14-3
高速列車に乗り、中央行政都市アルセノールまでは約二時間。車内のコンパートメントの中で、全員が昼食をしっかりと食べた。主にエミリーとシルヴェスターが、全員分のランチボックスに加えて、食後のスイーツと紅茶まで選び抜いてきたからだ。
ちなみにシルヴェスターがコンラッドは絶対に必要だろうと用意したらしい二個目のランチボックスは、常識的に食欲低下気味のコンラッドではなく、昨晩から何も食べてなかったというクレアが食べた。道中で私服を調達した彼女は、今は無難なスカートとセーターに着替えて、少なくとも表面上はくつろいでいるようだった。
そしてシルヴェスター自身は三つ目のランチボックスを優雅に食べて、スイーツと紅茶も嗜んでいた。彼の高身長と高魔力に高い運動神経、そして高度な頭脳には、相応の必要経費がかかるらしい。
「……あ、そうだ、コンラッド。学校に置いていた私の荷物、どうなっているか知らない? 大事な物が混じっているの」
ひと心地ついて、アイビーはようやくコンラッドに問いかけた。アイビーの少ない私物と一緒に、きっとエイデンのために作られたであろう栞が、寮に置いたままだ。
しかしコンラッドより先に、話を聞いていたらしいシルヴェスターが口を開く。
「君の部屋の物は、事件の関係者として、ひとまず全て保存するように頼んでいる。捜査は入ったかもしれないが、そのときはマリアンかヴィオラが立ち会ってくれるはずだから、おそらく物自体は無事だ。プライバシーに関してはすまない。止める権限がなかった」
「いいえ、お気遣いありがとうございます」
栞以外は肌着が少し気になるくらいで、他に大したものは置いていない。二人にも、また会えたらお礼を言わなければならない。
「俺からも少し、聞いてもいいか。エインセル」
シルヴェスターが、軽く周囲を見回してから、アイビーに視線を戻した。
「——アントニア・ウォーレイという人物を知っているか?」
「えっ……」
急にその名前を出されて、アイビーは困惑した。
「実は、エイデンの手紙に書いてあったんだ。魔女に暗殺を命じた主犯、あるいは本当の黒幕に近い大物は、彼女ではないかと」
「……なぜ……」エイデンがそこまで知っているのだろう。驚きすぎて、先ほど紅茶を飲んだばかりの喉が、からりと渇いたようになる。
「……君の、魔女用の制服を仕立てた制服屋と、注文した人物の周りを、探ったらしい。証拠が掴みやすい新学期直後にはもう動いていたと」
隣で窓の外を見ていたクレアが、無言でシルヴェスターのほうに顔を向けた。
「……あっ、最初の休みの前に連絡つかなかったの、もしかして放課後からシルヴェリースのほうに行ってたってことか?」
コンラッドが声を上げる。アイビーは最初の休日、コンラッドがエイデンと連絡を取り損ねていたことを思い出した。
「連絡してくれたのに、忘れてたって言ったの?」
「一回上手く繋がらなかったから、通信環境の不具合かと思って時間を置こうとして、そのまま忘れたんだよ……」
そういえば、中央行政都市アルセノールからは基本的にどこへでも通話が繋がるが、学園都市ネフェロニカからアルセノール以外の都市には、学生章のやや控えめな通話範囲では繋がらないらしい。
それにしても。
「意外と行動が早かったのね、お兄ちゃん。やるじゃない」
クレアが驚いたように呟いた。
「エイデンの良いところの一つですね。そんなに早くから動いていたのに、俺に相談がなかったことはつらいですが」
シルヴェスターが頷くと、クレアが少し笑って告げた。
「お兄ちゃんの本名、セシルなんです。セシル・セイン」
「セシルさん……」
アイビーは、音を確かめるように呟いた。
「そうなのか。セシル……なるほど、似合っている。今後はそう呼ばせてもらいます」
シルヴェスターが微笑む。そして、再びアイビーに真剣な目を向けた。
「それで、アントニア・ウォーレイなんだな?」
「……はい。精霊術師として支援すると……魔女狩りを止めようとした息子を、魔女狩りの魔術師に殺されたから、魔女に力を貸すのだと言っておりました」
アイビーは頷いた。
「そうか。アントニア・ウォーレイは、確かに数年前に息子を亡くしている。……不当な魔女狩りを止めようとして、その魔術師に殺害されたと裏取りはされているのに……表向きは、未だに魔女に殺害されたことになっている事件があった」
シルヴェスターが、まるで自分のことのように悔しそうな顔をする。
アイビーは目を伏せた。精霊術師でも魔女を庇ってくれた人がいたことと、その人が殺されても魔女のせいになった事実と、やっぱり精霊術師の長の孫であるシルヴェスターもつらそうなことが、上手く消化できなかった。
それでも、黙っていようとは思えなかった。
「……あの。アントニア・ウォーレイが、勝手に名前を出しただけかもしれませんが」
「セオドリック・オーデンの話か?」
シルヴェスターの早すぎる応答に、顔を上げたアイビーは、つい握り締めていた手から力を抜いた。
「……はい」
「俺の祖父が、アントニア・ウォーレイを通して君にエイデン暗殺を指示した可能性が高いことは、ある程度把握している。証拠の確保が難しく、何のつもりで魔女にそれを命じたのかも調査中で、戸籍上の本来のエイデンがセシルと入れ替わっていることを把握していたのかも不明だが……君の入学が許可された理由を鑑みれば、やはり主導者かその一人なのだろうな」
シルヴェスターは、悲しそうな顔で息を吐いた。
「すまなかった。祖父の代わりの謝罪ではなく、その孫である俺個人として謝らせてくれ」
「……お気遣いありがとうございます。オーデン先輩に対して、許すも許さないもないと、わかっています」
アイビーは頷いた。もしかして、処刑場に飛び込んできたときに礼装を着ていたのは、朝から偉い大人たち相手に立ち回っていたからだろうか。
通路側に座ってそちらを警戒してくれていたエミリーが、座席に深く座り直した。
「……でも、お祖父様のことは、お願いします……時間がかかっても構いませんし、私が罪を問われても構いませんから……必ず」
アイビーは、なるべくシルヴェスターの青い目を見て告げた。
「……どう転ぶかはわからないが」
そう言葉を選びながらも、シルヴェスターははっきりと目を合わせたまま、頷いてくれた。
「俺なりに、正しいと思う方向に収まる道を模索するつもりだ」
「……お願いします」
アイビーは、そう言って緊張を解いた。
少なくともエイデン――セシル・セインがシルヴェスター・オーデンを信用した理由は、わかったような気がした。
それからもうしばらく列車に揺られて、到着した駅から高架列車に乗り換えて十分。徒歩三分。
向かったコンラッドの家は、工房を併設した邸宅、というよりは、古い工場を文字通りに魔改築した工房と家屋といった趣だった。どちらにせよ、街中にあるとは思えない、広い敷地だ。
門前でコンラッドが帰宅の連絡を入れて、中を歩いて三分。家屋だという玄関の前では、一人の女性が待ち構えていた。
「ただいま、母さん! あのさ、ちょっと聞いてほしい話があるんだけど!」
「駄目」
「……なんでだよ!」
コンラッドによく似た顔立ちをした亜麻色の髪の女性は、金茶色の瞳でコンラッドとその背後で俯く学生たちを見回して、鼻を鳴らした。
「良い話なら即連絡してくるアンタが事前に連絡もせずに押しかけてきたあたり、厄介事を好き放題拾ってきた挙げ句、現地に押しかけて泣き落とせばなし崩し的に何とかなるだろうって魂胆が透けて見える」
コンラッドは押し黙った。
「申し開きは?」
「ありません」
即答である。コンラッドの母親らしい女性が呆れたように肩を落とす。
「で、どういう事情? なんか……どういう組み合わせ? 女の子が多くて唯一連れてきた男子がシルヴェスター・オーデンって何?」
「聞いてくれるのか?」
「聞くよ。アンタが連れてきたのが本当に訳ありなら、さっさと入って奥に行って。二階の部屋が空いてる」
「ありがとう、母さん!」
コンラッドが嬉しそうに笑って振り返る。「じゃあ案内するから!」
「……あの、ありがとうございます、お邪魔します……!」
アイビーは、緊張しながらコンラッドの母親にそう言った。錬金術師アデライド・セルビーは、魔導合金とそれを使った魔導電池を開発して、工業界を基盤から塗り替えた人だと聞いている。
「どうぞ。あなたが魔女のアイビー・エインセルって子?」
「は、はいっ!」
名指しで確認されて、アイビーは肩を跳ねさせた。しかしアデライドはコンラッドによく似た笑みを見せた。
「そう。コンラッドと友人になってくれてありがとう」
「え? あ、いいえっ、こちらこそ! コンラッドさんには、いつも頼らせてもらってばかりで……っ!」
「へぇ。頼れるならよかった。一人息子の初めての全寮制学校入学だから、これでも結構心配しててね。あ、最初の休みの日だっけ? コンラッドと街に遊びに行く約束をしてくれてたのに、邪魔しちゃって悪かったね」
廊下の最後尾を進みながら、アデライドはじっとアイビーを見つめた。アイビーは気まずくなって目を伏せた。
「いいえ……大事な息子さんが、魔女と友人になったなんて聞いたら、驚くと思います……」
アデライドは、肩を竦めてから笑い始めた。
「それもあるけど。私さ、学校時代にアッシュフォード先生と同級生だったんだよね。三回くらい付き合ってた時期あったんだけど、最終的にあんまり良い別れ方できてなくてさ。……コンラッドから担任を聞いたら、マジで胃腸風邪引いたんだよね……」
「そ……そうだったんですね」
そこに繋がるとは思わなかった。アイビーが苦笑していると、前方からコンラッドの声が飛んでくる。
「あれ、母さん、父さんはどこにいるんだ?」
「グリムヴァインに出張してるよ。冬休みには帰ってくるってさ」
「また? 前に母さんが風邪引いたときもそうだったじゃん。……まあちょうどいっか!」
「ちょうどいいの?」
アイビーは、驚いて問いかけた。けれどコンラッドは、照れたように頬を掻いた。
「あー、その、父さんは心配性だし……俺んちの両親、めちゃくちゃ仲が良いから……良いことなんだけど、見られるのは恥ずかしいし」
コンラッドが、とても良い家庭で育ったことが、よくわかった。
錬金術師の邸宅で出してもらった飲み物は、当たり前のようにコーヒーだった。
しかし、アイビーは砂糖とミルクを大量に入れたそれを、なかなか飲むことはできなかった。事情を説明しているうちに、長机の中央に座ったアデライドの表情が露骨に引き攣り、最終的に頭を抱えてしまったからだ。
「……魔術師の名門の御子息を殺害した容疑者候補の魔女を匿って、その名門魔術師の家で息子を名乗らされていた子の遺体を奪って、魔女の少年として生き返らせる。それに息子が加担……そして私は宿貸しかぁ……さすがにシルヴェスター・オーデンを連れて来てなければ断る案件だよ、それは」
しばらくして、アデライドは向かいに座ったシルヴェスターを呆れたように見つめた。シルヴェスターは優雅に眉を下げて微笑む。
しかしアデライドの隣で、緊張していたコンラッドは顔を輝かせた。
「じゃあ……」
「コンラッドが、シルヴェスター・オーデンとフラムスティード家の御息女の味方につくっていうなら、あんまり止める理由がないんだよなぁ……」
「やった! ありがとう母さん!」
元気を取り戻したコンラッドを見て、アイビーはようやくコーヒーを啜った。実はけっこう話して喉が渇いていたのだ。ぬるくなったコーヒーは、ミルクたっぷりで甘くて美味しい。
「ただし、私は表立っては協力できないよ。今の立場ってものがある。適当に見逃すくらいはできるけど、いざとなったら私は、息子ごとあなたたちを秩序に背いた愚か者として元老院に突き出すことになる。それをわかっていて、私に頼んでいるんだよね?」
アデライドはゆっくりと周囲を見て、最後に息子を見つめた。
「……お、親不孝者でごめんなさい」
「そこは、大丈夫だ母さんにそんなことはさせない! とかなんとか、反抗期の考えなしっぽいこと言っときな?」
「ええ……」
項垂れたコンラッドに代わって、シルヴェスターが答える。
「ご助力に感謝致します。セルビー筆頭錬金術師。いざというときは、事の発端である精霊術師として私が責任を負い、貴女のご子息に誤った差配がなされぬよう尽力すると約束致します」
「おおぅ、さすが生徒会長……」
「俺は二年後にああはなれないぞ?」
アデライドが呻く。その隣でコンラッドが自己申告する。
「わかってるよ。アンタに期待してるのはそこじゃないからね」
アデライドは脱力したまま、息子の頭を大切そうに撫でた。それから、立ち上がって告げた。
「でも、まあ時代を変えるつもりなら、その責任を負うなとは言えないな。頑張れ。……コンラッド、賢者の石は私の第三研究室に持ってきな。手伝ってあげるから」




