14-4
コンラッドが、母親のアデライドと共に研究室に向かったあと。
エミリーも、なにやらシルヴェスターやクレアと一言二言話したあとに、アイビーには「ドレスを仕立てたときから、サイズは変わってないよね?」とだけ聞いてから、明日の潜入準備への下見と称して、一人で街に出かけてしまった。
なので、万が一にも見つかっては危ないアイビーとクレア、まだ事情の理解が異なるシルヴェスターは、ひとまず三人で、各々が知っていることを共有し合うことにした。
「……つまり、エイデンは司書の魔女という一族の村の出身で、不死鳥のエリオスは一族の後継者に代々寄り添う者。エイデンという名前は、フラムスティード家の本来の嫡子が勘当されたあとに名乗らされていただけで、本名はセシル・セイン。オフィーリア・ローズと名乗って女優を演じていたクレア・セインとは実の兄妹で……」
シルヴェスターが、まずはクレアから聞いたことを纏めながら呟く。そのまま、自分の知っていることを呻き出す。
「……アイビー・エインセルが精霊術師の長、つまり俺の祖父に利用されていたことと、フラムスティード家がエイデンを守るつもりがないことに気づいていて、しかし自分が生きて告発したところで魔女として双方から潰される未来しか見えなかったため、アイビー・エインセルを生き残らせるために自害するつもりで、俺に告発状を遺書として送りつけてきた、と……」
「……そこまでご存知だったんですね。エイデン先輩――セシルさんは」
アイビーは肩身の狭い思いで俯いた。セシル・セインは、クレアが生きていることを知らなかった。クレアからすれば、自分の兄が兄を狙う暗殺者を生かすために死のうとして、そのせいで自分が容疑者の魔女として殺されかけたなんて、酷すぎる事実である。
「……お兄ちゃんは、別に死にたかったわけじゃないと思うけど……生きることを望まれなさすぎたのね。……人間って、そもそも死を美化し過ぎなのよ。相対的に生が蔑ろにされている限りは、死後の声しか周囲に届かない」
クレアは深くため息をついた。そしてアイビーをじっと観察する。
「ねえ、アイビーって、本名なの?」
「……違います」
「やっぱり。気が向いたら教えてよね。あと、私は別に、お兄ちゃんがあえて守った人のことを責めないから。敬語は止めて。同い年なんでしょ?」
アイビーは、クレアの表情を窺った。クレアは、気にしていないことをアピールするように口角を上げてくれた。
「……うん」
「じゃあ、よろしくね、アイビーちゃん」
「うん。よろしくね、えっと、クレアちゃん……?」
おずおずとそう呼んでみる。するとクレアはニコニコと嬉しそうに笑ってくれた。すごく可愛い。
「そう呼ばれたのは久しぶり。私、同い年の魔女に初めて会ったんだ」
「私も、同い年は初めてかも……」
「だよね! 良かった……生きてたの、私だけじゃなかったんだ……」
クレアは感慨深そうに呟いた。アイビーも頷いた。同い年の魔女の女の子に会えることなど、一生ないと思っていたのだ。
クレアは腰を浮かせて、アイビーの隣に詰めてきた。そして、軽くスカートを整えながら、シルヴェスターのほうを見た。
「ところで、シルヴェスター・オーデン様」
「なんでしょうか」
シルヴェスターがすっと姿勢を正した。彼にとって、クレアはやはりオフィーリアでもあるらしい。
「私のことを、悪女として見ていなかったのですよね? だからファンだったんですか?」
「……だから、とは?」
シルヴェスターは、怪訝そうな顔をした。しかしクレアは、可愛らしく唇を尖らせた。
「劇団の悪女オフィーリアは、アレはアレで私だったんですよ。それなのにシルヴェスター様は、私のことをいったいどう思っていたんですか? 私は、悪い女が歳下のエリートを誑かしてしまったんだと思って、不相応を承知で心配までしていたのに……」
アイビーは、黙ってシルヴェスターとクレアを交互に見た。シルヴェスターは、どうやら二十歳を名乗っていた十六歳の少女に、歳上の悪女に溺れる十八歳の若者として案じられていたらしい。
しかしシルヴェスターは、大真面目な顔で口を開いた。
「申し訳ありません。私にとっては、最初からとても素敵な女性にしか映っておらず……貴女を悪女と見るのは難しい状態でした」
そう言って、そっと胸に手を当てる。
「ですが、私がいち早く貴女の真の魅力に気づけていたのだとすれば、それは私にとって僥倖でした。もちろん、素晴らしい悪女として振る舞う貴女の姿を認識できなかったことは、痛恨の極みですが……それでも、私は今の貴女の姿を好ましいと思っております」
クレアは尖らせていた唇を引っ込めた。それなりに戸惑っている気配が、隣のアイビーにも伝わってくる。
「……敬語は、必要ありません。今の私はオフィーリアではなく、魔女のクレアです。どうぞ貴方を信頼していたらしい兄の妹として接してください」
やがてクレアはそう呟いた。
「……わかりました」
クレアの言葉にシルヴェスターは深く頷いた。そしてなぜか目を閉じて、深呼吸をする。
「では、俺のことも単なる年長者として、君が気兼ねなく利用できる名を持つ者だと思ってほしい。クレア。それに、エインセルもだ。どうか祖父とは違うと思って、俺を信用してくれないか」
「……セシルさんが、言っていました。オーデン先輩は、頼られると喜ぶから、遠慮なく頼っていいと」
アイビーが告げると、シルヴェスターは表情を緩めた。
「そうか。わかっていたんだな。それなら、尚更さっさと起こして頼らせてやらないとな」
そう言って、シルヴェスターは立ち上がった。
「ところでエインセル。エイデンを起こすときは、エリオスの力を借りるんだよな?」
「はい、そうなりますが」
「先ほどエミリー・ミラーにも確認したんだが、フラムスティード家から少し離れた場所に、過去に不死鳥を祀っていたという聖堂があるんだ。非魔法使いの王家が存在していた頃に、魔女が彼らに仕えていた時代のものなんだが、そこはエリオスの力を引き出す効果があるだろうか?」
アイビーは、クレアと顔を見合わせた。そんな建物があったとは。
「妖精の力は、信仰によっても引き出されるので、おそらくは……エリオス、どうかな?」
エリオスを呼び出して、聞いてみる。ふわりとアイビーとクレアの前に舞い降りたエリオスは、アイビーとクレアを交互に見て、肯定するように翼を広げた。
「引き出せると思います。そうよね、エリオス?」
クレアが答える。エリオスは再び翼を広げた。
「そうか。それは良かった。さすがに傍目には死者蘇生に近い儀式をセルビー家で行うわけにはいかないからな。では俺は、今からフラムスティード邸からエリオスの聖堂までのルートと、内部の様子を確認してこようと思う。クレア、ついてきてくれないか?」
シルヴェスターの言葉に、クレアは立ち上がって頷いた。
「行きます。場所は知らなかったけれど、かつて王家がエリオスを祀っていた聖堂があることは、記録で読みました」
「それなら、私も……」
アイビーも、エリオスに手を伸ばしながら、立ち上がりかける。
するとそこに、戸を叩く音が割り込んだ。コンラッドが顔を出す。
「アイビー、いるか? あっ、いた。良かったー!」
「どうしたの?」
アイビーはとりあえず立ち上がって、コンラッドに首を傾げた。
「いや、アイビーの今の魔力の性質とか安定度とか、いろいろ計算に入れておきたくてさ。一度計測させてほしい」
「わかった。私も知りたい」
アイビーは頷いた。ニヴァリスとエリオスが今どうなっているのか、どれくらいの魔法なら使えるのかを、全部知りたかった。
シルヴェスターとクレアと別れて廊下を歩きながら、コンラッドがなんとも言えない顔で呟いた。
「……スゲェんだな、クレアって。あのシルヴェスターが、感極まったオタクの顔してたぞ……」
「うん。一度しか観られてないけど、クレアちゃんの演技、すごく上手だったし、歌も綺麗で……あっ」
「ん? どうした?」
コンラッドが不思議そうに、立ち止まったアイビーを振り返る。
アイビーは、観劇の帰り道で聞いた話を思い出して、頭を抱えた。
「えっと、エイデン……セシルさんが、観劇のあとに言ってた、舞台を観せてあげたかった子って、クレアちゃんのことだったのかなって……」
あのときはフラムスティード家のエイデンを名乗っていたから、妹みたいな子の話だとぼかしていた。でも、今思えば十中八九クレアのことだろう。クレアの話を聞いた限りでは、村にはクレアと歳の近い女の子はいなかった様子だ。
ただ、クレアは病弱には見えなかったから、そのあたりは幼馴染のはずのコンラッドが知らないことへの言い訳として、適当な嘘を付け加えていた可能性が出てきたが。
「……めちゃくちゃ観てたな」
「うん……」
あの大舞台の主要キャストの一人として。観ていたし、出ていた。
それなのに、新入生歓迎会でクレアが歌ってくれていたとき、セシルは二回ともちゃんと聴けていなかった。
一方でアイビーは、ドレスを破かれて開始が遅れた時間をクレアに埋めてもらっていたし、たぶんあの日からヴェルディアナが医務室や新校舎まで来られるようになっていたのも、クレアが魔女の心で祝福を歌ったからだ。
「……私、クレアちゃんにすごく借りがある……」
「エイデン……あー、セシルさん、だっけ。を取り返したら返せるだろ。アイビーがいなきゃ、すれ違ったまま接点なかったかもしれないし」
コンラッドが明るい声でそう言ってくれる。
「それはわからないけれど……でも、頑張る」
アイビーに現在進行形で特大の貸しを作っているはずの友人がそう言うのなら、そうなのかもしれない。
廊下の窓からは、もう夕日が赤い光を放ち、今日への別れを告げている。
アイビーは、胸元のムーンストーンのネックレスに、そっと指で触れた。
エイデンが本当はエイデン・フラムスティードという名前でないのなら、本名でセシルと呼んでみたい。クレアとも胸を張って友人になりたい。
――あわよくば、自分の本名も、聞いてほしい。
明日はそれが叶うのだ。
夜になって戻ってきたエミリーは、レヴィヴィスとともにかなりの荷物を持っていた。
「これが明日の潜入に使う服と、アイビーたちの寝巻きと着替え。これはシルヴェスターさんの分。コンラッドの着替えは家にあるかなとは思ったんだけど、ショーウィンドウに良いのが飾ってあったからお土産。これとこれが、今日の夕飯と朝食のパンとお惣菜」
まず見せられたのは、何か作業着らしき丈夫そうな生地感の服と、可愛いスカートかブラウスの布地が見えている袋。それからアイビーには赤と緑の色付きの包みが入った紙袋を二セット纏めて預けられて、コンラッドには紳士服のブランドらしき高級そうな紙袋が預けられた。
さらにエミリーは、テーブルの上にどっさりとパンの山を置いた。その横に、レヴィヴィスもお腹が空く匂いがする大袋をどさどさと置く。
「足りなかったら、朝食の分も食べちゃってくださいね! また買ってくるので!」
レヴィヴィスは力強く、むんと細い腕を曲げて見せてくれた。力こぶはないが可愛い。
「たぶんちょうどいいんじゃないか? アステルがスープを作ってくれたし」
コンラッドが嬉しそうに袋を漁りながら言う。
「え? うそ、アステルって料理できるようになったの?」
エミリーは感動したようにアステルを見つめ、両手で口元を押さえる。アステルは胸を張って応えている。
「レシピ通りに調味料とカット野菜を投入して、自動調理器のスイッチを押すだけなら、なんとかな」
「すごい! ……アステルでも使える自動調理器が……!」
アステルは不満げにコンラッドを小突いたあと、顔を輝かせてエミリーを抱きしめようとしていたのに、エミリーのおでこも指で突くことになって、ぷっくりと頬を膨らませた。
そんなことをしているうちに、シルヴェスターとクレアも戻ってくる。
「……わ、すごい……パーティー?」
クレアが目を輝かせてテーブルを見る。
「さすがに予算の都合で質より量で買っちゃったけどね。でも、味はちゃんと美味しいはずだよ」
「質も良いし美味しそうですよ! ああ、スコッチエッグがある……!」
はしゃぐクレアに、シルヴェスターが首を傾げる。
「君はいったい、普段は何を食べているんだ?」
「お酒のつまみとか、お酒の肴とか、お酒の席の小皿とか……主食はナッツだし……もうずっと貴方からの差し入れの焼き菓子が癒やしだったんだから!」
クレアは女優として苦労していたらしい。シルヴェスターは呆気にとられた表情でテーブルの料理とクレアの顔を交互に見て、悲しそうに肩を落とした。
「そ、そうだったのか……すまない、惣菜も包むべきだったとは」
「違う! 焼き菓子で良かったの! 量も足りていたわ。あれ以上多いと、周りに配らなきゃならなくなるから……私がこっそり食べるなら、あのサイズがちょうど良かったの。毎公演、ちゃんと来てくれたし……本当に、嬉しかったんだから」
叫びながら、真っ赤になって声量を落としていったクレアに、シルヴェスターは、だいぶ甘ったるい笑みを浮かべた。
「……そうか」
どうやら二人で出掛けているあいだに、さらに仲良くなったらしい。




