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エミリー・ミラーは、魔術師の女子生徒のみを集めた、アルカネラ魔術師女子高等学校の二年生らしい。
入学前に読んでみた少女雑誌の学園都市特集では、『クラシカルな制服のミニケープが可愛いお嬢様学校!』と書いてあった気がする。
そんな連れられてきたエミリーのお気に入りだというカフェは、入るのを戸惑うくらいに可愛かった。
パステルカラーの壁紙とふかふかのソファとクッションに包まれて、艶々のフルーツが載った可愛すぎるケーキを選んで、ソファに合わせたテーブルに置かれたすごく良い香りの紅茶を飲む。
ルルミアは、エミリーの隣に手触りの良さそうなタオルケットを用意されて、たくさん貰った大きな胡桃を齧りながら寛いでいる。
「……もしかして、エミリーってすごいお嬢様だったりする?」
アイビーは、今はクロークに預けられている高級店らしきアパレルショップの大きなショッパーバッグと、エミリーが入店したときの店員の対応を思い出しながら聞いた。
エミリーを見た瞬間、店員はにこやかにルルミアのタオルケットを持ってアイビーが同伴者だと確認して「いつもの席にご案内してよろしいですか?」と聞いていた。
そしてここは「いつもの席」だ。ソファは背が高く、繊細な装飾の腰壁でやんわりと空間を守られながらも、店員から目の届く明るい奥角の、一際ゆったりとした場所。顔を上げれば可愛い花のシャンデリアが燦めいていて、横からはレースのカーテンから柔らかな光が差し込んでいる。
エミリーはパチパチと大きく瞬きをした。
「違うよ! 一応お金には困ってないけれど、お嬢様じゃなくて、普通の家で育ってるし。あっ、もしかして、なにか緊張してる?」
「うん……こういう場所は、初めてで。エミリーが誘ってくれなかったら、きっと入れなかったと思う」
「そう? このお店は、学生が気軽に来ても大丈夫だよ。ケーキも毎月変わるし」
「そうなんだ……」
アイビーは、エミリーがおすすめだというケーキの端にそっとフォークを入れて、一口食べてみた。真っ白で艶々の生クリームに包まれたスポンジから繊細な味がして、ふわふわと溶けた。
「……っ! おいしい……っ!」すごい。なにもよくわからないまま美味しいことだけがわかった。
「ふふっ、そうでしょ? 焼き菓子とかも全部美味しいんだよ」
「うん。……みんなが、エミリーみたいな魔術師だったらいいのにな」
甘やかされた気分で、ため息とともに零す。けれどエミリーは、軽く首を傾げて苦笑した。
「ごめんね。私じゃ駄目なんだ」
アイビーは手を止めてエミリーを見た。
「私ね、最初に契約してくれた妖精を、死なせちゃったんだ」
エミリーは妙に平坦な声色で、アイビーから視線を逸らすようにルルミアへと目線を落とした。ルルミアは、齧りかけの胡桃を抱えたまま、エミリーにくっついてうたた寝している。
「だから、ああいうのを見るの、つらくて。私たちのせいで妖精が傷つく必要なんてないのに」
アイビーは、息を吸ったまま、吐き出せなくなった。エミリーは、安心しきっているルルミアの背中をそっと撫でた。
「でも……何かを変えたいと思っても、妖精を死なせた魔術師と契約してくれる妖精なんて、私にはこの子以外にいないから。強い妖精を従えている魔術師の序列が高い以上、私はもう優秀にはなれないんだ。だから魔術師の構造を変えるのは……私には無理かな! 残念だけど」
無理やり戯けるような調子で、エミリーは笑った。ルルミアの体にくっ付いている胡桃の殻を退けてやって、フォークを掴む。
「できることなんて、せいぜい好きなお店で、偉い魔術師に散らかされて売り物にならなくなった商品を割安で買うくらい? あっ、あと君みたいな子に加勢するとか、ケーキを奢るとか? あれ、私、けっこう頑張ってるかもね?」
そう言ってエミリーは、何かを誤魔化すように大きく切り崩したケーキを食べて、紅茶をこくこくと飲んだ。
「ふふ、まあ楽だよ。もう頑張らなくてもいいって言われる人生も。それよりアイビーは? 学校は、大変じゃない?」
「あ、うん。……大変かな。でも、楽しいこともたくさんあるから、平気」
エミリーの話を追及できなくて、アイビーは慌てて自分のことを切り替えた。「一応、助けてくれるお友達もできたし」
「良かった。どんな子?」
「ええと、錬金術師で……すごく努力家の天才なのに、優しくて人生観が秀才だから大変そうな子……?」
アイビーは首を捻りながら答えた。現状のコンラッドへの評価は間違いなくそんな感じなのだが、果たしてそれで相手に伝わるものだろうか。
「……ねえ。それ、男の子?」
エミリーが、少しだけ真剣そうに声のトーンを落とした。
「あ、うん。女の子のお友達は、エミリーが初めてで」
「もしかして、コンラッド・セルビー?」
アイビーはぱちぱちと目を瞬かせた。なんでわかったんだろうと思ってから、コンラッドが天才なだけでなく、名家の息子でもあったことを思い出す。
「……あ、そっか。知ってるんだ」
「そうね。パルマケイアの錬金術師の一年生といえばコンラッド・セルビーだと思うよ。あの子はシルヴェスター・オーデン、エイデン・フラムスティードと並んで有名だから、他校生でも知ってる人はけっこういるんじゃないかな。あと、ちょっとかっこいいじゃない?」
「え?」
アイビーは一瞬混乱してから考えた。誰よりも格好良くて素敵で最高な人であるエイデンに一目惚れしたアイビーは、そもそもコンラッドの容姿がかっこいいかどうかなんて、考えたこともなかった。内面が繊細で綺麗だとは思ったが。
しかし、よくよく思い返してみると、食事を美味しそうに頬張っても、腹を抱えて死ぬのかと思うほど笑っていても、それが似合っているコンラッドは、かなり基礎の造形が整っている可能性が高いような気がする。
それに、精霊術師と魔術師はエリートほど男子でも髪を伸ばす慣習があるので、こざっぱりした短髪の錬金術師の笑顔が似合う快活なエリートは、かなり珍しい存在である。
「……そうかも。……でも、私はエイデン先輩のほうが好みかな」
アイビーは頷いたが、そこは譲れなかったので付け加えておいた。エミリーが唖然とした。
「えっ、エイデン? エイデン・フラムスティード? えっアイビーはそっちなの? コンラッドと友人なのに?」
「駄目だった?」
アイビーはちょっと怯んだ。エミリーは、大袈裟に頷いた。
「駄目ね駄目。ぜんぜん駄目! 趣味の不一致でもう解散するから!」
「えぇっ……!」
「っふふ、冗談。男の趣味なんて被らないほうが良いに決まってるじゃない。良いよね、エイデン・フラムスティード。そっか、アイビーはああいう感じがなんだ」
エミリーはようやく楽しそうに笑った。
「それで? コンラッド・セルビーは、今どんな感じなの?」
「どんなって?」様子を答えればいいのだろうか――「ええと、毎食たくさん食べていて、午後からの授業中は、ちょっと眠たそうかな」
「そうなんだ。ふふっ、それで?」
「それから……ゴーレムが、人形みたいなの」
「……どんな人形?」
「ええと、星空の妖精みたいな……でも、水みたいな揺らぎ方をしていたのかも……。とにかく、妖精みたいな人形のゴーレムを造るの」
「……へー。綺麗なんだ?」
アイビーは、アステルの姿を思い出しながら告げた。
「うん。誰がモデルなのかはわからないけれど、すごく大切な人だったんだと思う」
少なくとも、アステルは、一般的な理想のゴーレムではなかった。コンラッドをからかったり相手を舐めた様子も見せていたり、コンラッドと遊んだり褒めたりして、とても楽しそうにしていた。――そのどちらも、本来のゴーレムには必要ないはずの、むしろ欠点にもなりやすい機能だ。
だからたぶん、アステルはもともと実在していた、コンラッドにとって理想だった人ではないかと思う。
「……そうだね」
アイビーは、静かに微笑んでいるエミリーを見つめた。
「あ。少し、エミリーに似ていたかも」
「……本当に、そう思ったの?」
「うん」
なにせ今のエミリーは、アステルがコンラッドに向けていた顔とそっくりな表情をしているのだ。それがどうしてなのかは、アイビーにはわからないけれど。
「魔女だなぁ」
エミリーは微笑んだまま、ティーポットからカップに追加の紅茶を注いだ。
「……あのね、一応言っておくけど。コンラッド・セルビーに、私の話はしないでね」
「えっと、どうして?」
「ああ、もう、口止めしておいてよかった。あのね、相手の視界には入ったこともないのに、私が一方的に憧れているなんて、恥ずかしいのよ。だから、言わないでね」
エミリーはそう言いながら、ティーカップにミルクを入れて、スプーンをくるくると回した。濃く鮮やかだった紅茶の色と浮いた白はすぐに混じって、柔らかく落ち着いた色合いになる。
「……わかった」
アイビーは渋々頷いた。エミリーに恥じるところなんてないと思ったけれど、もしもエミリーがコンラッドに向ける感情が、コンラッドがアステルに向ける感情と近いものであるならば、それはアイビーが勝手に介入していい内容ではないのかもしれなかった。
「よかったぁ。ありがとう、アイビー」
エミリーは安心したように両手を合わせた。「あのね、ここ、マカロンも美味しいんだよ。食べない?」
「……食べたい!」
アイビーは気を取り直して頷いた。なぜかルルミアも、鼻をひくひくさせながら起きてきた。
エミリーは嬉しそうに笑って、期待した顔を向けたルルミアに、抱えたまま忘れているナッツを突いて教えてあげた。
「じゃあ、奢ってあげる。代わりに私のおすすめでいい? もうこれは絶対に外せないから! あっ、苦手な味だったりする? やっぱり好きな味がある? 自分で選ぶ?」
「ううん。わからないから、エミリーのおすすめを教えて」
「んふふっ」
エミリーは、店員を呼んで言い放った。
「――ここからここまで全部ください!」
「そろそろ帰る時間かぁ。アイビー、今日は本当にありがとうね」
エミリーは、そう言って落ちてきた夕日を見つめた。外は少し肌寒くなっていて、アイビーはそっと薄い長袖の上から二の腕を撫でた。
突然のマカロンパーティーの余りは包んでもらって、アイビーへのお土産としてエミリーに押し付けられてしまった。最初に向かうはずだった薬草店にも案内してもらったし、カフェの売店ですごく美味しそうなお菓子も買えた。
エミリーが「あくまで噂だけど、コンラッド・セルビーは、ナッツ系のお菓子が好きらしいわ。とくに胡桃ね。だからたぶん、これとか好きだと思うの」と勧めてくれた、大粒の胡桃にたっぷりのチョコレートとココアを纏わせた、贅沢なお菓子だ。
「私も。ありがとう、エミリー。すごく楽しかった」
最期に向けて、いい思い出ができたと思う。同世代の同性の友達と、お洒落なカフェで美味しいお菓子を食べて、憧れの人の話もした。あの青紫色の髪の妖精のことはずっと気になっているけれど、ネリリンが同じ学校ならば、また近いうちに遭遇する気がした。
「ねぇ、連絡先交換しよ?」
エミリーがそう言ってくれる。アイビーは僅かに迷ってから、頷いて、ワンピースのポケットから学生章を取り出した。この学園都市にある学校の学生証や教員ほか学校関係者の身分証には、すべて共通規格の通信装置が埋め込まれているのだ。
学生章を重ねると、中央の石がわかりやすく同時に三度輝いた。満足げに笑ったエミリーの髪と瞳が、夕焼けに赤く染まっていて、綺麗だった。
「……これで良し。アイビー。困ったことがあったら、いつでも連絡していいんだからね」
「うん! エミリーも、そうしてね!」
「そうする。あと、これ」
エミリーはショッパーから白いストールを一枚取り出して、アイビーに差し出してきた。
「えっと……?」
しっとりと柔らかい光沢のある暖かそうな生地に、ほんのりと混ざった同色のラメ糸が可愛い逸品である。けれど、それをアイビーに向けられても、どうすれば良いのかはわからない。
「あげる」
戸惑っていると、エミリーはストールを広げて見せた。
「えっ? だっ、ダメだよエミリー、そんな良いやつ……!」
アイビーは慌てた。今日初めてできた友人からは、既に高級なケーキとマカロンを奢られた後だ。
「それがね、実は私、もう二枚も似たようなのを持っているんだよね……。だから、アイビーが使ってくれたほうが、せっかくの新作ストールも日の目を見るというか。しかも今日買ったやつは、ほとんど全部ネリリンが暴れて一度床に落ちちゃった物なんだ。あのお店は床も綺麗に清掃されていたと思うし、ほつれもないはずだけど、一応不良品なの。むしろ押し付けてごめんね?」
「えっと……でも」
「あ、アイビーももう似たの持ってた? 使いやすいんだよね、こういうの」
「へ? ううん、持ってないけど、でも……!」
「だってアイビー、ネリリンと同じ学校なんだよね? 私は直接助けられないから。お守りにはならないかもしれないけれど、気休めにしてよ」
そう言いながら、エミリーはじわじわと距離を詰めてくる。アイビーはとうとう観念して頷いた。
「……ありがとう。……あのね、エミリー。困ったことがあったら、なんでも言ってね」
しかしエミリーはその答えは気に入らなかったらしい。
「駄目だよ、アイビー。こんなお金で簡単に買える勝手な善意に恩を感じて、自分を安売りしたら」
「でも、私がエミリーに返せるもの、何もないよ……」
「そう? 私は、なんとなくアイビーに投資すると、すごい利益がある気がしてるんだよね。だから、返すのは今じゃなくて、十倍に育ってからとかでいいよ」
「ええ……」
「なんてね。じゃあ、またね! アイビー!」
そう言って、アイビーが困惑しているうちに、エミリーは軽やかに手を振って去っていった。




