた。異質で、圧倒的な魔力の気配を。
それは高速で街の中を動き回っている。
「……なるほど、だからダニロは導きの魔導師を見つけられたのですね」
「と、言いますと?」
「いえ、独り言です。剣が主人の行方を教えてくれただけですよ。とりあえず、撤退している兵たちはある程度追ってみてください。罠のようなものがあれば引き返して構いません。あと、街の中で騒ぎが大きくならないように周知を。爆弾も、天具の不備による暴走とでもしておいてください」
「はっ!」
兵は再び立ち上がり、任務遂行のために駆け出した。
「たった数人で私を堕とせると思っているとは、舐められたものですね」
グラスに一筋ヒビが入る。バルドヴィーノの顔に、ワインでも決して生まれ得ない昂りによる笑みが浮かんでいた。
「さあ、いつでも来なさい。導きの魔導師……エリク=アルドロヴァンディーニ」
「これで三つ目っと」
兵から魔具を奪い、次の魔具へと向かうエリク。
魔力顕現を使い、休むことなく町中の兵から魔具を奪っていっていた。
大将が持っている物を除き、あと六つの魔具を集めなければならない。
――それにしても、この街の魔具はどれも多重継承されている。やはり、意図的にしているとしか思えない。
バルドヴィーノは、エリクにとっては危険な存在だ。どうやって多重継承を生み出したかは分からないが、その手法が国全体に広まれば、エリクの気配は決して小さくなる事がなくなってしまう。
考えることを途中でやめて、次の魔具の元へと急ぐ。
早くベルの元へと援護に行かなくてはいけない。
近くにきてわかったが、総長の多重継承はほぼ黄金比で魔力が混ぜられている。より強力な術へと昇華している可能性がある。最悪、概念レベルにまで影響を及ぼす魔術にまで。
ダニロ=アルボーニは爆音を聞いてから、いの一番にバルドヴィーノの許可を得て出撃した。
バルドヴィーノはダニロに〝失態に対する罰が処刑や降格以外にもある〟と言ったが、それは彼の傍で何もしないことである。ダニロは何人もそのような罰を受ける軍人を見てきた。許されることも罰せられることもなく只本部にい続けて、居心地が悪くなり自己申告で退役する者や、罪の重さに発狂して廃人となった者を。
バルドヴィーノは軍人の中で途轍もなく寛容であり、そして軍人の誇りを容赦なく踏み躙る。
もし今回の作戦がミスすれば、確実に同じ目に合うだろう。それであれば、田舎に左遷されてワイン業者にされた方がよほどマシである。
魔具を失ったため導きの魔導師を見つける事は叶わなかったが、運良く兵を纏めているであろう女騎士に遭遇できた。
決して忘れる事がない、自分を水の魔術で流した張本人を。
「見つけたぞ! 我が兵を良くも甚振ってくれたな。あの時の借りを返そうぞ!」
「あら、お久しぶりね。てっきりコテンパンにされて、私たちがトラウマになったのではないかと思ったけれど」
「言ってろ。しかし、こんな昼過ぎ……平民たちが活発な時間帯に遅いに来るとは外道極まりない」
「正攻法では勝てるとは思ってないわ。だから尽くせる手は尽くさないと、ね……!」
「外道が!」
そう言って女騎士は路地裏へと逃げ込んだ。
周囲をさっと見渡すが、他に兵はいない。敵地のど真ん中に単身で乗り込むなど正気の沙汰とは思えない。
「決して逃してはならん! 兵を集め、囲むのだ!」
ダニロは馬に乗り、彼女のあとを追いかける。平原ならともかく、ここでは馬の足を活かしにくい。が、人が走る速度よりは早い。
周囲にいた兵達でバリケードを組み、徐々に彼女を追い詰める。
地の利はこちらにある。
家の中に侵入したことも想定した上で徐々に追い込む。三千を超える兵を投入し、囲いこみを行っていく。
そして、二十分も経たぬうちに追い詰めることに成功した。
大きな公園へと追い詰められた女騎士は悔しそうな顔で噴水を背にダニロを見据える。
周囲には四重の円を作り並ぶ兵がいた。内側からも、外側からも突破することは容易ではない。もちろん近くの建物にも兵がおり、集中砲火することも可能だろう。
「あら、信用も失墜したのかと思っていたけど、甘く見ていたわ」
「貴様も馬鹿だな。なぜ人のいない公園に逃げたのか理解に及ばん。だが、市民に危害が及ばないようにという僅かながらの良心が働いたと思うばかりだ」
ダニロは馬から降り、背負っていた槍を向けた。
「我が名はダニロ=アルボーニ。一対一での決闘を申し込む」
絶体絶命の危機になり、だが、彼女は笑みを浮かべた。
「集中砲火すれば良いものを……わざと私との決闘にするのは、他の仲間を誘き寄せる意図もあるのかしら。有象無象の集団こそ、頭の存在は大きい。危機に陥れば、必ず助けに来る。そこを叩くつもりなのね。……私は虫を誘き寄せる甘い蜜ということね」
「それが分かったところで、貴様には拒否することも回避することも叶わない。大人しく剣を向けろ」
「分かったわよ――剣を向けりゃいいんだろ!」
声音が変わった。
そして女騎士は光を発し、別の輪郭が浮かび上がる。
「お前は……あの時に私に変装した……!」
「礼儀に倣って名乗らせてもらおうか。俺の名はルキーノ=グッドウィン。お前らの不当な取り立てで家が潰れた家の者だ。まあ、そんなことはどうでもいいか」
ルキーノは短刀を手に取り構えた。
「来いよ負け犬。二度と吠え面かけないように、その二重顎を捌いてやる」
「一度ならず二度も馬鹿にしおって……タダでは殺さんぞ!」
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次回は〝4月25日〟更新予定です。
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