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「ハァ……アンタたちがその子を庇うから、まるで私が悪いみたいじゃない」
ピンク髪の少女が面倒くさそうに腕を組んだ。そう言えば自分が優位を取れると思っているようだった。アイビーは眉を寄せた。
「妖精を殴ったことについては、あなたが悪いはずです」
「ハァァ? この子は私の妖精で騎士なの! 私を守るのが当然じゃない! なのにこの子はね、あの店員たちと一緒になって、私の服装がおかしいって言ったのよ!」
ピンク髪の少女がガツガツと足を踏み鳴らし、ドスの利いた声で喚く。栗色の髪の少女が困ったように首を傾げた。
「おかしいじゃなくて、より似合うものをオススメされただけじゃなかった? ……まあ単体で見ればどれもお洒落なアイテムだよね。結局服は全部サフィーラ&ソフィエルの新作に変えたんだ」
アイビーは、ピンク髪の少女のピッチリと腰まで覆うウルトラマリンブルーのオフショルダーニットと、膝下丈のハリのあるパープルのフレアスカート、メタリックシルバーの尖ったハイヒールを見た。
どうしよう。ボサボサに伸ばして振り乱した髪と服装のセンスから、お洒落をする余裕がないのだと思っていたけれど、違ったらしい。そういえば、来た道にサフィーラ&ソフィエルという店があった気がする。何故か日中なのにショーウィンドウにカーテンが掛かっていたところだ。
「でも、ヒールは私もあんまりサイズが合ってないと思うよ。お店の中でも凄くカツカツ音が響いていたし、足にも悪いと思う。あのお店が気に入ったのなら、靴も纏めて買い替えてもよかったと思うよ」
「ハァアアァァ? アンタにはこの気高いヒールの音が理解できないの?」
「え? あなたの気高さって、ヒールを踏み鳴らして周りを威嚇することなの? しかも自分の言い分を通すために人前で脱ぎ捨てたり、それをお店のショーウィンドウやマネキンにぶつけたりして、途中から履いてなかったし……どういうこと?」
なるほど。アイビーは栗色の髪の少女が二つも持っている大きなショッパーを見た。サファイアブルーの紙袋に銀の文字で『Sapphira & Sophielle』と綴られ、白い持ち手にも銀のリボンが結んである。二人は同じ店にいたようだ。
そして栗色の髪の少女の話が本当であれば、ピンク髪の少女はその店舗で癇癪を起こして暴れてから、なおも自分の妖精に怒りを受け止めさせていたらしい。
……ところで、さっきからルルミアが、ピンク髪の少女の声に怯えて、治療を終えたアイビーの胸にきゅぅっとしがみついてきているのだが、このまま抱っこしながら撫でていてもいいのだろうか。
ふわふわで温かくてぷるぷるしていて、申し訳ないけど役得感がある。
「お店の人たち、困ってたよ。せめて反省したなら謝ってきなよ」
「もう行かないわよ、あんな高いだけでセンスがない店。こっちから願い下げ!」
アイビーは後ろを振り返り、青紫色の髪の少女の姿をした妖精を見た。ずっと俯いて黙っている。
あの少女が主人であることに対して掛ける言葉が見つからないのだが、どうしたらいいのだろう。とりあえずルルミアを撫でさせてみるべきだろうか。
「だいたい、アンタはどうやってあの高級店でそんなに馬鹿みたいに買い込んでんの? 血の繋がってないパパにお願いでもしたワケ?」
「え? どういうこと? 支払いは実家のお父様だけど……でもこの店って、品質を考えたら高くないよね? むしろお値打ちなくらいじゃない?」
アイビーは少女の妖精にそっと話しかけた。「――この子、撫でてみませんか? 温かくてふわふわですよ」
「まあちょっと今回はさすがに買いすぎちゃったと思うし、私も反省してるんだけど……でも新学期だし、最高に可愛い新作ばかりだったし、仕方ないよね! お父様も謝ったら許してくれると思うし」
「な、何よ、成金自慢? アンタが稼いだ金じゃないんでしょ? 父親の力で他人に偉そうに説教して、おかしいと思わないの?」
アイビーの声を聞いてくれたらしく、少女の妖精が顔を上げて、アイビーとルルミアを見比べた。
「あなたに高圧的な振る舞いは良くないよって言うのは偉そうな説教なんだ。じゃああなた自身が偉い人なの?」
「ハァァ? 当たり前じゃない! 私はあんな父親の力なんて盾にしないわ! アンタと違ってね! だいたい、アンタだって妖精を連れてるじゃないの。ソイツは野放しなワケ?」
ピンク髪の少女が突然指を差してきたのは、アイビーが抱えていたルルミアだった。少女の妖精が、おずおずと伸ばそうとしていた手を、さっと引っ込めてしまった。
「え? 野放しって? ルルミアは……というか、契約を結んでくれる妖精は友好的でしょ? どうして躾けることを前提にしているの?」
栗色の髪の少女は、不思議そうにアイビーとルルミアのほうを振り返り、その後ろの青紫色の髪の妖精を見た。
「君は、それでいいの?」
青紫色の髪の妖精は、自分の意見を問われたことに驚いたように、パチパチと目を瞬かせた。しかし、俯いてぎゅっと震える両手を握る。
「……ご、ごめんなさい……。わ、私が……ネリリンさんのお願いを、間違えたから……怒られても、仕方ないんです……」
アイビーは、内心舌打ちしたい気分で、少女の妖精をピンク髪の少女から遮るように背を向けた。胸の中のルルミアを持ち上げて、少女の妖精に寄せる。
ピンク髪の少女が勝ちを宣言するように叫んだ。
「ほら見なさいよ! 私はこの子の意思を尊重してあげたいだけ! アンタたち外野は黙ってて!」
アイビーがルルミアを押し付けようとしていることに気づいたのか、妖精の少女は困ったようにルルミアに触れた。アイビーは頷いて、ルルミアの前足をそっと自分の服から外した。温かい小動物の体温が離れて、少し寂しくなる。
「だいたい、アンタは偉そうにしてるけど、どうせアルカネラ生でしょ? 思い出したわよ、去年までセントローズ中等学園にいたエミリー・なんとかでしょ! 私は今年からパルマケイア生なの。強い妖精と契約して戦うために勉強しているわ。そんな小動物と遊んでるアンタが文句を言える立場だと思うワケ?」
「……っ」
栗色の髪の少女が、初めて怯んだように小さく肩を震わせた。それに気づいたピンク髪の少女が、さらに笑みを深くする。
「わかったら私に謝りなさいよ!」
アイビーはそっと挙手した。
「あ、あの……もしかして、私もあなたに強く出ていいんですか?」
「ハァ?」
「ひゃっ……!」
ピンク髪の少女の攻撃的な顔がこちらに向いた。怖すぎて思わず肩が跳ねた。けれど、応戦するためにルルミアを妖精の少女に預けたのだ。アイビーはピンク髪の少女を直視した。
「わ、私はあなたと同じ、パルマケイア魔導学校の一年生で、学籍番号からしてたぶんあなたより優秀ですし、あなたの言う理論だと、私もあなたに言うことを聞いてもらえるのかなって……?」
「何言ってんの?」
「え?」アイビーは、自分よりもきょとんとしているピンク髪の少女を見た。そしてその顔は、すぐに歪められた。
「身分や学歴を振りかざすなんて、アンタって最低ね!」
「え、えぇぇー……?」
今、他校の生徒にパルマケイアの生徒だということで偉ぶっていた少女は、突然自分の立場を忘れた正論でアイビーを非難した。怖すぎて泣きたい。
「あの、ごめんなさい……ネリリンさん。そろそろ、お父様とのお約束があるんじゃ……」
そのとき妖精の少女が、ぎゅっとルルミアを抱っこしながら、おずおずと口を挟んだ。
「ああっ、なんでそれを早く言わないの、バカ!」
ピンク髪の少女は自分の手首を持ち上げ、桃色のブレスレットと一緒に巻いた黒ベルトの紳士物らしき腕時計を見て叫ぶ。
「ぐずぐずしてないで、さっさと行くわよ! もう! 私はこれから父親と株について大切なお話をするの、あんたたちと違ってね! あーあ、頭の悪い相手と話すと気分が悪くなったわ!」
「す、すみません……! しっ、失礼します!」
少女の妖精は、ルルミアを栗色の髪の少女に渡すと、ガツガツと険しい足音を立てて去っていくピンク髪の少女の後を慌てたように追って、行ってしまった。
でも去り際に一瞬、ルルミアに向かって小さく手を振っていた。
ピンク髪の少女が完全に見えなくなり、アイビーはほっとして肩の力を抜いた。栗色の髪の少女に抱っこされたルルミアが、安心したように目を細めた。
「ねえ、君、大丈夫だった?」
「あ、うん……」
栗色の髪の少女に話しかけられて、アイビーは二人が去っていった方向から目を逸らした。結局少女の妖精をあのまま行かせてしまったが、どうしたら良かったのだろう。
「たまにいるんだよね。力を貸してくれる妖精を、従者と勘違いしている人。まあ、あれはその中でも群を抜いて酷いけれど」
栗色の少女は、悔しそうに苦笑した。少女の腕の中では、ルルミアがのんびりと毛づくろいを始めている。
「どうにかならないの?」
「あれ、北の魔女狩り総督の娘なの。だから、難しいみたい。ずっと問題を起こしているんだけどね」
「……そうなんだ」
北は、アイビーが住んでいた森がある場所だ。魔女狩り総督と呼ばれている人物の名前も知っている。
――デリック・ファルメール。七年前の魔女狩りを指揮した魔術師だ。
ということは、おそらくネリリンと呼ばれていたあの少女は、デリックの娘で、七年前にアイビーの周囲の魔女の大半を殺した者の関係者である。
……娘は直接関係ないと、そう思うべきだろう。でも、アイビーの妹と弟や、周辺に少数だけいた子供たちは、まだ魔女として大きな魔法を使う歳でもないうちに、魔女の子供として集団でデリックたちに殺された。
「ありがとね」
「えっ?」アイビーは顔を上げた。いつの間にか俯いていたらしい。目の前の栗色の髪の少女は、嬉しそうに微笑んでいた。
「結果はともかく、見て見ぬふりをしないでいてくれて。魔術師と妖精の契約に口を挟むのは良くないって言って、妖精が酷い目に遭っていても無視しちゃう人、やっぱり多いから。私ね、あなたのおかげで勇気が出たの。ねぇ、名前を聞いてもいい? 私はエミリー・ミラー」
「わ、私は……その、アイビー・エインセル」
「じゃあアイビーって呼ぶね! あっ、そうだ! ねぇ、もしかして一人で街に来た? 一年生なんでしょ? 今から時間ある?」
「う、うん」
「一緒にケーキ食べに行かない? 憂さ晴らしに! 奢るから!」
「ええと」
勢いよく話し出すエミリーに、アイビーは困惑した。ネリリンと中等部が同じだったということは、彼女も魔術師のはずだ。良い人なのはよくわかったけれど、まさかアイビーが仲良くなっても問題ない人なのだろうか。
「あっ、ごめん。忙しい? 一人で盛り上がっちゃった」
アイビーの様子に気づき、エミリーはしゅんと肩を落とした。アイビーは慌てた。気圧されたけれど、別に嫌なわけではない。
「ううん、行きたいの」
「よかったぁ」途端にエミリーはにこにこと笑って胸を撫で下ろした。
アイビーは、小さく息を吸った。
「でも、私……その……魔女なの。だから……」
「あっ、なるほどね! 魔女だからネリリン・ファルメールのこと知らなかったんだ!」
「え?」
ものすごく軽い調子でそう言われて、アイビーは抜けた声を出した。魔女の問題って、そこだったっけ。
「私、魔女の友達って初めてなのよね! よろしくね!」
「え、えええ……?」
エミリーに、ぎゅっと手を握られる。しかも既に友達扱いになっている。
アイビーは戸惑いながら頷いた。コンラッドといいこの子といい、強引な術師にも、意外と優しい人がいるのかもしれなかった。




