13-2
コンラッドが頭を抱えてしまった。「暗殺に来てあれが完全に素だったのは、逆にヤバいだろ……いや良いけど……」
「じゃあ、アイビーは、暗殺なんてしたくなかったのよね?」
前方から、エミリーが期待するように問いかけてくる。
けれど、アイビーは、首を横に振った。
「……するつもり、だったの……。そうしたら、精霊術師に魔女を保護してもらえるって……そういう、約束で……私……」
口にすると、あまりにも情けなくて、泣いてはいけないのに泣きそうになる。
どうしてそんな言葉を信じたのだろう。まだ魔女が街に住んでいた頃、最初に魔女狩りを主導したのは、精霊術師のほうなのに。
「……守られそうにない約束だな」
コンラッドの手が、ぽんぽんとアイビーの後頭部を軽く撫でた。そんなことをされると、余計に甘えたことを言いそうになる。
「……うん……でも、私が口封じされても、誰か生き残っている子がいれば、その子には精霊術師としてなら、未来があるんじゃないかって……あの頃は、本気で思ってしまって……」
いま思えば、口約束にも満たない願望だ。精霊術師の老人たちが、そんなことを考えてくれるはずもない。
「それに……私ね、ずっと街の学校に行ってみたかったの。どうせ誰かに殺されるなら、その前に、少しだけ憧れに触れたかったの。魔女を殺しても、他の人は許される世界なら……その中の一人くらいは、私の理不尽の道連れにしてもいいと思ったの……」
本当に誰かに知ってほしかったのは、殺されたくないという思いだけで、自分の身に降り掛かる理不尽そのものではなかったはずなのに。
俯いた視界に、エミリーの手が伸びてくる。アイビーは反射的に身を硬くした。けれどエミリーは、包むようにアイビーの両手を掴んだ。
「……私、アイビーと友人になっておいて良かったわ。友人として言うけど、アイビーは死んじゃ駄目、絶対。私が嬉しくないから」
その声に驚いて顔を上げると、エミリーはソファの横に来て、半泣きになっていた。
「本当にそうだよな。よかったよ、真っ先に話しかけておいて。友人代表として言うけど、もしアイビーが殺されたら、普通にそいつのこと全然許さねぇぞ、俺は」
隣ではコンラッドが深く頷いている。
「……ごめんなさい、二人とも。ありがとう……レヴィヴィスも……」
少しだけ落ち着いてよく見ると、レヴィヴィスがアイビーよりも大泣きして、アステルに頭撫でられていた。
「だいたい、エイデンのことを庇って大怪我してたアイビーに、そんなことできるわけないだろ」
「そんなことしたの? まあでも、レヴィヴィスが殴られていたときも、割り込んでいったくらいだもんね。転学を懸けて決闘したんでしょ? 暗殺のために入学したのに。暗殺者向いてなさすぎ」
「っていうか、アイビーの入試の成績、明らかに自前だよな? そこは普通、不正入学するところじゃないか? これじゃあ普通に入学できるはずなのに、命令を聞かないと入学させないって無駄に脅されてただけじゃねえか」
「う、うん……うん?」
褒められているのになぜかダメ出しをされている。
しかも、本来なら入学できなかった魔女という存在が特例で入学したことは、この期に及んでコンラッドの中では別に引っ掛かることではないらしい。
「つまり、悪いのは精霊術師の長でしょ? セオドリック・オーデンよね。シルヴェスター・オーデンの祖父で、アイビーたちの学校の理事長の。やることが古臭いのよ」
エミリーは怒ったように自分のジュースを掴むと、一気に飲み干した。
「それで、あの日は何があったの?」
アイビーは急いで腕で涙を拭った。
「……星霜祭の帰りに、エイデン先輩について来てって言われて、湖のほうに行ったの。それで……エリオスを託されて」
ふわりと現れたエリオスが、アイビーの肩に乗った。
エミリーが、エリオスとアイビーを交互に見る。
「エリオスって、どう見ても火属性よね? アイビーの属性って、木と雪よね?」
「うん。正確には、もともと木属性で、雪の力は後天的に手に入れたものだけど……ニヴァリスの力は、ほとんど私に同化しているから」
妖精と本人の基本の属性は、異なっていても構わない。エミリーだって火属性で、レヴィヴィスは花の妖精だ。けれど、ニヴァリス――花でありながら雪の力を持ったスノードロップの妖精は、アイビーの体内に食い込んでいる。
そしてエリオスは、とても強い火属性の妖精だった。簡単に言えば、アイビーの中では雪と木が火に燃えて溶けかけて不安定になり、水蒸気爆発に近い状況を引き起こしたのだ。
「エリオスの加護は、私には負担が大きすぎたの。それで……魔力爆発を起こしている私に、エイデン先輩が触れたの。……謝りながら……」
「アイビーが暗殺者なのも、自分を殺せないのもわかってて、実行したってことか?」
「そんなの……」
コンラッドとエミリーが、複雑そうな顔をする。
けれどアイビーにとっては、この先が本題だった。
「でもっ、でもねっ! エリオスは、歌わなかったの……!」
エミリーが、困惑した顔でエリオスを見た。
「エリオスは、エイデン先輩の村が焼け落ちていたときに、鎮魂歌を歌っていたの。でもエイデン先輩のときは、歌わなかった……。苦しそうに鳴いていたの。歌じゃなかったの」
「……妖精界の法則では、エイデンの死はまだ確定していないってことね?」
「うん。そうなの! だから、私、エイデン先輩に会わなきゃ」
「……でも、エイデンって、検死されていないのか? 誤認するものなのか?」
コンラッドが戸惑ったように呟く。しかしエミリーが、首を横に振った。
「そこまで必死に確かめなかったと思うわ。だって、私の父にとっては、きっと都合の良い展開だったもの。もしかしたら生きているかも、って考えたとは思わない」
エミリーはため息をついて言葉を続ける。
「葬儀は、明後日の予定よね」
「うん。うちの家にはそう連絡が来ている」
「表向きは最後までエイデンのことを息子として扱うのよね。準備にちゃんと一週間をかけていて良かったわ」
アイビーは、壁際に掛かっていたカレンダーを見た。
「……今日って何日?」
「六日よ。木曜日だけど、妖精王プレトスのための祝日」
「そうなんだ……もう明後日……」
アイビーは頬を引き攣らせた。倒れて寝込んだり妖精の夢を見ていたせいで、時間の感覚が曖昧になっていたことに、ようやく気づいたのだ。思っていたよりも長く寝ていたようだったし、今日が祝日でなければコンラッドとエミリーが学生寮からここまで来られないことにも、まったく気づいていなかった。
「……でも、どうするんだ? 正面から行って頼めるのか? エイデンは仮死状態かもしれないから見せてくれって」
難しい顔をしたコンラッドに、エミリーも考えるように目を伏せる。
「……駄目ね。エイデンに出自を偽らせていたことが他人に知られたとなれば、父は彼を切り捨てるわ。フラムスティード家を乗っ取ろうとした魔女として」
「……そっか。だからエイデンは、言ってくれなかったのか」
コンラッドは寂しそうに呟くと、気を取り直すように腕を組んだ。
「死んでるみたいに見えて仮死状態って、たぶん極度の低体温による休眠状態……だよな? アイビーの魔力の性質的にも」
「うん。たぶん……。雪の魔力に、木属性の再生力と、エリオスの火の回復魔法が混ざったのかも。再現性はないかもしれないけれど……」
「つまりアイビーが、エイデンに死ぬなって願ったんだな」
コンラッドが微笑する。その隣でエミリーが大きく頷いてから、首を傾げた。
「本来なら凍死するくらいの魔法に、対抗する微弱な生命維持魔法が混ざったってことよね? それって、平熱まで回復させるにはどうしたらいいの?」
「体温を上げるときに、普通に温めると細胞が損傷するんだ。細胞の損傷を防ぐか、修復するかってところだよな」
コンラッドは腕を解き、人差し指を立てた。
「まず、たぶんエイデンの身体は、本来なら冷却時に破壊される細胞が、修復されながら低温になったんだと思う。だから、アイビーが雪魔法を解除するときに、同じように熱で破壊される細胞を修復し続けるのは必須。でも、それだけじゃ、血流や脳機能が再活動する負担を補うには、足りない気がする」
コンラッドが立てた指を二本に増やす。
「……だから、俺の未完成な賢者の石、キトリニタスを使う。それで補助する」
「それって、どういう補助効果なの?」
アイビーの質問に、コンラッドはさらりと答えた。
「生命活動の肯定」
「生命活動の、肯定……?」
「そう。アイビーの力だと、肉体そのものの復活はできても、心臓や血流や呼吸の再調整は難しいかもしれない。……ええと、人間はそもそも冬眠しない生き物だから、その状態から自力で起きる機能は備わってないんだ」
そう言って、コンラッドは二本の指を軽く振った。
「だから、まずは俺の家に行くか!」
「は?」
エミリーに首を傾げられて、コンラッドの指がへにゃりと折れ曲がる。
「だ、だって、キトリニタスは賢者の石の試作品だから、欠片は学校にあるけど、大きいのは家にあるし……それに、学校の備品は持ち出せないだろ? キトリニタスのまま使うなら、ちょっと加工もしたいし」
「なら決まりね」
エミリーは大きく頷いて、立ち上がった。
「じゃあ行くわよ、コンラッドの家!」
「だからそう言ったじゃん……」
「うん。私が勘当されたあとに、フラムスティード家の近くから、駅近くに引っ越したのよね? 初めて行けるね」
「……はあ」
コンラッドは肩を竦めて呟いた。
「なあ、アイビー。ごめん、ちょっとだけエミリーと話していいか?」
そう言って、近くの棚に置かれていた、木製らしきリスが騎士の衣装を着ているような人形を持ち上げる。
「……あのさ。えっと、エミリー……これ、まだ持ってたのか」
「あっ、それ、ごめんね。大事にしてたつもりだけど、何回も触ってたら、ちょっと壊れちゃった」
エミリーがジュースのグラスを片付けていた手を止める。
「いや……こんなに拙かったんだな。大事な友人にあげたやつだから、もっと上手く作れてたと思ってた。今度、作り直してもいいか?」
「……いいの?」
エミリーは、驚いたように呟くと、ふわりと微笑んだ。でもすぐに満面の笑みになって、リス騎士の人形の側に置かれていた箱から、丁寧に折られた紙を取り出した。
「じゃあ、今度はこっちの、コンラッドが最初に設計してくれた騎士の人形でいいよ」
「そっちも持ってたのかよ……うわぁ、下手だな……」
「あの頃にしては上手だよ」
「本当か? この設定画、一目見て騎士じゃありきたりだって文句つけてきて、木の上にいたリスが可愛いって観察を始めたくせに」
珍しく、コンラッドが不貞腐れたような顔をする。
アイビーは、レヴィヴィスが持ってきてくれた氷で目元を冷やしながら、二人のやりとりを眺めた。そして、アステルがとても愛おしそうに、二人を見て微笑んでいることに気がついた。
「それで、じゃあリスにするのか? って聞いてくれるコンラッドのこと、私ずっと好きよ。だから大事に取っておいたでしょ?」
「そうだな。……まあ、またかっこいいリスの騎士のくるみ割り人形を作るよ。これを作るの、すげー楽しかったからさ。こっちの設計書は、まだ家にあるから」
アイビーからは、二人の表情は見えなかった。
けれど突然、ルルミアがふわふわと飛び上がって、コンラッドの背中にぶつかった。そのまましがみついて、カリカリとコンラッドの背中を掻いている。
「なあ、これ懐かれてるのか?」
「うーん、攻撃されているわね。ルルミアも私のこと好きだから」
エミリーの無情な言葉に、アイビーは慌ててルルミアを引き離すことにした。




